(3)
「やっぱり騎士たちが警戒しているみたいね。別荘の近くに十二人。中にも十人……」
「中の人数までわかるのか?」
「瞑想したときだけですが、このくらいの距離ならば何とか」
予想していたことだが、別荘に見つからずに入り、“精霊樹の枝”を回収するのはかなり困難な作業になりそうだ。
これだけの人数の目を避けるのはほぼ不可能。
見つかるのを覚悟して突入するのが手っ取り早い気もするけど、あまりにもリスクが高いわよね……。
「私が魔法で陽動する。その間にあなたたちは、別荘の中に入るがいい」
「危険すぎませんか? イカロス様が捕まったら“精霊樹の枝”を手に入れる意味がなくなります。ここで待っていてください」
「助かるためなら多少のリスクは背負うのは当然だ。指をくわえて、見ているなどあまりにも格好悪い」
イカロス様ほどの魔法の使い手なら、簡単には捕まらないとは思うけど、それでも心配だ。
しかし、彼の目は真剣だった。
ここでイカロス様を気にかけるのは、彼のプライドを傷つけることになるだろう。
「案ずるな。確かに一度エルムハルト殿下の手先に捕まったが、あれは油断していたからだ。ちゃんと準備して挑めば、逃げ切ることなど造作もない」
「わかりました。……レズリー、私たちは騎士の注意が逸れたスキをついて、別荘の中に潜入するわよ」
「了解っす」
彼の覚悟は十分に伝わった。
それならば、私はイカロス様を信じて目的を果たすだけ。
レズリーと顔を見合わせて頷き合い、潜入の段取りを整える。
イカロス様の陽動はいたってシンプルだった。
爆裂魔法の連打。
別荘の正面入口付近から少しずつ離れた位置で爆発を起こす。
「何事だ!? まさかローザ・クロスティか!? 警戒態勢をとって追いかけるぞ!」
騎士のリーダーらしき人物が指示を出し、爆発があった方へと走っていく。
イカロス様は顔を隠しつつ、わざと姿が見えるようにして、もう一度魔法を放った。
「いたぞ! あっちだ!」
イカロス様を追いかけていったのは二十人。
別荘の中に二人ほど残っているようね。
そのくらいの人数なら、見つかっても何とか振り切ることができそうだ。
「行くわよ、レズリー」
「裏口から入るっすね!」
私とレズリーは別荘の裏口から中へと入った。
目指すは私の部屋。“精霊樹の枝”はそこに隠している。
こういう事態を想定しているわけじゃなかったんだけど、留守中に泥棒が入ってくる可能性はあったので念の為に簡単に見つからないようにしておいたのだ。
別荘の広さも幸いして、私たちは誰にも見つからずに部屋へと辿り着いた。
良かった。早く“精霊樹の枝”を取り出して――。
「待っていたよ、ローザ」
「ば、バルバトス様!?」
部屋の中で私を待ち構えていたのはバルバトス様だった。
まさか、彼がここにいるなんて。
イカロス様といい、エルムハルト殿下は何を考えているのか。
「外で騒ぎがあったらしいが、僕はわかっていたよ。君がここに来るための陽動だって。君ほどの者がわざわざ無意味に騒ぎ立てるはずがないからね」
さすがはバルバトス様。
冷静に状況を把握して、違和感に気付いていたとは……。
でも、ここにいたのが彼で良かったわ。
もしも、バルバトス様がイカロス様と同様に脅迫されているのならば、話し合いで解決できるもの。
「……バルバトス様、エルムハルト殿下に脅迫されているのでしたらご安心ください。寄生虫の脅威を取り除く方法がございます」
「寄生虫……そうか。イカロス殿とはもう会っているのか」
バルバトス様は私の言葉から色々と察してくれたらしい。
そう。私は事情を知っているの。
争わずに済む方法も、ここにある。
彼は分別のつく方だし、きっと私の話を聞けば――。
「ローザ、一戦交えてもらおう。このような醜態を晒した今……僕はもうすでに騎士として死んだも同然。せめて、最期は決着をつけたい。僕の劣等感に」
剣を抜いた?
イカロス様の殺気は本物。
本気で私を仕留めようとしている。
「ちょっと待ってください! 命なら助かるんですよ! それに、脅迫されていたのでしたらイカロス様に非はありません! 戦いは無意味です!」
「非はある。僕は騎士でありながら、賊に捕まり陰謀に加担させられた。これは常在戦場を心得よという、アルトメイン騎士団の掟に反する。僕はもうダメなんだ」
素早い剣さばきで、こちらの急所を狙い続けながらバルバトス様は悲痛な顔をする。
もうダメとか言いながら、しっかりと殺しにきているわね……。
とにかく彼の精神状態はイカロス様よりも不安定みたいだ。
「だからといって、こんなこと無意味です。私たちに戦う理由はないじゃないですか」
「君になくても僕にはある。僕は逃げた。君の強さから逃げたんだ。本当に死ぬ前に……臆病な自分に決着をつけたい」
「訳のわからないことを仰らないでください」
さらに剣の速度が増した?
明らかに精神状態が良くない。
エルムハルト殿下の手先に捕まったせいなのか、自暴自棄になっているようだ。
「ローザ、剣を抜いてくれ。僕は最期の相手に君を選んだのだから」
「……わかりました。それでバルバトス様が納得するならば」
「っ!?」
私は剣を抜き、迫りくるバルバトス様の刃を弾く。
そして、一歩踏み出して彼の喉元に剣を突きつけようとする。
「負けてなるものか! せめて一太刀でも!」
弾いたはずの刃は、尚も私の首に狙いを定めて振り下ろされた。
必殺の気迫が込められた渾身の一撃。
背筋に寒気が走る。
「一太刀受ければ私は死にます」
喉元に向けていた剣を咄嗟に方向転換。
バルバトス様の凶刃を振り払う。
「っ!? な、なんだと……」
鈍い金属音が鳴り響き、バルバトス様の持つ剣の刀身が折れて床に突き刺さった。
彼は信じられないという表情で自らの剣を眺める。
バルバトス様は命のやり取りを望んでいたようだけど、それに乗るわけにはいかなかった。
私が父から学んだ剣は、人を生かすため……活人を第一においていたから。
「くっ……僕は戦いの中で死ぬこともできないほど、弱いのか……」
崩れ落ちるように、バルバトス様は膝をついた。
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