(5)
「あれが精霊樹だ。野郎ども、必ず持って帰るぞ」
黒いフードをかぶった男を先頭に、十人ほどの人相の悪い男たちが中庭へと侵入してきた。
まさか下からやってくるとは、騎士の人たちも気が付かないのは仕方がない。
「俺があれを引き抜く。お前たちは運ぶ準備をしろ」
「「おう!!」」
フードをかぶった男が指示を出すと後ろの男たちが一斉に返事をする。
どうやら、彼がリーダー格のようだ。
「たったの三人しかここを守る者がいないとは。神は俺たちを祝福してくれたようだな」
彼が地面に手を触れると、中庭の土が隆起して巨大な腕となり精霊樹を掴もうとする。
地面に穴を開ける魔法といい、彼はかなり高度な土属性の魔法の使い手みたいだ。
「力強いけど、土でできているから硬度はそこまでではないみたいね」
「はぁ?」
辺境伯様に借りた剣で、土の腕を斬り落とす。
そして一気にフードの男に詰め寄って、喉元に剣を突きつけた。
「降参しなさい」
「……くっ! 万能霊薬の材料を諦めるわけには……」
万能霊薬? それって万病を治すという伝説の治療薬の名前よね。
精霊樹には神秘的な力が宿っているというし、その材料と言われても不思議ではない。
それがこの人たちが精霊樹を盗もうとする理由なのか。
「俺に構うな! 枝一本でもいい! あの御方のところに精霊樹を届けろ!」
「えっ?」
予想外の言動に私は驚く。
まさか自分の身よりも精霊樹を持ち帰ることを優先するなんて。でも――。
「ふぅ……指示を出しても無駄ですよ」
「全員お縄についているっす」
仕事が早い。
残りの盗賊たちはグレンとレズリーが制圧しており、縄で拘束していた。
「くっ……もはやこれまで、か。騎士以外にこんな連中がいるなんて話が違いすぎる」
フードの男も諦めたのか、膝をついている。
彼の場合、魔法を使う可能性がある分、特に念入りに拘束しておきましょう。
「おお! 見事じゃ! さすがはローザ殿。こんなにも早く、盗賊どもを捕まえるとは!」
それからしばらくして様子を見にきた辺境伯様が、私たちに声をかける。
そういえば、騎士の方々はこの騒ぎでもまだこちらに来ない。
一体、どうしたのだろうか。
「辺境伯殿、申し訳ございません! 騎士の中に裏切り者がおりまして。到着が遅れてしまいました」
辺境伯様が中庭に現れてから、数十秒後。
苦悶の表情を浮かべながら、ただ一人エルマーさんが現れた。
やはり情報どおり、騎士の中に盗賊たちの仲間がいたのね。
私たちが警備の手伝いをしていなかったら、盗賊たちの計画は成功していたのかもしれない。
「ふむ。やはりそうであったか。……ローザ殿たちがいなければ大変なことになっておったな」
「不甲斐ないことこの上ございません。たかが三人の警備すら、掻い潜れないとは。せっかく私が部下たちを足止めしてやったのに……」
「っ!?」
その瞬間、エルマーさんが辺境伯様を羽交い締めにし、首元に刃を押し当てた。
「ぬぐっ! エルマー、貴様がまさか!」
「ふふふ、あなたが我々を疑っていたことはわかっていました。ならばこそ、このように一芝居打ったのです」
なるほどね。
まさか駐在騎士のリーダーが裏切り者だったとは。
これは本当に危ないところだったかもしれない。
「エルマーさん、辺境伯様を解放してください。あなたのやっていることは無意味です」
「無意味? 君たちこそ、状況がわかっていないのではないか? 早く盗賊どもの拘束を解くのだ。精霊樹を手に入れたら、辺境伯殿は解放してやる。だが、命令に従わぬならこの男の首を斬り落とす!」
そう彼が主張することはわかっていた。
だけど、それでもその主張は無意味なのよね。
何故ならば――。
「首を斬り落とすなど無理ですよ。お嬢様がそれを許しません」
「はぁ? 何をバカなことを! この状況でそんなこと――」
「グレン、ありがとう。助かったわ」
カラン。
地面にエルマーさんの剣が落ちる。
彼がグレンの言葉に意識をそらした隙に、私は彼の剣を払い落とした。
そして、動揺した隙に辺境伯様を救い出す。
「お怪我はありませんか?」
「ワシは大丈夫だ。……さすがは英雄ローウェルの娘さんじゃ。動きが見えんかったぞ」
父の名前を口にされると、ちょっと照れるわね。
エルマーさんは決して弱い方ではなかったけど、油断していた。
人質を取ったことで安心して、集中力が途切れていた。
そこにグレンが自分自身に意識を向けさせ、私はそこにできた隙を狙う。
心の隙を狙え。父の教えを忠実に従った行動である。
「い、今の動き……完全に見えなかった。くっ……」
エルマーさんは観念したようで、抵抗することなくグレンによって拘束された。
これで本当に一件落着。
デルタオニア王国に来てまだ二日目だというのに、すごいことに巻き込まれてしまった。
「ローザ殿、あなたには命まで救われた。……その恩に報いるために、これをあなたに渡そう」
盗賊たちとエルマーさんの処理が一通り終わった後に、辺境伯様は透明なガラス瓶を私に渡す。
「こ、これって、まさか精霊樹の枝……ですか?」
「うむ。数年に一度、木から落ちても尚……枝が輝きを失わぬことがあってな。おそらく精霊の力を失わずにおるのだろう。煎じて飲めば万能霊薬と呼ばれる薬のように、どんな病や怪我をも治す効果があると聞く。きっといつか役に立つ」
こんなに貴重なものを貰っても良いのかな?
精霊樹の枝なんて、おそらく母ですら持っていないと思うんだけど。
とはいえ、断る理由も特にないので私はありがたくそれを受け取る。
しかし、本当に緊張したわ。
色んな悩みごとがどうでも良くなるくらいドキドキした。
さすがにしばらくはのんびりしたい。
そう思っていたんだけど……それからたったの一週間後。
私のもとに驚きの訪問者が現れる。
しかも、三人も。
そう、全員が私の元婚約者たちである。
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