(2)
「やっぱり馬車は見張られているわ」
「馬車を捨てるのは致し方ないですね。顔を隠しつつ徒歩でできるだけ早く戻りましょう」
宿泊施設付近に停めていた馬車の周りにはすでに騎士が数名見張りとして立っていた。
馬車を奪還するのは難しくないが、騒ぎを起こして逃走するのはリスクが高い。
スピードも遅い馬車をそこまでして奪い返すのは得策ではないだろう。
「しかし、まさか行方不明とされていたイカロス様が我々を助けるとは驚きましたね」
「行方不明でも何でもなかったってことっすか?」
「どうなんだろう? わざわざ身を隠す理由もないだろうし。狙ったように私たちを助けたことが引っかかるわ」
イカロス様があのタイミングで現れたのは、ほぼ間違いなく偶然ではないだろう。
考えてみると、橋の修繕から何かおかしな雰囲気があった。
あれは宿場町へと誘導するためとも取れる。
「誰かが私たちを罠に嵌めようとしているのかもしれない……」
「誰かってイカロス様がってことっすか? お嬢様が復縁要求を断ったから」
「うーん。もしそうなら、騎士団の屯所を爆破するなんてしないと思うわ。ご自分の立場も危うくなるわけだし」
「つまり、誰かがローザお嬢様の立場を危うくするために、イカロス様に命じてあのような真似をさせたとお考えなのですね」
そうとしか考えられない。
私がクーデターの首謀者などというあからさまなでっち上げ。
しかも、イカロス様やバルバトス様もその計画に巻き込んでいるというデマまで吹聴している。
あのとき絶妙なタイミングでイカロス様が現れたのは、何者かの作為によることは明白。
目的は騎士団に私を捕縛する理由の裏付けをするため。
その何者かは、自身が危うくなるようなデマを流す愚を犯すはずがない。
つまり、イカロス様なはずがなく……彼を何らかの方法で意のままに操っている人物。
心当たりは一人しかいない。
しかし、あの方の性格的にこのような陰湿な真似は――。
「ブルーノ殿下……ローザお嬢様は彼をお疑いなのではないですか?」
「はっきり言いたくないけどね。私やイカロス様と因縁がある人って、殿下しか考えられないから」
殿下の復縁の申し出を断ったとき、イカロス様もバルバトス様も彼を煽るようなことを口にした。
プライドを傷つけられた殿下が私をだけじゃなくて彼らも恨んでいたとしたら……。
こういう方法で、私たちに復讐をしようと考えるかもしれない。
「でも、何というか私が知っている殿下はこういった策を弄するのは好まないような気がするのよね」
「まぁ人間性っていうのは些細なきっかけで変わるものですし。それに……」
「それに?」
「こういうやり方には覚えがあります。……ブルーノ殿下が彼と接触したのなら、事態はさらに良くない方向に進んでしまうかもしれません」
どうやらグレンは何か心当たりがあるようね。
ブルーノ殿下に協力者がいて、その協力者について思うところがあるみたい。
陰湿で、何より争いの火種になり得るやり方。
私は彼の次の言葉を待った。
「第一王子エルムハルト・デルタオニア。俺の知る中で最も狡猾な男です」
「第一王子エルムハルト……」
さっき話を聞いた王権を放棄させられたというあの王子か……。
グレンはエルムハルトの悪行を暴いたと言っていた。
だからこそ、彼の手段を知り尽くしているというわけね。
「ブルーノ殿下が復讐の協力をエルムハルト殿下に求めたとしたら、納得できる部分が多いのです。特にイカロス様を使ってお嬢様を追い詰めるやり方。彼らしい狡猾さが見えます」
「外堀から埋めていくタイプというわけね。まったく、社交界の貴婦人のイジメじゃないんだから」
あくまでもグレンの憶測。
しかし、辻褄は合っているような気がする。
ブルーノ殿下は何とか私に対して復讐をと考えた。
しかし、その方法が自分では上手く思いつかなかった。
そこで、争いの火種を作ることが大好きな兄に頼ろうと考えた。
「帰国できるんすかね。第一王子と第二王子が手を組んでいる中、逃げ切れる気がしないんすけど」
「誰かローザお嬢様の味方になってくれそうな人がいれば良いのですが」
「国王陛下なら二人を抑止するくらい……いえ、王宮の方に逃げるのは悪手よね」
最初に思い浮かんだのは国王陛下に直談判するという方法。
陛下は私を買ってくださっている。それにグレンのことも信頼している。
助けを求めたら、きっと何かしらの手段を講じてくれるはず。
でも、王宮に向かうには王都を抜けなくてはならない。
ブルーノ殿下とエルムハルト殿下の仕業だとするならば、当然私が陛下のもとに向かうという選択肢は想定しているだろう。
辿り着くまでに見つかる可能性が極めて高い。
「あっ! 辺境伯様に匿ってもらうのはどうっすか? お嬢様に精霊樹を守ってもらった恩がありますし」
「辺境伯様か。なるほど……」
レズリーの提案に私は頷く。
辺境伯家に向かうのは現状で最善の行動かもしれない。
辺境伯様は話のわかる方だし、私のことも信用してくれそうだ。
それに精霊樹の件は他言しないようにお願いしたから、私と辺境伯様の繋がりを知る人はいないはず。
上手くいけば騎士団の追っ手を避けられる。
「トラブルに巻き込むのは気が進まないけど、行ってみる価値はあるわね。協力は無理強いしない方向で……」
アルトメイン王国に戻るにも関所を越えなくてはならないし、簡単にはいかない。
問題は辺境伯様のところに辿り着くまで、見つからずに行けるかどうか。
とにかく急ごう。馬よりも速く、駆け抜けるんだ。
「やれやれお嬢様を走らせる羽目になるとは、執事として情けないです」
「あら、昔はよくお父様に走らされていたじゃない。国内を一周したことだってあるわ」
「ローザお嬢様、あたしも体力には自信があるっすよ」
というわけで、私たちは辺境まで走り抜けることになった。
尾行にだけは細心の注意を払って、誰にも見つからずに辺境伯様のもとを目指すために……。
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