最期の時
火事でもないのに、救急車と消防車が一緒に停まっているのを見ると思い出す出来事がある。
90代女性、難聴で大きな声でないと会話にならない。「早くお迎えが来てほしい」が口癖だった。
私が帰る時は毎回ベランダに出て手を振ってくれる。それに対しこちらも大きく手を振る。
そして、いつも決まったお菓子をくれる。
その日も、いつものようにその家へ訪問した。
ピンポンを押す。返事はない。難聴なのでいつも返事はない。
挨拶をしながら扉を開ける。カギはいつも開いていた。
開けてすぐ壁にもたれかかって眠っている様子があった。逆光で顔はよく見えない。
名前を呼びながら近づいていった。
近づくにつれ異様さに気づく。口は開けたまま、よだれが流れている。口に入っている入れ歯も落ちそうになっている。
ひと目見てわかった。
死んでいる。
亡くなった人を何回か見たことがあった。でも見たことがない人でも、すぐに亡くなっていることはわかるだろう。顔色が全く違うのだ。
首の動脈に触れる。もちろん脈はない。
脈を上手に触れることが出来なかっただけかもしれない。
聴診器を取り出して心音を確認する。
何も音がしない。
亡くなった人間の体内はこんなにも静かなのかと怖くなる。
手が震える。
電話をしなくては。救急車を呼ばなくては。
ここの住所を調べないと。呼んでもどこに来ていいか伝えることができなければ意味がない。
住所の書かれた紙を準備し119へ連絡する。
「消防ですか?救急ですか?」
「救急です!」
そう言うと住所を聞かれたので答える。この時点ではまだ状態は伝えられていない。
その後にどんな状態か聞かれた。
呼吸も脈もないことを伝えると、
「心臓マッサージはしていますか?」
の声。
していない。そうだ、一番にしなくてはならないのにそこまで頭が回らなかった。
「します!!」
電話の向こうから一定のピッピッという音が聞こえるのでそれに合わせて胸を圧迫し始める。
一般的に心臓マッサージは3分だと言われる。
3分過ぎると力が弱くなりきちんと圧迫できず効果が得られにくくなる。
でもその時の私はアドレナリンが出ていたのだろう、全く疲労を感じなかった。
むしろ、永遠にでも心臓マッサージが出来るのではないかと思うほどだ。
しばらくすると、救急車のサイレンが聞こえてきた。数秒で部屋の中まで入って来る複数人の救急隊。
すぐに心臓マッサージを交代してくれた。救急隊へ状況説明する。
患者さんはAEDが装着され何度か電気刺激を与えられている。
ということは、まだ完全な心停止ではないのだろう。少し呼吸があるようにも見える。
心臓マッサージをされながら、ストレッチャーに乗せられ病院へ運ばれて行った。
……が、これで終わりではない。
大変なのはここからである。
外に出ると一番最初に目に映ったのは大きな消防車。心停止の時は救急車だけでなく消防車も来るのか?
更にパトカーやバイクで警察官が集まってきた。
だが、それだけではない。事件性もあるからと刑事や鑑識まで次々と集まってくる。
警察官から色々聞かれるのだが、答え方がわからなかった質問がこれだ。
「服は?」
「え?着てましたけど。」
「乱れたりしてなかったですか?」
これはあれだと思った。争った形跡がなかったか。よくドラマやアニメで言うやつ。
でも一般人は「服は?」でわからないと思うけど。
その後も刑事やら鑑識やらに同じ質問をされるので、その時は「乱れはありません」と答えることが出来た。
また、その時警察官に違和感があった。胸あたりにカメラがあるようだ。動画で私を撮っているのだろうと思った。撮影の許可は聞かれていないが。
よくドラマやアニメで言う、「第一発見者」になってしまったのだと痛感する。
一番に疑われるやつである。
ドラマのように現場検証をするのだと思ったが、実際は部屋にすら入らない。ご家族の了承を得ないと入れないようだった。
その後、患者さんは病院で亡くなった。
私が発見した時はまだ少し息があったようである。
ご家族に、
発見してくれてありがとう。長時間放置されてなくて良かった。
あなたが来るのを待って死んだのよ、あなたなら任せられると思ったから。と言われ涙した。
私はあなたの期待にきちんと応えられたでしょうか?




