第6章 決断
王都に、雨が降っていた。
戦勝の宴から数日が過ぎ、街は次の遠征の準備に追われている。
だが遥人の心は晴れなかった。
国王や貴族の言葉を思い返すたび、胸の奥で黒い炎がくすぶる。
(俺は……何のために剣を振っている? 本当に守りたいのは何なんだ……?)
そんな夜、ジークフリート大臣から密会の誘いを受けた。
人目を避け、古い石造りの塔に足を運ぶと、彼はすでに待っていた。
「ようこそ、勇者殿。今宵は率直にお話ししたいと思いましてな」
ワインを片手に、ジークフリートはにこやかに笑う。
その態度の裏に、底知れぬ思惑が潜んでいることをハルトは直感した。
「……何の用だ」
「勇者殿。貴方はこの国をどう思われますか?」
「……腐っている。王も貴族も、民を犠牲にして私利私欲に走っている」
即答すると、ジークフリートは笑みを深めた。
「やはり。では――その腐った国を、貴方のものになさってはいかがかな?」
「……何だと?」
「勇者殿の力と民衆からの信頼があれば、この国の王になることなど造作もない。王女も貴方に心を寄せている。結婚し、王位を簒奪すればよいのです」
甘い毒のような言葉。
遥人は眉をひそめ、黙り込む。
「民は愚かだ。正義を掲げる旗が変われば、誰にでもついてゆく。今の王よりも、勇者殿のほうがはるかに魅力的でございましょう」
「……俺を利用するつもりか」
「利用? 違いますとも。私はただ、真に価値ある人間に力を与えたいのです」
ジークフリートの目がぎらついた。
かつての腰の低さはどこにもなく、そこにあるのは野心と支配欲だけだった。
塔を出たとき、雨脚はさらに強まっていた。
石畳を踏みしめる遥人の背後から、声がかかる。
「勇者殿!」
振り返ると、イルゼが立っていた。
彼女の肩も髪も雨に濡れていたが、その瞳は鋭く光っていた。
「……ジークフリート様と会っていましたね」
「見ていたのか」
「何を話されましたか」
「国王を抹殺しろ、という話だった」
「本当ですか!」
イルゼの声は震えていた。
剣士としての忠義と、人としての正義。
その狭間で葛藤しているのが伝わってくる。
「イルゼ……。お前はどうする?」
しばしの沈黙ののち、彼女は剣を抜いた。
その刃は、雨粒を受けて冷たく光る。
「私は――あなたに賭けます。正義のために戦います」
「俺は貴族というものが、イヤになった。彼らは私利私欲のために生きている。身分によって職業が固定されるこの世界は、やはり歪んでいる」
「勇者殿… いったい何をおっしゃっているのですか」
「俺は別の世界から来た。そこでは、制度上は誰でも国王になれるし、どんな職業にもつける」
「それとこの話が、どんな関係があるのですか」
「俺はここをそんな国にしたい。民衆は貴族に命を預けるのではなく、自らすべてを決められる自由な国にしたい。そして誰もが笑顔あふれる、そんな世界を作りたい」
「国王を抹殺して、ですか?」
「もしそれが必要なら」
驚いた顔でイルゼは遥人を見た。
遥人がいった。
「それでも、お前は俺に付いて来るか」
「あなたにそれだけの器があるか、わかりかねます。国に混乱が起こるでしょう」
「商人を紹介してほしい。国の財政を任せられるほどの大商人を」
「本気ですね。ならば、コンラート・ヴォルフマンという大商人がいます。剣を新調したいといえば会えるでしょう。彼は今回の戦争の魔物利権とも無縁ですし、私利私欲に走らず、大臣以上の仕事をしてくれるでしょう」
「では、すぐに会おう」
イルゼは戸惑いを隠せなかった。
「私は… 反逆者だ」
「違う。反逆者は俺だ。お前は、それに騙されただけ」
「やめてください。あなたは悪人ではない。それはわかる」
「イルゼ。信じてくれ。俺を」
彼女は何とも答えなかった。
何といっていいのか、わからなかった。
東の空に朝日が煌めいた。
遥人はそれをじっと見つめた。




