残された手段(1)
「……関所が封鎖、ですか?」
辺境伯様の屋敷に着いた日の二日後。
その知らせは私たちのもとに舞い込んだ。
「アルトメイン王国側には危険人物が逃亡の恐れありと説明をして、出入りなどを禁じているとのことですじゃ」
「危険人物って、私のことですよね……」
「状況を考えるとあなたを意味しているのでしょうが、秘密保持のため名前は伏せられておりましたな。関所の者も危険人物が誰なのかは知らされていないと聞いておる」
少しだけホッとした。
デルタオニア王国で危険人物視されているなどという噂が故郷にまで流れたらと考えるとゾッとする。
両親の耳に届いたら、この国に無理ありにでも乗り込んでくる恐れがあるもの。
そうなったら、どうなるのか想像できない。
下手したら、アルトメイン王国とデルタオニア王国が戦争を始めてしまうかもしれないわね……。
「……なぜ、ローザお嬢様の名前を伏せたのでしょう?」
少し間をおいて後ろで控えているグレンが、呟くように発言した。
なぜって、そんなの不思議でも何でもないでしょう。
私は振り返り口を開く。
「秘密保持のため、じゃないの? そう辺境伯様が仰っていたじゃない」
「クーデター云々の話は軍事的な機密にも繋がるゆえ、外部には極力伏せているのはさほど変な話ではないと思うが」
辺境伯様も私に続いて補足する。
しかし、グレンは腑に落ちないという表情だ。
なにが言いたいのだろうか。
「本当にクーデターが起こる可能性があるなら、秘密にしておくという流れには納得できます。しかし、今回はデマですから。ローザお嬢様の名前を出した方がお嬢様への嫌がらせとしては確実ではありませんか?」
「嫌がらせって……」
確かに具体的な情報を公開した方が、私にダメージを与えることができる。
今回の騒動の目的が私を貶めることならば、グレンの言うとおり少し妙ではあるわね。
「さらに、この件にエルムハルト殿下が絡んでいると仮定すると……両国間の関係悪化を望むはずです。それなら尚更、ローザお嬢様の名を利用しようとしそうなんですよ」
「……ふーむ。グレン殿はあくまでもエルムハルト殿下を黒幕だとお考えのようですな」
「不快な気持ちにさせたのなら、申し訳ありません。しかし、状況から考えてその確率が一番高いのです」
エルムハルト殿下が黒幕という話は、私も確実にそうだとは言い切れない。
でも、彼と対峙したというグレンがこれだけ言うのだから……そこは信じようと思っている。
しかし、デルタオニア王国の住民の一人である辺境伯様にも私と同じ姿勢でいてほしいとお願いまではできない。
匿っていただいているだけでもありがたいのだから。
「……うーむ。仮にエルムハルト殿下が黒幕ならば、ローザ殿の名を伏せた理由はシンプルだと思いますぞ」
「辺境伯様……それはどういう意味でしょうか?」
「関所を封鎖するなどという命令を国王陛下の許可なく下せるはずがありませぬ。……ローザ殿の名前を出せば、陛下はエルムハルト殿下が裏で動いていると察するでしょう。陛下はローザ殿を信頼しているようですからな。……エルムハルト殿下は陛下に自らの企みがバレるのを恐れているのかもしれませぬ」
陛下はエルムハルト殿下の本性を知っている。
私がクーデターを画策していると聞けば、違和感を抱く可能性は確かに高い。
王権を破棄させられた後に、さらにこのような企てをしていたとバレれば殿下は確実に罰を受けるだろう。
「となると、エルムハルト殿下たちはこれからどう動くのでしょう?」
「ブルーノ殿下の目的はローザ殿への復讐。エルムハルト殿下はそれを利用した上で、アルトメイン王国との諍いの種を撒きたい。二人の目的を軸に考えると……」
辺境伯様は腕を組んで考え込む仕草をする。
そして、気まずそうにこちらを見つめた。
「……ローザ殿を捕縛した上で罪状を捏造し、即処刑。陛下の手が及ぶ前に既成事実を作ってしまう。最悪の想定ですが、これくらいは仕掛けてきてもおかしくありませぬ」
「それだと結局、陛下に疑われはしませんか?」
「アルトメイン王国との関係悪化と引き換えなら、そのくらいのリスクは取るでしょう。ワシも噂では聞いとるんですよ。エルムハルト殿下の最終的な目的は国家の破滅。信じたくはありませぬが、グレン殿の持論を聞いてそれが現実になりそうだと危機感を覚えた……」
どんどん話が大きくなる。
事は私一人の問題ではなく、国際的な大問題へと発展しそうだ。
どうしよう。
このまま身を隠すのが正解のはずよね。
でも、ずっとここにいるわけにもいかないし。
辺境伯様に迷惑をかけ続けるなんて考えられない。
「止めなきゃダメよね。エルムハルト殿下を」
「ローザお嬢様、止めるとは……どうするおつもりで?」
「どうするって、それはええーっと。逆にエルムハルト殿下を捕まえるのよ。ほら、将を落とせば、戦に勝てるでしょ」
「はぁ……最悪。ゼロ点の解答ですよ、それ」
グレンは心底呆れたような顔をして、こちらを見つめる。
ゼロ点って、辛辣な評価をするわね。
だって、このまま指をくわえてジリ貧になっても何も解決しないじゃない。
ならば、いっそのことこちらから――。
「エルムハルト殿下は嬉々としてお嬢様に捕まると思いますよ。そのときこそ、クーデターの噂が真実となるのですから」
「えっ? 言われてみれば、そうね。……一国の第一王子を捕まえるなんて、確かに国に喧嘩を売っているも同然か」
グレンの説明を聞いて、私はエルムハルト殿下という人間の悪辣さを再認識した。
私が痺れを切らせて動くことも殿下の手のひらの上ということか。
会ったこともない人間にこうも苦しめられるなんて、本当にストレスが溜まる。
こうして身を隠しても、まったく安心できないところが厄介極まりない。
どうしよう。
隠れている以外に何か打つ手はないのかしら……。
「……俺、国王陛下のところに話をつけに行ってきましょうか?」
「グレン?」
考えがまとまらないでいると、グレンが突然の提案をする。
陛下に話をつけるって、あなたはまさか――。
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