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(2)

 治癒魔法を施しても一向にグレンの顔色は良くならない。

 出血は止まったはず。

 でも血を流しすぎているし、重要な器官をいくつか損傷しているみたいだ。


「はぁ、はぁ、お、お嬢様……無駄なことは止めてください。こ、これは治癒魔法じゃ……どうにも……」

「黙りなさい!」

「ご自分を守ることに、しゅ、集中したほうがいいです……あの男はまだ何か切り札を……で、でないと、わざわざこの場に……」

「黙りなさいと言っているでしょ!」


 こんなときでも私の心配とは良い度胸しているわね。

 あなたが私を守ったばっかりに、こんな目に遭うなんて。


 いえ、私が油断したから悪いのね。

 ブルーノ殿下を私は侮っていた。

 過去に勝負をして、彼の力を知ったつもりになっていたから。


 エルムハルト殿下の悪意の大きさに気がついていれば、あるいは爆発も防ぐことが……。


「厄介なクロスティ家のお嬢さんは治療で手が離せない。君たち、チャンスだよ。早く父上の首を取るんだ。じゃないとブルーノみたいに武器として使うけど、いいかな?」


「ひぃっ……お前たち! 行くぞ! 国王陛下! ご覚悟を!」


 殿下の言葉は騎士たちを震え上がらせるのに十分だった。

 

 半狂乱になった騎士たちがこちらに向かってくる。

 死の恐怖が劣勢だった彼らを奮い立たせた。

 エルムハルト殿下の人心掌握術は、この場面でも厄介極まりない。


「お嬢様! グレン先輩の治療止めちゃダメっすよ! ここはあたしが!」

「なんて男だ。人の命をなんだと思っている!」

「あの男が我々の命を軽んじていたことはわかっているが、まさか実の弟まで」


 レズリーたちは必死で騎士たちの猛攻から、私たちを守ってくれている。

 しかし、段々と追い詰められているようで、苦しそうな顔をしていた。

 どうしよう。このままだと全員がやられてしまう。


「お嬢様……か、加勢してください。国王を……守らなくては……はぁ、はぁ……あなた自身が危ないのですよ……」

「黙って……」


 絞り出すように声を出して、私は首を横に振った。

 涙がボロボロと溢れている。

 ダメだ。最悪を考えでは……ダメなのに……。


「へぇまだ生きているんだ。……はじめまして、兄上。いや、ちょっと前に俺の邪魔を色々としていたという男の風貌が君に似ているな。なるほど、だから父上は君を王位継承者に」


 エルムハルト殿下はレズリーたちが騎士の相手で手一杯だということを確認して、私たちの近くまでやってくる。

 

 そして、何かを察したような顔をしてグレンを見つめる。


「まぁ、そんなことはどうでもいいか。君はもう死ぬんだ。死人を恨んでも仕方ない」


 ニヤリと笑みを浮かべ、エルムハルト殿下は懐からナイフを取り出す。

 どうする? 治癒魔法を中断して殿下を撃退するべき?

 いえ、でもグレンは予断が許せるような状態ではない。


「観察していてわかったよ。君はグレンくんを見捨てることができない。絶対に、ね」


 勝ち誇ったような声を出すエルムハルト殿下。

 彼の言うとおり私は決してグレンを見捨てない。

 彼がいない人生なんて考えられない。


「お、お嬢様……俺は放っておいて……あの男を……」

「嫌! 何があってもあなたを治すまで私は!」

「ふふ、情などというくだらないものに縋り付く人間は愚かだね……」


 ナイフは確実に私の首筋を狙う。

 慣れた手つき。武器の扱いは素人ではない。

 そして何より、人の命を奪うことに何ら躊躇いがない……。


 死ぬの? ここで避けるのは容易いけど、そんなことをしたらグレンが……!

 ごめんなさい。お父様、お母様……私はもう――。


「かはっ……な、なんで……」


 ナイフは私の首元で止まった。

 グレンの血まみれの手で刃が握りしめられているからだ。


「お嬢様をお守りするのが執事である俺の役目だ」


 鮮血を浴びてグレンはエルムハルト殿下にそう言い放つ。

 殿下は立ち上がったグレンに顔面を殴られて信じられないという表情をしている。

 

「所詮、貴様は影でコソコソと動くことしか能のない小者なんだ。貴様ごときがお嬢様に触れられると思うな」


「し、死に損ないのくせに……! ぐぐ……なぜ、ナイフが動かない!」


 グレン、なんであなたは立てるの?

 出血を止めたとはいえ、とても体を動かせるような状態ではないのに。


「俺と貴様とは覚悟が違う。俺はローザお嬢様のためならば、この身を捧げる覚悟がある。そのために今日まで生きてきたんだ」


「や、やめろ! 近付くな! 俺はまだまだやりたいことが――ぐあっ!!」


 再びエルムハルト殿下の顔面に一撃を加えるグレン。

 よろよろと殿下は二歩ほど後ろに下がると、仰向けに倒れた。

 

 動けなかった。グレンの気迫に圧されて、私は彼を止められなかった。


「はぁ、はぁ……うっ!」

「グレン!」


 まずい状況だ。

 無理をしたから、また出血が……。

 このままだと、本当に彼の命が尽きてしまう。


「こうなったら、この場所ごと全部壊してやる。父上も兄上も、ローザ・クロスティも、全部吹き飛ばす……」


 エルムハルト殿下はまだ意識があるのか、呪詛のような言葉を口にして、懐から黒光りする結晶を取り出した。


「これはブルーノの体内に仕込んだものの十倍以上の威力のある爆弾だ。もっと多くの人が壊れるところを見たかったが、仕方ない。この国を壊すには、これで十分だ。……あと三十秒で王宮は木っ端微塵になるだろう」


「エルムハルト! 貴様はなんてものを!」


「あなたが悪いのですよ、父上。俺がこうなったのは……あまりにも平和で退屈な国にした、あなたのせいだ」


 エルムハルト殿下の口上なんてどうでもいい。

 あとたったの三十秒で、さっきの十倍以上の爆発が!?

 穴の中に逃げる? いえ、それだと下手をすれば生き埋めに……!!


 一体、どうすれば――。


「あなた、聞きましたか。あれ、どうにかなさってくださいな」

「ふむ。娘たちの命がかかっとるからな。見過ごすわけにはいかん」

「なっ! い、いつの間に……!?」


 どこか、のんびりとした声とともに謁見の間に入ってきた二人。

 一人はすかさずエルムハルト殿下から爆弾を奪い取り、天井を蹴破って空高く舞い上がった。


「あらあら、グレンくん。死にかけているじゃないですか」

「お母様! 呑気なこと言っていないで早くグレンを!!」

「もう、治してあげましたわ。ローザは元気そうですね。お母さん、心配していましたのよ」


 母イレイナの呑気な声とともに、遥か上空からズドンという凄まじい破裂が響き渡った。

 きっと父ローウェルが爆弾を空中に放り投げたのだろう。

 そして、グレンはというと……。


「奥様、ありがとうございます。おかげさまで、怪我がすっかり治りました」

「グレン! よかった!」


 イレイナの治癒魔法は別格。

 伝説の魔女と呼ばれた彼女は瀕死のグレンを一瞬にして治してしまった。

 

 まさか、二人がこのタイミングで来てくれるなんて、あまりにも都合が良すぎる。

 そもそも、関所は封鎖されている。

 私たちのピンチなど知り得ることはできなかったはずだ。

 

 それなのに、どうして両親はこちらにやって来れたのだろう……。

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何卒、よろしくお願いいたしますm(_ _)m

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