シャンリエ
「大変です!!!」
慌ただしく部屋に入ってきた男が、目の前の椅子に座る主人の元へ走ってくる。
「どうした」
走らせていたペンを止めることさえせず聞き返す人影。その表情は逆光でよく見えない。
「術者たちが倒れました!」
「そんなことでいちいち焦るな、体調不良など、誰にでもあるだろう」
「そ、それが…彼らの症状がラフィネ皇帝にかけた術の反応と同じなのです」
「なに?」
ぴた、とペンを止めて聞き返す。
「………呪い返しか」
「その可能性が高いかと…」
「……殺せ」
放たれた言葉を一瞬理解できなかった男は反応が遅れてしまった。
「……?」
「2度も言わせるな、その者たちを殺せ」
再度言い渡された言葉に彼は頷くことしかできない。
「……かしこまりました」
「死体は誰にも見つからぬように処理しろ。親族には病死として伝える」
「はっ」
男が去ったあとで、部屋の主人は息を吐く。
(まずいな………呪い返しされたとなれば、相手方がこちらの存在に気付いている可能性が高い…慎重に動かねば。まずは様子見として打診していた"アレ"がどうなるか………)
彼の企みは果たして上手くいくのか…。
「シャンリエ?あぁ、あの戦狂いの国ね」
バッサリ言い切ると、ルクスはやれやれというふうに肩をすくめた。
「……そうとも言うけど。なかなか口に出して言うやつはいないよ?仮とはいえ、今は友好国になろうとしているんだから」
「どうせすぐ崩れるよ。あそこは戦か大国という圧力でしか政治をやってこなかった。言葉の駆け引きなんてできるとは思えない」
これにはルクスも少し納得できたようで、
「そこはそうかもしれないね。力で押すことを覚えてしまっては、言葉だけでというのは難しいかもしれない」
そのシャンリエがどうしたのかな。
聞いてみると、なんでも使節団がもうすぐこの国に訪問するというのだ。少し前から打診されていたそうだが、皇帝陛下が臥せる状況下ではとても迎えることができなかったらしい。理由をつけて断っていたらしい。今は回復されて、迎えられると判断したということだろう。
「誰が代表なの?」
「……シンシア王女だ」
なんだその間は。何か問題でもあるのかな?
「いや、彼女ちょっと問題があってね…」
濁すような言い方をするのであえて空気を読まず突っ込んでみる。
「ふぅん?どんな?」
「君、わかってやってるだろ………、ちょっとね、"お転婆"らしいんだ」
「お転婆」
何やら含みのある言い方だね。多分リリィみたいな子ってことかな。
まぁ僕には関係ないことだね、会わないし。
「彼女に会うこともあるだろうからその時は気をつけてね」
「え、会うの?」
今会わないからって思ったとこだったのに。
「会うというより遭遇が近いかな。とりあえず気をつけて」
「わかった」
そしてシャンリエの使節団が到着した。
「遠方からご苦労だった。長旅でお疲れだろう。まずはゆっくり休むといい」
「はい、そうさせていただきます。この度は使節団を受け入れていただき、とても感謝しております。今後の友好関係の構築のためにも皆様と交流したいと考えていますので、どうぞ宜しくお願い致します」
王女が代表して挨拶をする。栗色の長い髪に翠のぱっちりとした瞳。可愛らしい雰囲気の女の子だ。
(この人がお転婆、ねぇ…)
謁見はつつがなく終わった。
…割と普通だったね?
今のところお転婆の片鱗は見られないけど。そのうち出てくるかな。
それから数日。シャンリエの使節団は城で休養していた。そろそろ社交が始まることだろう。
ちょっとルクスに用があって、彼の執務室に向かっていると。
「ーーー!…………すわ!ぜひ………せ!ーー…」
何やら声が……。
相手方には見えないけど割と近くまで行って見てみると。そこにはにこにこしているルクスの腕に手を回したシャンリエの王女、シンシア様がいた。
「我が国にもそういった魔法に秀でたものがおりますの!これは秘密なのですけれど……リヒト様になら話せますわ!」
「それは嬉しいことです。ですがあまり自国の情報を流すものではありませんよ?」
「いいんですのよ、たいした情報でもないと思いますし、普通に城に出入りしておりますから」
「へぇ…そうなんですか」
……だ、誰だこいつは……!?
ルクスがいつも僕の前で見せるいたずらっぽい顔を少しも見せず、ただ優しく、笑顔でシンシア王女に接していた。
(ルクスが…あんなに邪気のない優しげな顔ができるとは……形容するとしたら…うーん。…天使?)
なんだかそう称するのが一番しっくりくるような。それくらい今のルクスは完璧だった。
その日はなんだか話しかけるのもなんだったし、用件も急ぎではなかったのでそのまま部屋に戻った。
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