(4)
「もう実家に戻った方が良いかもしれないわね」
グレンの話を聞いた私は、一つの結論を出そうとしていた。
一応、今この馬車は辺境の別荘を目指している。
しかし、状況が状況だ。
ブルーノ殿下と揉めて、国王陛下との関係性もあやふやで、このままこの国に留まると厄介なことが起きそうな気がする。
「ローザお嬢様、俺のせいでせっかくの旅行が台無しになるのは……」
「あなたのせいじゃないわよ。そもそも私がブルーノ殿下を怒らせてしまったときから、少し考えていたのよね。ちょっと後ろ指をさされるくらい我慢してでも、あなたたちを危険に巻き込むのは避けなくてはならないって」
この国では私は他所者。
顔を知られていないから気楽だったんだけど、そうも言っていられなくなってきた。
少なくともアルトメイン王国に戻れば、身の安全はほとんど保証される。
父も母も、きっとグレンやレズリーを守ってくれる。
それならば、ここで意地を張らないで帰るという選択肢があっても良いのではないか。
そう考えたのである……。
「あたしは反対っすね」
「レズリー?」
「なんで何にも悪くないお嬢様がこんなことで右往左往しなくちゃならないんすか。ブルーノ殿下にしても、勝手に勘違いして押しかけてきたのを追い払っただけっすよ? 陛下の話は別に関係ないですし」
レズリーは頬を膨らませてこちらを見る。
悪いとか、悪くないとか、そういう問題で人間関係が丸く解決すれば良いんだけど、そうはいかないのよね。
自由気ままにこの国に滞在するには、それなりの覚悟がいる。
いつ、危険が迫ってくるのかわからない中で生活する覚悟が。
「お嬢様の意見は大体わかりました。ですが、俺もクロスティ家の使用人として……このままお嬢様が実家に戻るようなことがあっては、プライドが傷付きます。俺は何があってもあなたをお守りできるよう努力しましたから」
「何があっても、ねぇ。グレン、あなたのプライドとやらで私を危険に晒すつもりなの?」
「いいえ、どんなとき……どんな場所でも俺の側が一番安全だと言っているだけですよ」
すごい自信ね。
前からこんなことを言う人ではなかった。
努力が足りないと懸命に父や母に教えを請うていたのは知っている。
留学から戻ってきたとき、背が伸びたこと以外にどこか印象が変わったと思っていたけど……。
自信を口にできるくらい頑張ってきた。
それが雰囲気に現れていたということなのか。
「グレン先輩、それってローザお嬢様への告白っすか?」
「……レズリー、あなたね。嬉しそうにグレンをからかわないであげて。多分、格好つけすぎたって後悔しているんだから」
確かに告白みたいなことを言ったなと思ってしまった。
もうちょっと言葉遣いは考えないとね。
王子様ではなくて、執事として私に仕える方を選んだからには、しっかりしてほしい。
「告白と聞かれれば否定はしない。俺はローザお嬢様に確かな気持ちを伝えたからな」
「あなたの覚悟と自信を教えてくれたというわけね。……言っておくけど私だって誰かに守ってもらわなくてはならないほど弱くないのよ。あくまであなたたちの心配をして、帰国しようと提案したのだから」
私もまたグレンにも劣らない努力をしたと自負している。
クロスティ家の英雄と魔女のサラブレッドとして期待に応えようと懸命になって、毎日を過ごしていた。
どんな困難がきても跳ね返す自信はある。
「……噂が消えるまでまだ時間がかかりそうよね。せっかくだし、もうしばらく辺境でのんびりしましょうか」
「それでこそお嬢様っす」
「ローザお嬢様の執事として、身の回りの安全は保証します」
ここまで二人に言わせたのだから、その気持ちを汲んであげられないというのは如何にも私が狭量ではないか。
グレン、レズリー、ありがとう。
私もまた覚悟するわ。
あなたたちの身の安全だけは、私が何よりも優先して保証する。
クロスティ家の使用人としてのプライドというならば、私にだって両親の血を受け継いだというプライドがあるのだから。
◆
「通行止め?」
王都から辺境の別荘への帰路の半ば。
馬車が小川を越えようと橋を渡ろうとすると、体格の良い赤いターバンをした男性が通せんぼした。
彼らが言うには、橋の修理中につき通行止めにしているとのことだ。
「何日くらいかかるのですか?」
「大してかかりませんよ。明日の夕方には終わらせる見込みです。申し訳ございませんね。貴族の方だとお見受けいたしますが、だからこそ何か事故に巻き込まれてしまえば、私らの責任問題になっちまうものですから」
この橋の修理の責任者という赤いターバンを身に着けた彼は、申し訳なさそうな顔をして事情を説明する。
そういう事情ならば仕方ないわね。
急ぎで戻らなくてはならない理由も特にない。
明日の夕方までならば、どこか近くで宿を探して出直せばよい。
「この近くで宿泊できるところはありますか?」
「ええ、ここからちょいと西に行ったところに宿場町があるんで、そこで時間を潰してくれると助かります。紙とペンがあるなら地図くらい描きますが」
「お願いします」
宿場町があるのなら良かった。
仕方がないから今日はそちらに泊まろう。
親切にもターバンの男性が地図を描いてくれたので、私たちは簡単に宿場町に辿り着くことができた。
今日は色んな情報で頭がごちゃごちゃになってしまったし、ゆっくりと睡眠を取ってスッキリしよう。
グレンに宿の手配を済ませてもらった私は、宿泊施設へと向かおうとする。
すると、背後から数人の騎士が馬を走らせてこちらに近付いてきた。
「お待ちください!」
「私ですか? なんでしょう?」
「ローザ・クロスティ様ですね。……あなたにお話を聞かせていただきたい。行方不明になっている、あなたの元婚約者……バルバトス殿とイカロス殿について」
「はぁ?」
バルバトス様とイカロス様が行方不明?
それってどういうこと?
しかも、何でそんなことをデルタオニア王国の騎士たちが知っているのだろうか。
とにかく、事情を聞いてみよう。
私たちは騎士たちに連れられて、屯所らしい場所へと足を踏み入れた。
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