(イカロスの場合)
「で、この魔法力学を応用すれば浮遊魔法は完成するというわけさ。フィディス法則がいかに魔法史で革命的な貢献をしたかわかるよね?」
「へぇー、すごいですねー。イカロス様のお話面白いですー」
「そうかな? どの辺りが面白かった?」
「えっ? えっと、その。全体的に?」
何なんだ、この会話は!
何なんだ、この時間は!
つまらないにも程があるだろう。
最初のうちは良かった。
私の話を聞いて「勉強になります。話が面白いです」みたいな態度をとってくれて、非常に気持ちよかった。
だが、それから少しばかり語る量を増やしてみたらどうだ?
相槌こそ打ってくれるが、「ああ、そこまで興味がないのに話長いんですけど」と言っているような態度をありありと見せつけてくる。
ローザと婚約破棄して、次は失敗がないようにと……慎重に無難なこのキャロルという令嬢との縁談を進めたというのに。
もちろん、彼女は悪い子ではない。
笑顔を絶やさず、興味がない話も目を見て聞いてくれている。
むしろ、性格はかなり良いと言えるだろう。
だが、会話がつまらない。
私ばかりが話しているので、彼女のことは何一つわからない。
そうだ。こちらからパスを投げれば良いのだ。
質問をしよう。
そこから、共通の話題で盛り上がれば問題ないではないか。
「ところでキャロル。あなたのことも聞いてみたいのだが、よろしいかな?」
「ええ、もちろんですわ。何でも仰ってください」
言っておきながら質問内容を考えていなかった。
ふむ、そうだな。ここは無難に行ってみるか。
「何か趣味はあるのかい?」
「趣味? うふふ、ご冗談を仰いますね。趣味の話なら、もう話したではありませんか」
「えっ?」
「まさか聞いていませんでしたの?」
ドキリと胸が痛くなる。
言われてみれば、最初の自己紹介のときに何か話していたような気がする。
私は自分の話す内容ばかり気にしていて、彼女の話を聞き流していた。
これは良くない。
語るだけ語って、人の話を聞いていないなんて最低だ。
「はっはっは、こういう冗談が研究室で流行っていてね。話を聞いてないフリ~! どうだ? 引っかかっただろう?」
「ええ、見事に引っかかりましたわ。じゃあ、私の趣味の話は覚えていますのね?」
「も、もちろんだとも! はっはっは!」
全然覚えていないが、こう答えるしかない。
深堀りはなしにしてくれ。
ここさえ凌げば、私のこの明晰な頭脳でさり気なく趣味を推測できるような会話を引き出す。
凌ぐぞ。凌いでみせる!
「わたくし、本当は趣味の話などしていませんのよ?」
「へっ?」
まさかすぎる爆弾発言に私の思考は止まってしまう。
な、何ということだ。それでは私の知ったかぶりは――。
「冗談ですよ。ふふ、話をしていなかったフリ~! こういう感じでよろしいでしょうか? 驚かせてしまって、申し訳ございません」
「あ、ああ。びっくりしたフリ~! ははは、引っかかったかな!?」
この女~! 正直、心臓が痛くて、大声を叫びそうになったぞ!
ここで「びっくりしたフリ~!」と虚勢を張ってみせる自分の胆力を褒めてやりたい。
というか、「びっくりしたフリ~!」ってなんだ?
変なノリの会話をしている自分が嫌だ。
知的レベルが違う相手との会話がこんなにも苦痛だなんて思わなかった。
まだ、私の知識に対して反応が薄いローザの方がマシだったな。
いや、違う。今にして考えてみると彼女は素晴らしい女性だった。
まず、魔法学の知識が豊富。私の言ったことをきちんと理解した上で会話していた。
ある程度の知識がないと分からない冗談にも笑ってくれていた。
あれ? もしかして私はとんでもないミスを犯したのではないだろうか。
「イカロス様? どうしたのですか? 黙り込んでしまって。わたくし、何か粗相でもいたしましたでしょうか?」
おっと、この私としたことが会話を途切れさせてしまった。
キャロルが心配そうな顔をしているではないか。
「い、いや、何でもない。……もしかしたら、私は金塊を石ころだと間違って捨ててしまったのではないかと後悔しそうになっていてね」
「あら、イカロス様にもおっちょこちょいなところがあるのですね。うふふふ、金塊と石ころは絶対に見間違えませんわ」
「ああ、うっかりしていたんだ……」
今のは比喩だ! それは知識とか関係なくわかってくれよ!
もう我慢できない。このままでは私のこの明晰な頭脳が退化してしまう。
そう。刺激だ! 刺激が私には必要だったのだ。
ローザ、すまない。私は君の知識に嫉妬して……大事なことを忘れていたよ。
取り返そう。失った信頼、時間、何もかもを取り返しに行こう。
そう決意した瞬間、私は立ち上がる。
「あれ? イカロス様、お手洗いですか?」
「いや、すまんがこれでお開きにしよう。急用ができた」
運が良いことにローザは、私の次に婚約したというデルタオニア王国の第二王子殿下とも上手くいかなかったと聞いている。
今、彼女には婚約者はいない。
「だったら、復縁できるチャンスはまだあるということだ」
これが私の明晰な頭脳で導き出した答え。
確かに一度は間違えたが、二度目は決して間違えない。
待っていてくれたまえ、ローザ。すぐに迎えにゆく。
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