隣国の辺境へ(1)
「あの、グレン。これがあなたの別荘?」
「お嬢様のお気に召しませんでしたか?」
「い、いえ、これは――」
「でっかいっすね~。グレン先輩の別荘、旦那様の屋敷よりもでかくないっすか?」
グレンの案内で訪れた別荘の大きさに、私は驚きを隠せなかった。
これはまるで古城ではないか。
周りが森林に囲まれてなんとも静かで、寂しげな場所なのだが、この重厚な造りはそのイメージを吹き飛ばすほどの華やかさだ。
「ここはいわくつきなんですよ。幽霊が出ると噂の屋敷でしてね。元々は公爵だがなんだかの所有物だったんですけど、誰も住まなくなったから俺の親戚が安く買ったらしいんです。それを俺が貰い受けたんですよ」
なるほど。そういう理由なのか。
確かにどんなに立派な屋敷でも、幽霊なんか出たら誰も住みたくないかもしれない。
しかし、それを買い取るグレンの親戚はかなりの物好きのようだ。
私だって、幽霊がいる屋敷なんて――ってあれ?
「ちょっと待って! 幽霊って、それ本当? グレン、あなたね……」
「冗談ですよ、お嬢様。さすがのお嬢様も幽霊は怖いですか」
「怖いに決まってるでしょ! あなたはいつもそうやって私をからかうんだから」
グレンは昔からこういう人だった。
私よりも少しだけ歳上ってだけで、子供扱いして……。
仕返ししてみようと思うんだけど、スキがないというか常に冷静沈着で、なかなかその機会は得られずにいた。
「じゃあ、幽霊は出ないんっすね」
「ああ、さすがに幽霊屋敷にローザお嬢様を連れてくるような真似はしない。……お嬢様、すでに荷物などは運び込んでおります。お部屋に案内いたしますので、どうぞこちらへ」
レズリーの言葉にグレンは頷くと、私を屋敷の中へと案内する。
本当に良かった。
幽霊がいないなら安心だ。
あれ? でも、それならなんでグレンはこんなに立派な屋敷を持っているんだろう。
親戚から譲ってもらったと言っていたけど……どんな事情があって?
そういえば、グレンの留学中の話ってほとんど聞いてなかったな。
――興味がなかったわけじゃない。
その話をすると、さっきみたく話をはぐらかされるのだ。
だから、何となく触れてほしくないのかと思って聞かなくなっていたのである。
「ローザお嬢様? どうかしましたか?」
「何でもないわ。すぐ行く」
ま、いいか。
何かあったら話してくれるだろう。
少なくともグレンは信頼のできる人だ。
私のためにこの別荘への旅行を提案してくれたんだし、楽しまなくては失礼だよね。
グレンの後ろをついて、屋敷の中を歩く。
大きいだけでなくて、内装も豪華だ。
飾られている美術品も一流のものに見える。
「こちらがお嬢様のお部屋です」
「大きすぎない?」
階段を上って、案内してもらった部屋はびっくりするほど広かった。
これなら中で剣術の稽古や魔法の修練もできそうだ。
って、なんで修行しようとか考えているの!
発想がいつもどおりすぎる。
父と母から剣と魔法は幼いときよりみっちりと鍛えられたから、いつしか毎日自分を鍛えることが習慣になってしまっていた。
これが三回も婚約破棄された原因の一つなのに、私も成長できないな。
「ここならお嬢様が多少暴れ回っても大丈夫ですよ」
「グレン、私を何だと思っているの? 部屋で暴れるはずないでしょう」
「ローザお嬢様のことですから、部屋で修行ができるとか考えているのかと思いまして」
バレてる。
早朝三時間……剣術の稽古。夜に三時間魔法の修練と勉強。
これを十五年くらい毎日続けていたら、顔を洗うのと同じくらい日常の当たり前として組み込まれてしまったから、なかなか止められない。
止めるとなると気持ち悪くなるだろうな。
そう考えると、部屋で体を動かせるのは確かに時間の節約になって良いかもしれない。
屋敷にいるときは庭で稽古などをしていて、近所の目も気になったし……知らない土地でそういうことはしたくない。
「瞑想されるなら、そこにアロマキャンドルがありますから。リラックスできますよ」
「あなた、そんなものまで準備していたの?」
「旦那様や奥様がいらっしゃらないのです。ストレスも溜まるかと思いまして」
「人を寂しがり屋みたいに言うわね」
「これは失礼しました」
まったく、昔から……いえ留学から帰ってきてから特にグレンは過保護になったような気がする。
常に親身になりすぎるほど私のことを考えてくれて……。
私が大人になりきれていないからなのかしら。
「寂しくないわよ。あなたがいるし、レズリーもいるじゃない」
「……そうですか。嬉しいです。そのお言葉だけでお嬢様に仕えた甲斐がありました」
私の言葉を聞いて、グレンは嬉しそうに微笑んだ。
そして、きれいに一礼して部屋から出る。
寂しさがまったくのゼロということではない。
だけど、今は新しい土地での暮らしにワクワクしているのだ。
「ちょっとだけ剣術の稽古をしてみようかしら」
私は周囲に誰の気配もいないことを確認して、荷物の中から木刀取り出した。
風通しをよくするために窓を開けてみると、見慣れぬ景色が広がる。
広大な草原の奥にそびえるのはエルトルン山脈。
大陸で最も険しいとされる山々が並んでおり、山頂付近はまだ少し雪が残っていた。
「一汗かくには良い風ね」
私はまだ見ぬ未来に期待を込めて、木刀を振った。
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