嵐の予感(1)
「実は少し前からアルトメイン王国の侯爵家と子爵家からデルタオニア王国に捜索の要請が届いておりまして。お二人のこの国での目的がローザ様との面会となっておりましたから、あなたにお話をと」
騎士団の屯所に連れて行かれた私は、事情を聞いて驚いた。
まさかそんな大変な事態になっていたなんて、思いもよらなかった。
イカロス様もバルバトス様もちゃんと従者を引き連れていたし、行方不明って何があったのか想像もつかない。
「お話と言われましても、イカロス様もブルーノ様も屋敷から帰られたあとどうなったのかは……。そもそも王都に滞在していたことすら知らなかったので」
とはいえ、捜索の手助けになるような情報は何も持ち合わせていないのよね。
行方不明になった理由も場所もまったく心当たりがない。
野盗に襲われても軽くあしらうだろうし、やっぱり大きな事故に巻き込まれたとしか思えない……。
「本当にわかりませんか? ローザ様、隠すとあなたにとっても良くない結果になりますよ」
「えっ?」
「なんですか? その態度は。口の利き方に気を付けてください。ローザお嬢様に対して失礼です」
ドスの効いた低い声で凄まれて、戸惑っていたらグレンが静かに注意する。
捜索が上手くいかなくて苛立っているのかもしれないけど、言い方は確かにかなり乱暴ね……。
こういうときこそ、感情的になってはならない。
怒ると話がもっとややこしくなりそうだ。
「あの、お話できることはすべて話しました。隠していることなど、一つもございません」
「なるほど。あくまでも惚けるつもりなんですね。……こちらはすでにネタを押さえているんですよ。あなたがこの国でクーデターを起こさんとしている組織と繋がっていることを」
「クーデターですって!?」
何をいきなり言い出したかと思えば、クーデター?
話が飛びすぎて、追いつけない。
どうして、こんな話になっているの?
行方不明になったバルバトス様とイカロス様が、私が関わっていたという話をどうやって捻じ曲げればそんな――。
私は段々と空恐ろしくなってきた。
見えない悪意がどこかにあって、それがゆっくりと近付いてくるような……そんな予感がしたのである。
「あんた! 何言ってるんすか! ローザお嬢様がそんなことするはずないでしょ!」
「レズリー、落ち着きなさい」
レズリーが目の前の騎士に飛びかかろうとしたので、私は急いでそれを制止する。
ここで事を荒立てると、さらに状況は良くない方向に動くと思ったからだ。
「クーデターとは穏やかではありませんね。私としては痛くもない腹を探られた上に、あらぬ疑いをかけられ甚だしく遺憾です。なにを根拠にしてそのような話をされているのか、教えていただきたいのですが」
努めて冷静に、心を落ち着かせて私は現状把握を優先させる。
誰が、何を目的にして、このような疑いを私にかけようとしたのか。
そして、それがバルバトス様やイカロス様の行方不明とどう結びつけているのか。
このあたりを知ることで解決の糸口を探ろうと考えたのである。
「情報の入手先は機密ゆえ、教えられません。確かな信頼できる筋からの情報です。クロスティ家が先導しているクーデター計画。……バルバトス殿とイカロス殿は、傘下に加えて尖兵隊として利用しようとしているというのが我々の結論です」
最初から最後まで意味がわからないわね。
クロスティ家って、両親まで関わっていると疑っているの?
バルバトス様とイカロス様を手駒にしようとしているなんて、どうしてそんなデマが……。
「とにかく詳しく調査しますので、拘束させていただきます」
「待ってください。そんな薄い根拠で拘束なんて……」
「お嬢様、ここは引いた方が良さそうです」
まさかの発言に呆気に取られていたが、グレンが私の手を引いてくれたのでハッとした。
逃げなきゃ。
もう居心地とか、そんなことを言っている場合じゃない。
一刻も早く、アルトメイン王国に戻らなきゃ……とんでもないことになる。
「逃がすか!」
「観念しなさい! あなたたちは包囲されています!」
当然、出口には何人も騎士たちが通せんぼするように控えていて、私たちを拘束しようと武器を構えていた。
グレンとレズリーは私を守るようにして、前に出る。
「グレン! レズリー! 怪我させてはダメよ」
「ふぅ、逃げている時点で同じだと思いますが」
「結構な無茶言うっすね。努力しますけど」
怪我をさせたという事実まで作ると、クーデターの疑いが強まる。
今さら、何を言っているんだと思われるかもしれないが、ここは徹底しておきたい。
クロスティ家への疑い?
どうやって晴らせばいい?
いや、まずは余計なことを考えずに早くここから逃げ出さなくては――。
「ぐあっ!」
「ぐっ!」
「ぎゃあっ!」
レズリーもグレンも上手く相手の懐に潜り込み、武器を躱して体術で投げ飛ばしたり、転がしたりして、道を開く。
「もっと人数を固めろ! こちらの方が圧倒的に多いのだ! 数で押し切れ! 抵抗するなら殺しても構わん!」
屯所リーダー格の騎士がとんでもない指示を出す。
いつの間にか逃亡している犯罪者という扱いに変わったらしい。
騎士たちの目つきが変わった。
もう、怪我をさせないというのは難しいのか。でも、それでも――。
ズドン!
そのとき、凄まじい爆発音が屯所で響き渡る。
そして、建物の二階がガラガラと崩れ落ちてきた。
これは魔力の波動。今のは間違いなく魔法による爆発。
参ったわね。騎士団の中に魔法を使える者がいたらかなり厄介だ。
「なんだ! 今の爆発は!?」
「急ぎなさい! 早く!」
「あ、あれは……イカロス様?」
な、なぜここにイカロス様がいるの?
私たちを助けてくれた?
しかし、安堵とは裏腹に猛烈な嫌な予感がする。
「あれはアルトメイン王国の子爵令息イカロスか! やはりクロスティ家と組んで我が国で悪巧みをしていたか!」
やっぱり、こういう反応になったか。
イカロス様が屯所を爆破などすれば、騎士たちが私たちに向けた疑いが確信に変わるに決まっている。
「ローザお嬢様、いかがいたします?」
「この場に留まる理由はない。離れましょう」
いつの間にかイカロス様の姿は見えなくなっていた。
このタイミング。作為的なものを感じるわ……。
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