悪意の結末(ブルーノ視点)
「まずは国軍の大半を王都防衛へと駆り出す。騎士団に俺の息のかかった人間は多いが、まだまだ父上の威光には敵わないからね。邪魔な連中は王宮から遠ざけよう」
エルムハルトは虎視眈々とクーデターの機会がないかと狙っていたようだ。
ローザと俺の諍いを利用して、騎士を動かし……徐々に王宮の警護を手薄にさせている。
そして、自分の息のかかった騎士共を王宮に攻め込ませる準備を整えていた。
「こいつらを指揮するのは君だ。ずっとリュゲルを監視していたが、父上は今日、ある男と密会するらしい。リュゲルの態度からして、その男はおそらく俺たちの兄だ」
「俺たちの兄……なるほど。いよいよ俺もお払い箱となるわけか」
このタイミングで見知らぬ兄とやらが父上と密会か。
エルムハルトの都合よく事が進みすぎているような気がするが、そんなことは関係ない。
邪魔者を潰す。
神童と謳われた俺こそが未来の国王に相応しいのだから。
「ブルーノ、君の手にかかっている。こいつらを使って王宮を制圧。父上とまだ見ぬ兄を仕留めるんだ。それでこの国は俺たちのものさ。クーデターの罪はすべてローザくんに負わせる。証拠は残さないよう準備している」
まったくとんでもない男だ。この男の悪意は計り知れない。
俺はもう、悟った。
こいつには逆らうことはできないと。
下手をすると俺だけが反逆者の汚名を着せられ、闇に葬られるだろう。
国王の座をもらえるならば、文句は言うまい。
覚悟は決まった。
やってやる。この国の頂点に立ってやる。
「ついてこい。王宮を攻略する」
俺は剣を受け取り、騎士たちを引き連れて王宮へと向かった。
すべてを終わらせるために……。
◆
「思ったよりも警護が手薄だな。さすがはエルムハルトといったところか。やつも監視されているだろうに、ここまで見事に暗躍するとは」
いや、違うな。
おそらくやつは監視の者を手懐けている。
監視に適当な報告をさせて、好き勝手に動けるような環境を整えたのだ。
父上は甘いな。
こいつから王権を奪うだけで、野放しにしたのだから。
「その甘さのせいで、あなたはすべてを失う。……俺を恨むなよ。悪いのはあなたなのだから」
訳のわからん男に王位を譲ろうとすること自体、俺の尊厳を傷つけている。
許せない。
このような汚れ仕事をさせられる羽目になったことも含めて、度し難い。
ようやく謁見の間か。
リュゲルめ。今さら慌てふためくとは、平和ボケしすぎて反応が遅すぎる。
「陛下! クーデターです! 騎士の一部が反乱を起こして、王宮内に! うわっ!!」
謁見の間の扉が開き、リュゲルはその中へと入っていった。
だが、先頭を歩く騎士に殴り飛ばされて、昏倒する。
「邪魔が入らぬように半分はここにいろ。残り半分で陛下の首を取る」
「「はっ!」」
俺は騎士たちに指示を出して、謁見の間へと入った。
なるほど。あいつが、俺たちの兄とやらか。
「ほう。いつぞやの執事じゃないか。ここで父上と密談しているということは、まさか貴様が俺の兄上かい?」
「ブルーノ……」
あの男には見覚えがあった。
ローザの別荘で彼女に仕えていた執事。
どこか不遜な態度を感じていたが、そういうことだったのか。
女に仕える執事ごっことはあまり良い趣味とは言えんが、そうやって俺を見下していたわけだ。
「陛下、そして名も知らぬ兄上。ご機嫌はいかがかな? 俺から将来の王位を奪い取る密談は楽しかったか?」
圧倒的な有利な状況というのは実に気分を高揚させてくれる。
裏切り者たちをここで一掃しよう。
父上、神童と呼ばれたこの俺を切り捨てようとした報いをくれてやる。
「まずは貴様からだ。俺の居場所を奪おうとした罪は万死に値する」
「……居場所か。確かに俺はあなたの居場所を奪おうとしている。剣を向けられても文句は言うまい」
俺の剣を目の前にしても、執事は平然とした表情を崩さなかった。
まだ余裕ぶれるのは、俺が切らないとでも思っているからだろうか。
「執事ごっこを続けていれば、こんなことにならんかっただろうに。バカな男だ」
「執事ごっこ?」
「うぶっ!?」
「「ブルーノ殿下!!」」
気付いたら、俺は倒れていた。
鼻の骨が折れたのか、猛烈な痛みを感じる。
まさか、こいつ。この俺を殴った?
剣を持った人間を相手にして、臆せずに突っ込んできたというのか。
「俺はローザお嬢様の執事であることに誇りを持っている。それをごっこ遊びと揶揄するなど許さん」
なんだ? この威圧感は……。
こんな女の金魚のフンみたいな奴にこの俺が殴られた?
あり得ん! 絶対にあり得ん!!
「だ、黙れ! 貴様! この俺を見下ろすな! 丸焦げにしてやる!」
俺は執事に向かって火球を放った。
これぞ、神童と呼ばれた俺の真骨頂……!!
詠唱などの小難しい魔法理論を無視して魔術を発動させるのは超高等技術らしい。
だが、俺にかかればこれくらいは余裕だ。
もっとも、同じ芸当をあの生意気な女もしてみせたが――。
「こんな火の玉遊びで得意になるな。俺を誰だと思っているんだ?」
「お、俺の魔法が凍って……」
とんでもないことが目の前で起こった。
俺の放った火球は執事に届く前に凍りつき、そして砕け散ったのだ。
こいつ、魔法まで使えるというのか……。
いや、魔法が使えること自体はそれほど驚くべきことではない。
驚くべきは、この男もまた詠唱せずに俺の火球を凍らせるほどの魔法を使ったということだ。
「諦めてくれ。あなたは俺には勝てない。ローザお嬢様にも、な」
「だ、黙れ……俺は負けない! おい! 貴様ら! 何をボサッとしている! さっさと陛下とこの男の首を取れ! さもないと全員、打ち首になるぞ!」
「「「はっ!」」」
俺が指示を出すと騎士たちがようやく動き出した。
まったく、指揮官が殴られたというのに突っ立っているだけとは使えない。
こちらの人数は三十名を超える。謁見の間の前にも同じ数だけの予備兵力がある。
負けるはずがない。負けるはずが――。
「い、いかん! 剣を奪われた!」
「つ、強い!」
何をやっているんだ!
あいつは父上を庇いながら戦っているんだぞ。
なんで、剣まで奪われているんだ!?
「くっ……」
しかし、執事もかなり苦しそうな顔をしている。
計算外の手練であったが、この前にも人数で押し切れるはずだ。
「ふふ、さらなる絶望を与えてやろう。予備兵力を一気に投入する。おい! 入ってこい!」
「「了解いたしました!」」
扉の前に待機させておいた騎士たちもこの場に入ってくるように指示をする。
騎士たちはこの場に入りこんで、父上を守る執事に向かって――。
「「「うわぁぁぁぁっ!!!」」」
突然、床に穴が空いてそこから出てきた女に騎士たちが吹き飛ばされる。
あ、あの女はまさか……!!
「グレン、大丈夫?」
「ろ、ローザお嬢様!?」
ローザ・クロスティ。
この俺の勝ち続けてきた人生を終わらせた女。
天敵とも呼べる相手が、突然俺の前に立ち塞がった。
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