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「バルバトス様……急いでここを出ましょう。この“精霊樹の枝”があれば、おそらくあなたに植え付けられた寄生虫を除去することができます」


 二重底になっている引き出しの中に隠しておいた“精霊樹の枝”を手にした私は、バルバトス様に話しかける。


「…………」


 虚ろな目をして、まるで私の声が届いていないみたいね。

 バルバトス様にはもう生きる気力がないのかもしれない。

 

 思ったよりも時間を食ってしまった。

 これ以上、無駄に時間を浪費するわけにはいかないわ。

 なんとかして彼を……。


「僕はここに置いて行ってくれ。それでイカロス殿を助けるのだろう? 僕は野垂れ死にすると決めたんだ。もう構わないでほしい」


「はぁ……剣の勝負に負けておいて、その言い草はないのではありませんか?」


「何だと?」


 やはり自暴自棄になっている。

 どこまでも勝手な人だと、私は少しだけ腹が立った。

 

「いきなり斬りかかってきて、負けたら死ぬと不貞腐れる。あんまりじゃないですか」


 巻き込まれた私は、本当に困り果てていた。

 時間がないときに、駄々をこねるようなことはしてほしくない。


「僕にとって、騎士道がすべてだ! だからこそ最期の勝負を挑んだ! 騎士として、戦いの中で死ぬために! 敗者は勝者にすべてを差し出す! それが騎士としての僕のルールだ! どちらにしろ負けた僕は命を差し出す義務がある!」


「では私はあなたから死を奪います。勝者として、あなたに生きることを命じます。バルバトス様、敗者としての責任を果たしてください。騎士道精神にかけて」


「騎士道精神だと……」


 私の言葉を聞いて、バルバトス様は言葉を詰まらせる。

 勝者にすべてを差し出す覚悟なら、せめてこのいっときは私の声に耳を傾けてほしい。

 私の言葉を無視するのは、彼の騎士道に反するのではないだろうか。


「……死を奪う、か。考えてもみなかったな。確かに君の言うとおりかもしれない」


「わかっていただけた、ということでしょうか?」


「ああ、このままだと僕はまた君から逃げることになる。結局、僕は臆病なままだったんだ。故国へと帰って、後ろ指を差されて生きるのが怖かった。……エルムハルト殿下は僕の臆病さを良く見抜いていた」


 それを臆病というのなら、私もバルバトス様と同じなのかもしれない。

 

 私も周りから奇異な目で見られることが嫌で、この国に逃げ出したのだから。

 

「……このまま終わると僕はただの無責任な男だ。騎士として以前に人として間違っている。君に従おう」


「ありがとうございます。では、私についてきてください。イカロス様と合流します」


 どうにか“精霊樹の枝”を手に入れた上で、バルバトス様の説得もできた。

 思ったよりも時間がかかったが、まだこちらに人が来る気配はない。


 とにかく急ごう。

 イカロス様も追われている身。早く合流するに越したことはない。


「レズリー、行くわよ」

「合点承知っす!」


 私はレズリーに声をかけ、別荘の裏口を目指して走り出した。


 ここにはバルバトス様の他に、もう一人いる。

 

 見つかっても人数で勝っているので、大した障害にはならないと思うが、時間をかけると外に出ていった騎士たちが戻ってくるかもしれない。


 見つからないほうが良いに決まっているが――。


「おやおや、なるほどなるほど。さすがは英雄の娘さん。あれだけの警戒されている中で、よくここに辿り着きましたねぇ」


「あ、あなたは……」


 そう思っている矢先、私の目の前に現れた人物は……想像すらしていなかった者であった。

 騎士の扮装をして兜で顔を隠しているが、その特徴的な声はよく覚えている。


「まぁまぁ、お気になさらずに。ここに居るのは、ただの暇つぶしです」


「ミランダ殿下、なぜあなたがここに? まさか、あなたもエルムハルト殿下の……」


「さてさて、どうなのでしょう? 一つだけ言い切れるのは私はあなたのファンだということです。ですから、ここは見て見ぬふりをさせていただきます。どうぞ、お先に」


 前に会ったときも掴みどころがない人だと思っていたが、今回もまたなにを考えているのかまったくわからなかった。

 

 ここで立ち止まっている暇はないわね。


 話を聞きたい気持ちはあるが、できるだけトラブルは避けたい。

 私たちはミランダ殿下の横を素通りして、別荘から脱出した。


 イカロス様との合流地点までは、そう遠くない。

 合流したら“精霊樹の枝”を煎じて、二人に飲ませて……。


「もしもイカロス殿が捕まってしまっていたらどうするつもりだ?」

「どうするって言われても、そうならない前提で動いていますので……」

「見通しが少し甘いな。あの男は僕や君のように体を鍛えているわけじゃない。訓練された騎士から逃げ切るのは至難だぞ」


 合流地点についてすぐに、バルバトス様はイカロス様の失敗している可能性について言及する。

 そうなる確率がゼロだとは思っていないが、基本的に私は最悪のケースを考えずにいた。

 

 余計な心配をしている時間すらもったいないと思っているからだ。


「イカロス殿はエルムハルトの拷問にも簡単に屈した。彼が悪い人間だと言わないが、裏切る可能性も十分に――」

「誰が裏切る、だって?」

「イカロス様……!」


 バルバトス様の懸念は杞憂に終わった。

 ムッとした表情を見せながら、イカロス様が合理地点に現れたからだ。


「この明晰な頭脳にかかれば剣を振り回すしか能のない騎士共を出し抜くなど容易い。君こそ、その頑固頭でローザの手を焼かせたんじゃないか?」

「なんだと!? 僕を愚弄するつもりか? 言っておくが、僕は自らの信念に従って行動した。恐怖に躍らされた貴様とは違う」

「あ、そう。君の信念なんて興味ないね。それより手を焼かせたという部分は否定しないんだ?」

「貴様! 言わせておけば!」


 喜びも束の間、一触即発の事態。

 喧嘩だけはやめてほしい。

 二人とも寄生虫が植え付けられていることを忘れているのだろうか……。

 私は心の中で、ため息をついた。

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> 「もしもイカロス殿が捕まってしまっていたらどうするつもりだ?」 無駄な時間を持て余しといてこれ言えるの草
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