魔術師の追跡(イカロス視点)
『イカロスくん、王都外れの宿場町にある騎士団の屯所を爆破してもらえるかい?』
デルタオニア王国第一王子エルムハルトの理不尽な要求に私は耳を疑った。
そのような真似をすれば、私は間違いなく大罪人だ。
王子に命令されたと言い訳しても、誰も信じてはくれないだろう。
だが、私は逆らうことができなかった。
『今、イカロスくんの耳の中に入れたのは寄生虫だよ。一週間以内に、この薬を飲んで虫を殺さないと君の脳は虫に侵食されて死んでしまう。やれるよね? 俺はイカロスくんを信じている。君はやればできる子だ』
悪魔だ、この男は。
もしも国王などになれば、その底なしの悪意によって国は崩壊するだろう。
ちくしょう。こんなやつの言いなりになるなんて、屈辱的でしかない。
私はエリートだ。
低俗で低能な凡夫共とは違い、輝かしい未来が約束されていたはずだ。
なぜ、こんなことになったのか。
どうして、私が酷い目に遭わなくてはならんのか――。
『ぜーんぶ、ローザくんが悪いよね。クロスティ家の娘だかなんだか知らないけど……君の輝かしい経歴に傷をつけた上に、こんな面倒事に巻き込んでさ。……イカロスくんがもしもローザくんを捕まえるのに一役買ってくれたら、君だけは助けてあげる。もっと地獄のように苦しい仕事はバルバトスくんにさせることにするよ』
この私の明晰な頭脳が教えている。
甘い言葉を信じるな、と。
だが、しかし……私は縋りたくなっていた。
どうせ何もしなかったら、座して死ぬだけ。
エルムハルトという男は、平気で私を殺すだろう。
従順なフリをすれば、生き残るチャンスがあるかもしれない。
それに……確かに一理ある。
ローザ・クロスティ。あの女がこの私の人生を狂わせたという事実についてだ。
辺境の田舎で、のほほんと生活していた彼女を見て、イライラした。
恥を忍んで、復縁を申し出たというのに、それを真っ向から否定する傲慢さには怒りを覚えた。
すべてローザが悪い。私を追い込んだのは、あの女だ。
「良いだろう。この私の魔法理論のすべてを使って、あの女に目にもの見せてやる」
まずは手始めに、あの屯所を爆破すれば良いのだな。
魔力を札に蓄積して、魔法陣を出現させる。
そして爆破魔法の術式を発動するための詠唱。
詠唱は私の独自の理論により、通常なら五分程かかるところをたったの一分まで短縮した。
「起爆!!」
その瞬間、激しい音とともに屯所の二階が大爆発する。
狙いどおりローザたちが逃げ出そうとする瞬間に術式を起動できた。
「急ぎなさい! 早く!」
「あ、あれは……イカロス様?」
「あれはアルトメイン王国の子爵令息イカロスか! やはりクロスティ家と組んで我が国で悪巧みをしていたか!」
そしてエルムハルトの計画どおり私とローザたちは共犯関係だと周知することにも成功する。
まったくもって、最悪の頭脳の持ち主だよ。あの男は……。
ローザがクーデターを画策しているというような無茶苦茶なデマをこうも鮮やかに、真実味が帯びたように見せかけるとは。
「さて、私も身を隠さないと危ないな。しくじると、寄生虫によって脳が侵食されてしまう」
これじゃあ、まるで首元に鎖を付けられた獣だよ。
今の私は自尊心も何もかもが壊れてしまう寸前だ。
だからこそ、せめて取り戻したい。失った人間らしい生活を。
ローザよ。私はあなたを踏み台にする。
せめて後悔してくれ。
私との婚約を台無しにしたことを反省してくれ。
命乞いする彼女を見ることができれば、少しは私の気分も良くなるかもしれない。
「……さすがに逃げ足が早い。だが、とりあえず約束は果たしたぞ。さっさと薬を寄越せ」
私はエルムハルトの配下の一人に声をかける。
無事にここから逃がしてもらえるかどうかは置いておいて、この気味の悪い寄生虫だけは除去しなくてはならない。
「もちろん渡してもらえるさ。エルムハルト様の指令書をすべて遂行したらな」
「なんだと!? 約束が違うではないか!」
「貴様がどんな約束をしたのかは知らん。我らはローザを捕獲する任務を仰せつかったのみ。それを達成しない限りは、我らは助からんのだ」
「ま、まさか。お前たちも……」
完全にどうかしている。
私の監視役とばかり思っていたエルムハルトの配下たちもまた、同じ寄生虫に身体を蝕まれているようだ。
想像を遥かに超える邪悪。
絶対に関わってはならない種類の人間だ。
「良いだろう。さっさと終わらせる」
「イカロス殿は魔法知識が豊富だと聞いている。ローザの逃亡先を追跡する手段も持ち合わせているのだろ?」
「……もちろんだ。あの女の魔力は無駄に大きいからね。見つけることは容易なのだよ」
秀でた才能というものはときに弱点となる。
ローザの場合、類稀なる強大な魔力を持って生まれたことが今回は仇となった。
あれだけの力の持ち主。たとえ大陸の端っこだろうと見つけられる。
「追跡術式の準備を開始する」
ローザ、私は少しだけ楽しくなっているよ。
この魔法の知識で、あなたを追い詰めることができるのだから。
恨むなら、クロスティ家に生まれたことを恨んでくれ。
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