魔術師の苦悩(イカロス視点)
「くそっ! ローザの魔力の痕跡が無数にある、だと!?」
追跡術式は対象の魔力の波動を感知して、その痕跡を見つける魔法。
ローザのわかりやすい巨大な魔力は誰よりも見つけやすく、探しやすかった。
この魔力の痕跡を辿れば、ローザの居場所など簡単に見つけられるはずだった。
しかし、蓋を開けてみればどうだろう?
大陸全土にローザの魔力の痕跡がばら撒かれていて、追跡が不可能となっている。
「まさか私が追跡術式を使うと読んで……」
そういえば、彼女と食事をしたときにこの術式について事細かく講義したような記憶がある。
驚いたり、称賛したり、というような反応がなかったので、いささか腹が立ったが……まさか真剣に話は聞いていたのか?
そうでないと、こんな対策は思いつかない。
あのときはローザに追跡術式を使うなど想定していなかったが、まさかこのようなところで墓穴を掘ってしまうとは……。
「どうした? ローザの居場所はわかったのか?」
「……るさい」
「はぁ? 何を言っている? 居場所はわかったのか?」
「うるさいな! 黙っていろよ! ド素人が!」
私が必死に明晰な頭脳を回転させているというのに、無能な外野がやかましいったらありゃしない。
どうせ、この高度な頭脳戦が理解できないんだから静かにするくらいしてくれ。
とにかく私の追跡術式は完全に破られた。
そこは認めよう。
クールにいこうじゃないか。
でないと、この絶望的な状況は打破できないのだから。
「おい! 貴様、自分の立場がわかっているのか? まさか術式の発動を失敗したんじゃなかろうな?」
「失敗だとぉ!? この私が! 失敗などするわけがなかろう! 見事に! 天才的な発想で! 破られたんだよ! 追跡術式が通用しなかっただけだ! これは断じて失敗ではない!」
「いや、大声張っているところ悪いが、結果的に同じだろ」
結果が同じ?
やっぱり頭の悪い阿呆どもと会話をするのは疲れるな。
本当に話にならない。
何も考えていないのが丸わかりの言葉選び。反吐が出る。
「同じなはずがあるか。追跡術式が失敗したのなら、やり直せば済む話。だが、今この術式は通用しないということがわかった。……つまり、ローザを追う手段は完全に潰えたのだ。さすがに、ここまで言えば状況は把握できるだろ?」
「話をまとめると……詰んだ、と言いたいのか?」
「愚か者だな。不測の事態が発生して、即座に詰んだなどと言えるなんて。普通ならば、二の矢、三の矢を放てるように模索するだろう」
用意していた作戦が通用しなかっただけで、絶望するなど理解に苦しむ。
なぜ、人類は他の動物を差し置いて、ここまで発達したのか。
それはどうにもならない状況を、頭を使って打破したからだ。
目の前に乗り越えられない壁がある。
これはチャンスなのだ。
成長するための絶好の機会なのである。
「では、二の矢、三の矢を撃つことができるのだな?」
「さぁ? それはわからん。なんせ、想定外の事態だ。そして、相手は紛れもなく天才ときている。この私がいかに明晰な頭脳を持っていたとしても、簡単に対抗策を思いつくと楽観視はできんよ」
「貴様、ふざけているのか?」
話が噛み合わなくてイライラする。
ふざけているのは、お前だよ、お前。
本当にこんな阿呆を私の監視役につけるとは、エルムハルト殿下もどうかしている。
こういうときこそ、冷静に頭を働かせなくてはならないのに、急かす馬鹿がどこにいる?
「だが、面白い」
「はぁ?」
「まさかこんな日が来るとは思ってもみなかった。この私の頭脳をフル回転させても解決できるかどうかわからない問題と対峙できるなんて……」
このとき、私は確かに興奮していた。
そして震えるほどが全身を駆け巡っていた。
食欲、性欲、睡眠欲などの下等な欲望とは違う、ただ知的好奇心を満たしたい。
私のような明晰な頭脳を持つ人間のみに許された、高度な欲望。
今、それが満たされようとしている。
考えろ! 考えろ! 考えるのだ!
そして、私は成長する! さらなる高みへ!!
ローザ・クロスティを超えるんだ!
私ならできる! この状況を打破する方法は間違いなくあるのだから!
「見つけた! 見つけたぞ! これだ!」
「……新しい方法が見つかったのか?」
「ローザの使用人に魔力を持つ者がいた。執事だ! 執事の魔力の痕跡を追えば良い!」
「なんだ、大きな声を出すから大層な方法だと思ったが、そんなやり方か……」
「ぬぐっ……」
監視役でなかったらこいつを炎の術式で丸焦げにしてやりたい。
このスピードで最も簡単な方法を思いついたというのは、私の明晰な頭脳が成せる業だというのに。
ローザのやつ、抜かったな。
執事を追跡するとは考えてもみなかったのだろう。
私はさっそく執事の魔力の痕跡を見つけるために追跡術式を再び使用する。
「んっ? な、なにぃ!! 執事の魔力の痕跡もデルタオニア王国全土にばら撒かれている、だと?」
「なんだ、ダメだったのか? 追跡術式などというものは存外使えぬな」
違う! 追跡術式は画期的な魔法だ。
アルトメイン王国で毎年開催されている『マジック・オブ・ザ・イヤー』で今年の大賞候補としてノミネート中なんだぞ。
あの執事、昼行灯のように見えたがそこそこの実力者だったか……。
ローザに同じように対策しろと言われて、簡単にできるものではない。
想定外に次ぐ想定外……どこまでも上手くいかないものだ。
「おい、どうするんだ。このままだと我々もエルムハルト様から制裁を受けるんだぞ」
「辺境だ。辺境の別荘を調べる。そこに何かヒントがあるかもしれん」
「……それくらい我々でも思いつく。はぁ……貴様が追跡術式とやらを使うというからそれをアテにしたというのに。それなら尾行をつけたほうが幾分かマシだった」
結果論をネチネチとうるさい。
普通に考えたら、アルトメイン王国に帰国しようとするはずなんだ。
そうなると、辺境の別荘付近にいる知り合いか何かを頼る可能性が高い。
自力で関所を越えるのはほぼ不可能だからな。
まだ間に合う。頭脳戦はこれからだ。
私は決して負けない。
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