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第3章 異世界ハイ

出陣の朝。

城門の前には、数百の兵が整列していた。

甲冑の金属音、馬のいななき、兵士たちの息遣い――戦場に向かう緊張感が空気を張りつめさせている。


その中央に、勇者の証として真新しい鎧を身にまとった遥人が立っていた。

腰には、この世界で鍛えられた実剣が吊るされている。

竹刀や木刀ではない、本物の刃。

重さを感じるたびに、胸が熱くなった。


(ついに……本物の戦いか)


かつて日本で剣道に打ち込みすぎ、浮いてしまった自分。

だが今、この世界では、剣こそが人々の希望を守る。

ここなら――自分は必要とされる。


「ハルト殿、準備はよいか」


馬上から声をかけてきたのはイルゼだ。

彼女の眼差しは真剣そのものだが、どこか信頼の色を帯びていた。


「もちろん。やってやるさ」


軽口を返すと、イルゼは小さく笑みを浮かべ、馬を進めた。


敵は、森に潜む魔物の斥候部隊だった。

甲冑を着た人間に比べ、魔物の姿は獣と人の中間のような異形。

爪や牙を剥き出しにし、血走った目で兵士たちを睨んでいる。


「総員、構え!」


号令が響く。

兵士たちは盾を構え、槍を突き出す。

だが魔物の突撃は凄まじく、前列が崩され、叫び声があがった。


「うわああ!」

「食われる――!」


その光景に、遥人の体が自然と前に出ていた。


「エイヤアッ!」


全身を使い、剣を振り抜く。

斬撃は魔物の胴を捕らえ、鮮血が飛び散った。

獣のような断末魔が響き、周囲が一瞬静まり返る。


「い、今のは……勇者殿が!」

「すげえ……魔物を一太刀で!」


兵士たちがざわめき、遥人の胸は高鳴った。

これまで道場で繰り返してきた打ち込み。

薪割りで会得した胴切り。

それが「本物の命を断つ」力となり、目の前の敵を斬り伏せた。


(俺の剣が……通じる! 本当に通じるんだ!)


その実感は甘美で、頭が熱に浮かされるようだった。


斥候部隊を切り伏せ、遥人たちは本隊へと攻め入った。

慌てふためく魔物たち。

兵士たちは、数的有利を作り、魔物を討ち取る。

遥人は初めての集団戦を戦った。

イルゼも助太刀してくれて、遥人は斬りに斬りまくった。

召喚者のスキルなのか、疲れを感じなかった。


戦いが終わった頃、遥人は血に濡れた剣を拭いながら兵士たちに囲まれていた。


「勇者殿がいなければ、危なかった!」

「この戦い、勝てるぞ!」


称賛の声が四方から浴びせられる。

現代で孤立していた自分が、今は人々から英雄のように仰がれている。

その落差が、心を高揚させた。


「……これが、俺の居場所なのかもしれない」


ふと口にした独り言に、隣で馬を降りたイルゼが頷いた。


「戦場では、力ある者が人々を導く。あなたは、その器だ」


その真剣な声に、遥人の胸はさらに熱くなった。


城に戻った遥人たちに、凱旋の祝宴が開かれた。

豪奢な広間に楽士の音楽が響き、士官や貴族たちが杯を交わす。

その中心に立たされた遥人は、歓声に迎えられた。


「勇者殿、万歳!」

「我らが救世主!」


次々に差し出される盃。笑顔。握手。

現代では得られなかった承認が、ここでは当たり前のように降り注いでくる。


その中で、一人の少女が歩み寄ってきた。

絹のドレスに包まれた白い肌、金の髪を揺らす蒼い瞳。

誰もが息を呑むほどの美貌。


「はじめまして、勇者殿。私は王女アデーレ・フォン・ホーエンベルクです」


丁寧に裾をつまみ、優雅に一礼する。

その微笑みを向けられた瞬間、遥人の心臓が大きく跳ねた。


「王女……殿下……」


「いいえ、アデーレと呼んでください。勇者殿は、私たちの命を救ってくださったのですから」


その声は澄みきっていて、どこか甘やかだった。

アデーレは彼の手を取り、そっと握る。


「あなたのような方が、この国にいてくださる……それだけで私は幸せです」


至近距離で囁かれ、遥人の顔は熱くなった。

周囲の視線が集まる。

兵士たちは喝采し、貴族たちは羨望を込めて見つめる。


(俺が……王女に慕われている? 俺が、こんな場に……?)


頭がくらくらするほどの高揚感。

それは、これまでの孤独な人生では一度も味わったことのない幸福感だった。


その夜。

部屋に戻った遥人は、窓から月を見上げながら深く息を吐いた。


「……ここが、本当に俺の居場所なんだな」


剣で戦い、人々を救い、尊敬され、美しい王女に慕われる。

現代で夢見ても叶わなかった「理想の自分」が、この世界では現実になっている。


その甘美な陶酔に浸る遥人の背後で、扉が軋んだ。

振り返ると、イルゼが立っていた。


「浮かれていますね、勇者殿」


「まあな。俺が役に立ててるって実感があるから」


「……忘れなさるな。戦争は続いています。あなたがまた生きて帰れる保証はありませんぞ」


その冷たい忠告に、遥人は一瞬言葉を失った。だがすぐに笑みを浮かべる。


「それでもいい。俺は戦う。俺にしかできないことがあるから」


イルゼはしばらく彼を見つめ、やがて小さく吐息を漏らした。


「……ならば、長生きしてください」


そう言って去っていく彼女の背中を見ながら、遥人は胸に手を当てた。

熱く燃える鼓動は止まらない。


(俺は、この世界で輝ける。もっと……もっと戦って、この居場所を確かなものにするんだ)


その思いが、彼を「異世界ハイ」へと駆り立てていった。

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