第5章 真実
王都リューネブルクの夜は、宴と酒で賑わっていた。
だが遥人はその喧騒から離れ、ひとり中庭を歩いていた。
戦場で聞いた魔物たちの叫び――「なぜ攻めてくる」「我らは幸せに暮らしていた」という声が耳に残り続けている。
(本当に、俺は…この戦いは、正しいのか?)
考えれば考えるほど、胸がざわつく。
剣を振れば人々に称えられる。
王女は微笑みを向けてくれる。
だが、その裏に何か大きな歪みがあるように思えてならなかった。
そんな折、大臣ジークフリートが庭に現れた。
彼は相変わらず腰の低い笑みを浮かべ、恭しく頭を下げる。
「おや、勇者殿。寂しそうな顔をしておられますな」
「……ジークフリート。ひとつ聞きたい。俺たちは、なぜ魔物と戦っている?」
問いかけに、大臣の笑みが一瞬だけ揺らいだ。
だがすぐに、穏やかな声を作る。
「もちろん、人間族の存続のためです。魔物どもは危険で、野蛮で、我らを滅ぼそうと――」
「嘘だ」
遥人は遮った。
剣道で相手の心を読むように、その声にわずかな濁りを感じ取ったのだ。
ジークフリートはため息をつき、背筋を伸ばした。
腰の低さを装った態度を捨て、別人のような鋭い眼光を見せる。
「……勇者殿。さすがですな。お気づきになられましたか」
彼は周囲を確認し、低い声で続けた。
「真実を申せば――魔物どもは、確かに我らを脅かしてなどおりませぬ。あれらの領域には豊かな鉱石と魔力資源が眠っている。それを手に入れるために、王も貴族も、戦をしているのです」
「……資源、だと?」
「ええ。勇者殿には表向き『救世主』の役割を演じてもらっていますが、実際は……戦の象徴、兵を鼓舞する旗印にすぎませぬ」
その言葉に、遥人の胸が冷たくなる。
人々のために戦っていると思っていた。
だが、真実は国王や貴族が欲望を満たすための戦争だったのだ。
「……ふざけるな」
遥人の手が震える。
だがジークフリートは涼しい顔で続けた。
「勇者殿。貴方もお気づきでしょう? 民衆は、血を流しても誰も疑わぬ。『人間のため』『存続のため』と掲げておけば、皆、喜んで命を差し出すのです。これこそ統治の妙ですよ」
薄ら笑いを浮かべる大臣。
その姿に、遥人の中で何かが崩れた。
その後。
夜更けの訓練場で剣を振っていると、イルゼが現れた。
彼女はいつも通りの凛々しい姿だが、どこか疲れが見える。
「勇者殿。今夜は随分荒れておられますね」
「……イルゼ。ひとつ聞かせてくれ。お前は、この戦争の理由を知っているのか?」
イルゼの瞳が揺れた。
沈黙の後、彼女は口を開く。
「……薄々は、感じていました。魔物たちは我らを侵略する気など、本当はないのではないか、と」
「やはり、そうか!」
「だが私は、大臣に恩があります。彼がまだまっすぐだった頃、私のような身分の低い剣士を拾い、道を与えてくださった。その恩に報いるため、私は従っています。たとえ間違っていると分かっていても」
苦しげに吐き出される言葉。
遥人は彼女を責める気にはなれなかった。
自分だって、剣の居場所を求めて戦っていたのだから。
「イルゼ……。俺はもう、見過ごせない。民を欺いて戦わせる王や貴族のために、剣を振るうことはできない」
真剣な瞳でそう告げると、イルゼは目を閉じ、しばらく黙った。
やがて、低い声で答える。
「……勇者殿。私はまだ、大臣を裏切ることはできません。だが――あなたは、あなたの道を行かれれば良い」
彼女はそう言い残し、夜の闇に消えていった。
その翌日、謁見の間で王の演説が行われた。
国王ヴィルヘルム四世は玉座に座り、兵たちに語りかける。
「人間の存続のため! 魔物たちを滅ぼし、我らの未来を守るのだ!」
兵士たちは歓声を上げ、拳を掲げる。
だが、遥人の耳にはそれが空虚に響いた。
王の眼差しの奥に、民を思う誠実さは微塵もなかった。
(こいつらは……民を犠牲にしてでも、利権のために戦争を続けるつもりなんだ)
剣を握る手に力がこもる。
遥人の中で芽生えた疑念は、もはや確信へと変わっていた。




