第4章 疑念
夏の終わりを告げる風が吹くころ、遥人は再び戦場に立っていた。
今度の敵は小部隊ではなく、組織だった魔物たちの戦線だった。
森を越えて現れた影は、見えるだけでも数十。
鋭い爪を持つ獣型、角を生やした鬼のような者、翼を広げる異形まで混じっている。
「総員、構え!」
イルゼの号令が飛ぶ。兵士たちが盾を並べ、槍を構える。
だが、前回の勝利で高揚している遥人は、恐怖よりも昂揚感を覚えていた。
(また証明できる……俺の剣が、この世界で通じるって!)
突撃する魔物に向け、ハルトは剣を抜き放った。
「エイヤァッ!」
斬撃が一体を両断する。鮮血が飛び散り、兵士たちが歓声をあげた。
「勇者殿だ! 勇者殿がまたやったぞ!」
その声に胸が熱くなる。
だが――次の瞬間、耳に不思議な響きが届いた。
『やめろ……! なぜ……なぜ我らの森を荒らす……!』
「……え?」
確かに聞こえた。
しかも意味が理解できる。
だが、兵士たちは誰も反応していない。
まるで異なる言語を聞いているかのように。
(なぜだ… なぜ反応しない?)
その声は悲壮感を持っていた。
それでも兵士たちは平気だった。
思えば、遥人はこの世界に来たとき、言葉の違いを感じなかった。
西洋人の異世界人は日本語で話しかけ、遥人も日本語で話していた。
(まさか……これは俺の「翻訳スキル」か?)
魔物の言葉を理解してしまったのだ。
驚く間もなく、別の魔物が吠えかかった。
『人間ども! 幸せに暮らしていた我らを、なぜ襲う!』
その叫びは憤怒に満ちていたが、嘘や虚勢には聞こえなかった。
遥人の胸を、冷たいものが突き抜ける。
(俺たちは「侵略」している……?)
だが、兵士たちの歓声がその疑問をかき消す。
「勇者殿、行けえ!」
「魔物どもを斬り伏せろ!」
歓声と期待の視線に背を押される。
遥人は剣を振り続け、魔物を斬り伏せた。
血飛沫の中で、魔物の声が耳に残り続ける。
『なぜ……我らの子らを……!』
戦いが終わり、戦場に静寂が戻った。
兵士たちは勝利の歓声を上げる。
だが、遥人の心は晴れなかった。
(これは……正しい戦いなのか?)
剣を振るうたび、確かに人々は救われる。
だが、斬られた魔物の言葉が脳裏に焼きついて離れない。
その夜。
城の回廊で月を見上げていると、イルゼが現れた。
「どうしました、勇者殿。浮かぬ顔ですね」
「……なあ、イルゼ。魔物って、本当に人間の敵なのか?」
彼女は一瞬、驚いたように目を細めた。
「何を言うのです。奴らは我らを襲い、土地を荒らす。放っておけば国は滅びます」
「でも……彼らは、『人間に攻め込まれた』と言っていた」
イルゼは驚いた顔で遥人を見た。
「勇者殿は魔物の言葉がわかるのですか?」
「ああ、これも召喚者のスキルらしい」
イルゼは黙り込み、やがて小さく首を振った。
「勇者殿……戦場で敵の言葉を真に受けてはいけません。魔物はウソで心に隙を作り、そこにつけ込むのです。疑えば剣は鈍ります。死にますぞ」
それ以上、彼女は語らなかった。
だが、その横顔はどこか陰を帯びていた。
数日後。
遥人は謁見の間に呼ばれ、王女アデーレと再会した。
アデーレは微笑みを浮かべながら手を取ってきた。
「勇者様。あなたのおかげで、また多くの民が救われました。本当に感謝しております」
その美しい笑顔に、兵士たちはうっとりと見惚れる。
だが遥人の心は、どこか冷めていた。
「……王女殿下。魔物は、本当に私たちを滅ぼそうとしているのですか?」
場が静まり返る。
アデーレは一瞬だけ表情を固くしたが、すぐに柔らかな笑みを浮かべ直した。
「勇者様は、お疲れなのでしょう。迷わないでください。魔物は我ら人間の敵。そうでなければ、この戦いに意味がなくなってしまうでしょう?」
その声音には甘さと同時に、どこか圧のようなものがあった。
彼女の言葉は「考えるな、ただ戦え」と告げているように聞こえた。
(俺は……駒として戦わされているだけなのか?)
胸の奥で、疑念が芽を出し始めていた。




