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病院に入院しない人々  作者: VANRI


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第三話 セクハラとともに生きる

 80代男性、オムツ交換が必要。


 今日のシフトを見て、朝から溜め息が止まらない。

 

 この家行くの嫌なんだよなぁ……とつぶやいてしまう。

 患者が毎回胸を触ってくるのだ。どうかした時は下まで。


 だから朝から準備をしないといけない。


 『硬めのブラジャー』に。


 なるだけ胸の感触がわからないようにと、必死の抵抗である。

 もちろん、上司にも相談した。


 答えはこうだ。


『あなたが近い距離で接している』からだと。


 は?オムツ交換だよ?そりゃ近い距離にもなるではないか。

 某漫画の主人公のように、手をびょーーんと伸ばして行えばいいのか?出来るのかあんたは?


 と、言ってやりたがったが、私の口からそれが出ることはなかった。

 そして、もう相談なんてするもんかと思った。


 しかも触るだけではない。卑猥な言葉も遠慮なしに投げてくる。

 悩んでいたのも私だけではなかった。

 しかし、上司が動いてくれることはなく、何も改善しないまま月日が流れていった。


 その日もそうだった。


 胸を触られたので「やめてください!」と少し強めに言う。しかし、みんなに言われ慣れているのでヘラヘラ笑っている。とりあえず反省はしない。


「『やめてください』じゃなくてさ〜、『元気ですね』ってぐらい言えよ」


 とも言われた。


 ふざけんな。こっちは何ヶ月も我慢してるんだよ。引っ叩かれないだけマシだと思え。


 もちろん本人には言わない。心の中で思うだけ。



「彼女になってよ」


 今度はバカバカしい提案が始まった。


「なりません!」


 すると少し寂しそうな表情を浮かべる。


「年寄りのさ、冗談をそんなバッサリ切り捨てるもんじゃないよ、悲しいじゃないか。」


 ああ、この人は寂しかったんだ。


 その時やっと気づいた。だからと言ってセクハラは許せない。ただ、言われたようにバッサリ切り捨てなくてもいいのかもしれない。


 少し言葉を探した。


 そして、

「今より元気になったらなりましょう。」

 と言った。


 すると、「それでいいのさ。」と満足そうにうなずいていた。


 また別の日、


 「アンタはよくしてくれるからお金をやるよ。」

 と言われた。


 ええと……こんな時はなんて答えたらいいんだっけ。「いりません」以外の答えを考えなくては。


 納得してもらえるよう、きちんと目を見て話し出した。


「もしここでお金をもらったら、私は追加でもらえるお金のためにあなたの所に来ていると思われます。

 でも、私はお金のためじゃない、『あなたのため』にここに来ているのです。」


 上手く言えたかはわからないが、とりあえず納得した様子だった。


 本心であるが、本当にもらいたくない理由が実は別にあった。

 この患者は、人に何をやったかを別の者に伝えるのだ。そして、『アイツはこれをもらったのに、それに対するサービスをしてくれない』と、愚痴るのだ。

 今までそれを何度聞いてきたことか。


 そして、出来るだけ関わりたくない。これが本心だ。



 さらに月日が流れ、体調を壊され目に見えて痩せていかれた。あまり目も開けなくなった。


 元気の指標であったセクハラもなくなった。


 目を開けたとしても、ぼーっとして焦点が合わない。


「私がわかりますか?」


 手を握って尋ねた。以前と違い、骨と皮になった薄い手のひらはとても冷たかった。


 私を見ると目を細め、小さく「うん」と言った。


 それが最後の会話となった。





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