直接対決(1)
「ふふふ、ローザ。やっとあなたに会うことができた。まったくこの私の追跡術式が通用しなかったときは、どうしたものかと焦ったよ」
眼鏡の位置をクイッと直しながら、イカロス様はこちらを見据える。
そう。彼が追跡術式を使うと読んで、その対策は立てていた。
一体、どうやって私の居場所を見つけたのだろうか。
「……不思議だろ? 不思議だよね? 私の明晰な頭脳があなたの小細工を上回ったのだ。ふふふふ、やっと、やっとあなたを驚かせることができた!! 幸せだよ、私は!」
イカロス様はどういう心境なのか、満面の笑みを浮かべた。
ここに来るのに、かなりの苦労をしたようだ。
ものすごい執念を感じる。
今までの彼とはまったく異質の存在だと言ってもいい。
「考えられるミスは……魔力の痕跡がここ数日で私のいる場所付近が若干濃くなってしまったこと。でも、その僅かな差を見極めることが果たして可能なのか……」
「っ!? ど、どうして正解を……!! 三日三晩、寝ずに散らばっている魔力の痕跡を追い続けて……辺境伯の屋敷付近の違和感に気付いたというのに!」
どうやら当たっていたみたい。
当てたからといって、今の状況がピンチであるのは間違いないから意味はないけど……。
イカロス様は狼狽したような顔をしたかと思えば、怒りに満ち溢れた表情でこちらを見る。
「こんなに早く見破られるとは! おのれ、ローザ! 必ずあなたを捕まえて、私の頭脳の明晰さを証明してみせる!」
「逃げるわよ、レズリー」
「お嬢様に手は出させないっす!」
私が部屋の出口へ向かっていこうとすると、レズリーはナイフを取り出して構える。
そして、イカロス様に向かって投げつけた。
「あ、あれ? ナイフがすり抜けちまったっす!」
ナイフは確かにイカロス様の足を正確に捉えた……はずだった。
しかし、それは何の抵抗もなく彼の身体を通過し、背後の壁に突き刺さる。
「……クロスティ家は使用人の教育がなってないなぁ。これでも私は子爵家の跡取り。狼藉を働こうとするとは何事だ!?」
「あんたがローザお嬢様を捕まえようとするからじゃないっすか! てか、なんでナイフが当たんねぇすか!?」
「ふふふ、さてね。なぜかわかる前に終わらせてやるさ」
イカロス様は古代文字の刻まれた札を幾枚も取り出す。
レズリーのナイフが当たらなかったのは、魔法の効果であることは間違いない。
どうやら、彼はここに来るまでに相当の準備をしてきたようだ。
イカロス様は魔力を集中させて、ブツブツと詠唱を開始した。
魔法が発動する……!!
「拘束術式……!!」
「なんすか!? あれ!? く、鎖……!?」
札が発光して、魔法陣が発現するとそこから鎖が何本もこちらの方へと放たれる。
「レズリー、私の後ろへ下がって! 命令よ!」
「はい!」
「防壁術式……!!」
私が魔法を発動させると光の壁が出現して、迫りくる鎖を防ぐ。
しかし、鎖は何度も衝突を繰り返し、鈍い音を響かせながら壁を打ち砕こうとする。
「札も使わずに魔法を発動させるとは、さすがはイレイナ直伝の技術だな! だが、そんな急ごしらえの壁なんかどうってことないぞ! この魔法の鎖は鉄よりも硬いのだ!」
興奮しているのか、大声を張り上げるイカロス様。
鎖は確かにかなり硬いらしく、防壁はひび割れ、今にも砕けてしまいそうになっていた。
「ついに私の明晰な頭脳があなたを凌駕することを証明できそうだ! 潔く負けを認めたまえ! さすれば使用人は逃がしてやっても良いぞ!」
「ローザお嬢様! あたしのことは気にしなくて大丈夫っす! いざとなったらあたしが盾となってお嬢様を守るっすから!」
優勢を確信したイカロス様の言葉を聞いて、レズリーは私の前に出ようとする。
あなたが盾になる必要はないわ。
この状況を打破する方法はいたってシンプルだから。
「……防壁術式!!」
「はぁ?」
「壁が壊れそうならば、作り直せばいい。何度でも」
もう一度、私は魔法で光の壁を作り直し、鎖の衝突を完全に防ぐ。
壁の強度はさして問題ではない。
一撃で粉砕されるならまだしも、これくらいならいくらでも防げる。
「くっ……時間稼ぎするなら好きにするがいい。もうじき、ここに騎士たちもやってくるだろう。どのみち、あなたはここで捕まる運命だ」
「そうですね。……ですからその前にイカロス様、あなたを制圧します。拘束術式!!」
「なっ!?」
壁の前方に魔法陣を出現させて、イカロス様と同様の鎖を放つ。
これで彼を捕まえられれば形勢は逆転するはずだ。
「詠唱も魔道具もなしで、二つ同時に魔法を使うとは……どこまでも私の癪に障ることを! しかし、同時に二つの魔法をあなただけではない!」
「鎖が通過した?」
レズリーのナイフと同じく、私が魔法で繰り出した鎖もまた手応えなく、イカロス様の身体をすり抜けてしまった。
ナイフのときから予想はしていたが、どうやら目に見えているイカロス様の位置は、本当に彼がいる場所ではないようだ。
「ふふふ、これこそ私が発明した光の屈折率を操作して、相手に位置情報を誤認させ――」
「追跡術式……!!」
「えっ? あっ!」
視覚が頼りにならないなら、魔力の痕跡を追えばいい。
そしてその方法はイカロス様自身が教えてくれた。
私は彼の位置情報を正確に掴むと、すかさず鎖をそちらに向けて、彼を拘束する。
「イカロス様、どうしてこのようなことを……?」
「あなたに話す義務はない」
エルムハルト殿下の言いなりになって、私を襲ったのには何か理由があるはず。
しかし私が事情を尋ねても、彼は目線をそらして答えてはくれなかった。
「ここか! ローザ・クロスティ! 貴様を拘禁せよと命令がでている! 抵抗するなら――」
「逃げるわよ、レズリー」
「あっ! ローザお嬢様! イカロス様も連れて!?」
私は鎖で拘束したイカロス様を抱きかかえて、レズリーとともに窓から飛び出した。
ここで捕まるわけにはいかない。
辺境伯様、迷惑をかけて申し訳ございません。
必ず、冤罪を晴らして、陛下に直談判をしてでもあなたへの火の粉を振り払います。
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