肥大する悪意(ブルーノ視点)
「へぇ、バルバトスくんとイカロスくんと言うのか。君たちが俺の可愛い弟と元婚約者を取り合ったのかい?」
「「…………」」
まったく兄上の頭はイカれている。
俺以外のローザの元婚約者二人が王都に来ており、どこに滞在しているのかまで把握していた。
これじゃ、まるで俺が兄上のところにやって来ることも含めて計算だったみたいじゃないか。
「話してくれないと困るじゃないか。力尽くでここまで来てもらったのは謝るからさ」
ヘラヘラと人畜無害そうな笑みを浮かべながら、エルムハルトは二人の顔を覗き込む。
バルバトスもイカロスも唇を噛み締めて悔しそうな顔をしていた。
「どういうつもりですか? ブルーノ殿下はともかく、エルムハルト殿下……あなたが僕たちを攫って何の意味があるのですか?」
「バルバトスくんは騎士団所属なんだってね。アルトメイン王国の騎士団は大丈夫なのかな?」
「ぐはっ!」
エルムハルトは無造作にバルバトスの顔面を殴った。
白い手袋が流血で赤く染まる。
人を殴り慣れているところを見ると、この男が王子という立場の裏で何をしてきたのか察せられるな……。
「質問しているのは俺なんだよ。君たちは無駄口を叩かず、俺の質問に答えてくれ」
「……ローザに復縁を申し出た話なら、そうだ」
「イカロスくん、君もそうかい?」
「ええ、そうです。くっ……」
一応、こいつらは貴族としてそれなりの地位にいる。
こんな扱いを受けたのは初めてだろう。
最初は屈辱に顔を歪めていたが、今は恐怖に支配されたような表情をしている。
「で、君たちは揃って振られちゃったらしいけど……そのとき俺の可愛い弟に暴言を吐いたんだって?」
「暴言? そんな事実は……ぐはっ!」
「ごほっ! なぜ、私まで……ごふっ!」
「連帯責任だよ。……嘘は良くないな。弟が嘘つくはずないんだからね」
こいつはこのようなことをしれっとした顔で述べているが、俺に対して愛情など微塵も持ち合わせていない。
だが、こうやって接することで大義名分を作っているのだ。
これは弟のための暴力だと。
バルバトスもイカロスも、俺が兄上に泣きついたから今の状況に置かれていると思うだろう。
今、殴られた痛みは俺のせい……そう思っているに違いない。
悪党が! つくづく悪党だよ兄上は……!!
反吐が出るようなやり取りを目の当たりにしているが、俺はもう引き返せない。
こうして見ていることしかできない。
「これは国際問題だよ。バルバトスくんもイカロスくんも、アルトメイン王国の貴族という立場で……我がデルタオニア王国の象徴とも呼べるブルーノ王子を侮辱したんだからね」
「何を大げさな! 僕たちは同じ女性に復縁を要求しただけだ! 多少言葉遣いが悪くなったのは事実かもしれませんが、それを国際問題として扱うのはあまりにも短絡的すぎます!」
「バルバトスくん、流石だね。騎士だから少し俺が痛めつけたくらいじゃ意見を翻さないか。じゃ、イカロスくん。君にペナルティを与える」
「はぁ? 私は――がふっ! ごふっ! げはっ!」
ついに兄上は反抗的な態度を取るバルバトスは無視して、イカロスだけを一方的に殴りつけるようになった。
隣国で名を馳せているバルバトスは屈強な騎士だ。
捕まえるときも抵抗されて兄上の兵隊が何人も犠牲になった。
ちょっとした暴力で屈服するような男ではない。
だが、イカロス。この男は違うだろう。
優れた魔法の知識があるらしいが、今は魔力を封じる手枷が付けられている。
こうなったら、非力な人間でしかない。きっともうじき――。
「や、やめてください。はぁ、はぁ……な、殴らないで。な、何でも言うことを聞くので……」
「ふーん。何でも? 何でもって言ったね、今……」
「ぐはっ! な、なぜ……」
「何でもという約束は守ってもらうよ。じゃないとまた痛い目に遭わせるから」
あっさりとイカロスはエルムハルトに屈服する。
こいつは如何にも苦労知らずのボンボンという感じだし、人から殴られたこともないのだろう。
「……俺はね。君らにも怒っているけど、一番気に食わないのはローザくんなんだよね。そもそもの原因はあの女が君らとの婚約を失敗したせいじゃないか。イカロスくんもそう思うだろ?」
「えっ? いや、私は……そ、そうですね。確かにローザが悪いです」
「うんうん。だからね、この国際問題の責任はクロスティ家に取ってもらって終わりにしたいんだ。……で、イカロスくんにはその手伝いをしてもらいたい」
そのとき、エルムハルトの目つきが変わる。
悪意に満ちた、闇を孕んだような……国民たちにひた隠しにしてきた残酷な表情が顔を出す。
とっくに本性を出したものかと思っていたが、さっきまでとはまた別人だな。
俺は自分の才能がこの男に劣っていると思ったことは一度もないが、今初めて感じる。
こいつは敵に回してはならない。
この男を王にしてはならない。
ローザ・クロスティ、お前が悪いのだ。
あのとき、素直に俺との復縁を受け入れていれば……と後悔させてやる。
それを見届けた後、この男もどこかで処分せねばならんだろう。
エルムハルト・デルタオニアは危険すぎる。
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