暴走する悪意(ブルーノ視点)
「へぇ、イカロスくんもバルバトスくんも逃げちゃったんだ。……で、ローザくんも取り逃がした、と」
エルムハルトは部下からの報告を聞いて、静かに立ち上がった。
なんだ、逃げられたのか。
寄生虫とやらで脅迫しているから、逃げられないと語っていたが……。
存外、この男も万能ではないようだ。
「ローザの行方は今、騎士団が総力を上げて……へぶあっ!」
部下の言葉を最後まで聞くことなく、エルムハルトは容赦なくその顔面を蹴りつける。
短気な男だ。確かにこんな狭量なやつ、国王の器ではなかったな。
「あのさ、騎士団が総力を上げてって嘘言うの止めてくれない? 父上に気付かれない程度の人数なんてたかが知れている。ローザは追わなくてもいいよ。十中八九、王都に来るから……そこを押さえてくれれば」
そう。エルムハルトが動いていることは父上にだけは知られてはならない。
父上はこの男を警戒している。
今、バレてしまったら……間違いなくエルムハルトを叱責するだろう。
「ローザが王都に来るのか? 辺境伯のところに逃げていたと報告を受けているぞ」
「来ると思うよ。辺境伯に取り入った方法は知らないが、彼に迷惑をかけたのは間違いないんだ。父上に事情を説明するしか、辺境伯の立場を回復させられないと考えるはずさ。リスクを負わなくては逃げられないと悟ったはずだしね」
なるほど。筋が通っている。
王都に向かうとわかっていれば、ローザを捕獲するのは容易いかもしれん。
王宮には入れさせないようにしなくては……。
父上に事情を話されるのも厄介だしな。
「じゃあそろそろブルーノにも動いてもらおっかな」
「俺に何をさせるつもりだ? 言っておくが、俺に脅迫は通用しないぞ」
「あはは、酷いなぁ。可愛い弟を脅すなんてしないよ。ちょっとしたプレゼントを受け取ってほしくてね」
「プレゼントだと?」
何を呑気なことを言っているんだ、こいつは。
不気味なのはいつものことだが、何か嫌な予感がする……。
ニンマリと笑顔を作り、エルムハルトは口を開いた。
「国王の座を君にプレゼントする。ブルーノ王の誕生だ」
「はぁ? な、何を言っているんだ!」
「邪魔なんだよね、父上が。俺がやりたいこと、やらせてくれないし。だからブルーノ、君が国王になってよ」
この男、本気で言っているのか。
まさかクーデターを引き起こして、国自体を乗っ取るつもりだとは……。
しかも、恐ろしいことに……エルムハルトは俺をその主犯に仕立て上げようとしている。
「ふざけるな。俺に反逆者になれと言うつもりか!?」
「反逆者? ああ、失敗したらそうなるね。大丈夫だよ。失敗しなければ、君はデルタオニア国王だ。誰も君を咎めない」
「失敗しないなどとよく言い切れたものだな。王権を放棄させられたくせに」
口車に乗せられてなるものか。
今でさえ危ない橋を渡ろうとしているのに、クーデターだと?
あり得ない。リスクが高すぎる。
そもそも俺に何のメリットもない話なのだ。
エルムハルトは王権を放棄した。
ならば、何もしなくても次期国王はこの俺。
王位を無理して取りに行く理由などないのである。
「ブルーノ、ちょうどいい機会だから教えてあげよう。君、黙っていれば王位継承できると思っているのだろうが、それは認識違いだぞ」
「認識違い? 兄上、まさか……」
「違う、違う。俺じゃない。……実は俺たちには腹違いの兄がいるんだよ。そしてどうやら父上はそいつに王位を継承させたいらしい」
「な、なんだと!? そんなバカな!」
腹違いの兄がいる!?
そんな話、聞いたことがないぞ!
しかも父上は俺ではなく、そいつに王位を継がせようとしているだって!?
信じられん。嘘に決まっている。
エルムハルトのやつ、適当な嘘をついて俺を担ごうとしているな!
「残念だが、その手には乗らんぞ。俺を嵌めようとしても無駄だ」
「はは、信じないのも自由さ。だが、のんびりしないほうが良いと忠告はしておく」
「くっ……うるさい。惑わされんぞ、俺は」
しつこい男だ。
こんな浅はかな嘘で俺を動かそうとするとは、舐めるのも大概にしてほしい。
腹違い兄とやらが仮にいたとしても、秘匿にしている時点で王位を継がせる気がないのは明白ではないか。
嫌な嘘をつく。もしも本当ならば、ローザの件などどうでも良くなるくらい……。
いや、何を言っているんだ。嘘だ、嘘に決まっている……!!
「誓って言えるが、俺は嘘をついていないよ。しかし、まぁ……王位を継げると思っていて、知らない兄にその座を取られたときの君の顔を見るのも面白いかもね。それはそれで楽しみだ」
「……その腹違いの兄の話、父上に裏を取ってきても大丈夫なのか?」
「構わないよ。俺から聞いたなどと言わないでくれれば問題ない。むしろ、裏を取ってくれたほうが、君も俺の提案に乗りやすいだろ」
ここまで言うからにはやはり本当なのか。
確かに嘘をついているようには見えない……。
俺が将来の王座を奪われる、だと?
顔も知らない、腹違い兄とやらに……神童と謳われたこの俺が?
「あり得ない……」
許されてなるものか。
ローザに負けた屈辱は計り知れなかった。
その上……王座まで奪われたら、俺は、俺ではなくなってしまう。
「くくく、良い目をしてきたね。やっぱり君は可愛い弟だよ。大丈夫、俺が助けてやるからね。お兄ちゃんが王座をプレゼントしてやろう」
引き返せないところまで行ってしまうかもしれない。
だが、俺は父上の裏切りが許せなかった。
奪われるくらいなら……奪ってやる!!
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