穢れた騎士道(バルバトス視点)
「やぁ、バルバトスくん。君もそろそろローザくんの捕獲計画に付き合ってほしいんだけど。このまま死にたくはないだろ?」
イカロス殿がどこかに連れて行かれてから数時間後、エルムハルト殿下はそう声をかけた。
こんな男の言いなりになど、そのような犯罪行為に手を染めるなど騎士の名折れ。
決して屈服などするものか。
屈してしまうより、騎士道を貫き通し死んだほうがマシだ。
「…………殺したくば、殺すがいい。僕にも騎士としてのプライドがある。あなたの悪行に手を貸すつもりはない」
「格好いいね。そんなバルバトスくんはどうしてローザくんとの婚約を破棄したんだい? あれか。ローザくんのほうが剣の腕前が上だったのかな? それで嫉妬しちゃったのか」
「そんなことをあなたに話す必要はない」
実際に手合わせしたことはない。
だが、彼女の剣はあの英雄ローウェルの直伝。
勝てる自信は、正直言ってなかった。
情けない話だ。
英雄の名前に尻込みして、僕は手合わせすらしなかった。
戦う前から僕は彼女を恐れて、そして離れたのである。
「なるほど。ローザくんと君は戦ってないのか。君の口ぶりだけでわかる。バルバトスくんは彼女と手合わせするのが怖かったんだ。そうだろ?」
「――っ!?」
「あはは、君は本当にわかりやすいねぇ。顔に全部出てるじゃないか」
この男はどこまで僕を愚弄すれば気が済むんだ。
ローザとの戦いを避けた理由など、誰にも触れさせていないのに。
普通に考えて、婚約者と真剣勝負などあり得ないからな。
「弟のブルーノは戦ったぞ。ローザくんと正々堂々と。負けちゃったし、それで恥をかいたから復讐しようとしているけど、君と違って逃げなかった」
「その後の行動が最低じゃないか」
「真正面から向かうだけ男らしいさ」
ブルーノ殿下が婚約を破棄した理由はそれか。
プライドの高さゆえの拒絶。
僕とそれほど変わらないようだ。
「……僕を焚きつけてどうするつもりだ? 何をさせたい?」
「ローザくんに剣の勝負を挑んで足止めほしい。アルトメイン王国に逃げ帰らないように、ね」
「はぁ? それがあなたにとってどんな得があるんだ?」
薄々と感じていたが、この男は僕とローザを戦わせたがっているようだ。
意味がわからない。
そんな勝負を見学して、何が楽しいというのだ。
「クロスティ家の娘がこの国で痛い目に遭えば、あの両親が黙っていないだろう。怒り狂った英雄と魔女がこの国に対してどんな行動を取るのか興味ある」
「っ!? あなたは本当に、アルトメイン王国とデルタオニア王国を……」
ローザの両親……ローウェル殿とイレイナ殿。
その武力は一国の軍事力を脅かすほどだと言われていた。
ローウェル殿はたった一人で敵軍の砦を攻略し、イレイナ殿は各国が手を焼いていた魔王ルシファーを圧倒し、封じ込めたという逸話がある。
そんな二人がデルタオニア王国で娘が傷つけられたと聞けば、戦争を起こすくらいの勢いでこの国へと乗り込むだろう。
「良い趣向だろ? 君も味わってみるとわかるよ。手のひらの上で、愚鈍な連中が踊り続ける光景を眺める快感が」
「……最低の趣向だと言っておく」
「あはは、ローウェルくんは弱虫だもんね。女の子一人と戦う勇気すらない紛うことない腰抜け。騎士以前に男として情けないよ」
「っ!? 誰が腰抜け、だと?」
大人しくしていれば言いたい放題、好き勝手なことを……。
確かに優劣をつけるのが怖くてローザとの戦いを避けてはいたが、腰抜けなどと言われるほど僕は弱くない。
騎士として、男として、弱い者を守るためにこの身を鍛え続けてきたんだ。
決して、こんな男に蔑まれるためではない。
「このままだと、どうせ君は助からない。ならば騎士らしく、男らしく、戦って……勝ち取ってみてはどうだい? 君がもしもローザくんの足止めを成功させてくれたら、俺はもう君とは一切関わらないと約束するよ」
こんな男の戯言、信じるに値しない。
――だが、僕はずっとローザから逃げていた。
これは本当だ。
復縁を申し出たときすら、僕は彼女の強さを恐れて、戦おうとしなかった。
卑屈な感情から目を背けていただけだったのだ。
「……協力したら二度と僕に顔を見せないと誓うと言うのだな?」
「もちろん、もちろん。俺は君に特に興味はないからね。用済みになったら、そのままポイさ。どこに逃げようと、どうでもいい。もちろん俺に復讐なんてことをしてくれちゃっても構わないよ」
どこまでも人を舐め腐っている。
唾棄すべき奴だと僕は心底、エルムハルト殿下を軽蔑している。
だが、こうなったら僕もいい加減に乗ってやるしかない。
これだけの醜態を晒しているのだ。
騎士としての僕はもう死んだも同然だ。
だったら、いっそのこと男として……ローザに戦いを挑んですべてに決着をつけるのも良いだろう。
愚かな選択だと笑われてもいい。
間違った選択なのはわかっている。
「わかった。ローザに挑んでやる。さっさと拘束を解いてくれ」
「くくく、さすがはバルバトスくん。勇ましくて男らしい。君は最高だよ」
邪悪な笑みを浮かべたエルムハルト殿下は、僕の拘束を解いた。
あのローザ・クロスティと決闘か……。
命を懸けなくては、一太刀浴びせることすら難しいだろうな。
ははは、面白い。
最期だと腹を括ると何故か愉快な気持ちになってきた。
騎士として武勲を立てたことは数あれど、命を張るほどの修羅場が今まであっただろうか?
この高揚感は僕にかつてない力を与えてくれるような気がする。
足止めだと? ふざけるな!
僕は勝つんだ。
男らしく、逃げずに戦い抜いた人生を噛みしめるために――。
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