(2)
「グレン!」
私は謁見の間を出ると、扉の近くで控えていた彼に声をかける。
グレンがデルタオニア国王の息子?
物心ついた時から側にいた彼が、実は王子だった?
国王陛下の話を聞いて、受け答えして、理解はある程度したつもりになっていたのだけど、彼の顔を見ると……やっぱり現実離れしている。
そう感じてならなかった。
「お嬢様、どうしたんですか? 血相を変えて。陛下に何か叱責されたのですか?」
何食わぬ顔をして、私を気にかけるような言葉を彼はかけた。
優しくて、頼りがいのある力強い言葉を。
思えば、どんなに腹を立てても、どんなに悲しくても、グレンが私に寄り添ってくれるから、私は前をずっと向いていられたような気がする。
でも、やっぱりごめん。
どんなに感謝していても、あなたが隠し事をしていたことに、私はかなり怒っている。
こうして、いつもどおりの態度を取っているのも……ちょっと嫌だ。
「レズリー、悪いけど先に馬車に戻ってもらえる? グレン、あなたはちょっとこっちに来なさい」
「あー、了解っす」
「……承知いたしました」
レズリーは短く返事をして、先に馬車へと向かい歩き出し……グレンは私のあとをついてきた。
さすがに私の態度が違うと何かを察したのだろう。
彼の顔つきが少し曇ったように見えた。
王宮を出て、人気のない路地裏へと彼を連れていく。
そして、あたりの気配に一通り気を配ると彼は口を開いた。
「その様子ですと、国王陛下から聞かされたみたいですね。俺のこと」
「みたいですね、じゃないわよ。あなた、どうしてそんな大事なこと言わなかったの?」
冷静で淡々とした口調で話すグレンが、どこか呑気そうに見えたので私は語気を強める。
しかし、私の責めるような態度にも、彼は動じずにまっすぐにこちらを見据えた。
「黙っていたのは申し訳ないです。俺にとって、どうでもいい話でしたので。話すとお嬢様、無駄に気遣ってきますよね? 意外と身分とかそういうのを気にする人ですし」
「当たり前でしょ。国王陛下のご子息と聞いて、今までどおりの態度なんて取れるはずないじゃない。……あっ! 敬語を使わなきゃ……」
「やめてくださいよ。国王陛下だって、表向きには何の公表もしていない以上は……俺はただのグレン。クロスティ家の使用人なんですから」
私が敬語と口にすると、グレンは露骨に嫌そうな顔をする。
だって、表向きはどうあれ知ってしまったんだもの。
それを無視するなんてできないでしょう。
「今からあなたをグレン様と呼びます」
「勘弁してください。俺はあなたに忠誠を誓っているんです。様付けなんて、気持ち悪いことしないでください。本当に黙っていて悪かったと反省しますから」
よっぽど嫌だったのか。
さっきまでのスン顔に焦りが見えた。
意外というか、ちょっと驚いたわ。
グレン、どうしてあなたはそんなに……。
「そんなに嫌なんですか? グレン様が」
「……はぁ、嫌ですね。敬語も、様付けも……ローザお嬢様との関係が壊れてしまうのも」
「私との関係……」
グレンは右手で顔を覆い、首を横に振る。
私との関係って、令嬢と執事の関係ってことよね。
それがあなたにとって、そんなに大事なことなの?
「俺は母親が死んでから、ずっと親がいないって思っていたんですよ。そんなとき旦那様に拾われて、良くしてもらって。……それでも俺の心の中はぽっかり穴が空いたままで塞がらなかった」
「…………」
「ですが、ローザお嬢様。あなたがそんな俺を変えてくれました。確かにお嬢様は血統に恵まれている。才能もある。……でも、俺は見てきた。俺よりもずっと幼いあなたが、親の期待に応えようと懸命に努力していたところを」
吐き出すようにして、グレンは一気に心の内を語ると……少し迷ったような顔をする。
彼がいることが私にとっては当たり前だった。
一番古い記憶を辿っても、グレンが側にいたからだ。
だけど、グレンにとってそれは違う。
彼は母親と死別して一人になった。
私の知らない孤独を味わっている……。
「俺はひたむきに頑張っているお嬢様を見て、執事として誇らしい気持ちになったんです。そしていつしか、あなたの執事をしている自分が好きになっていました」
グレンはそう口にすると、手をこちらに差し伸べる。
その表情はどこか涼しげで、その微笑みはどこまでも温かかった。
「ローザお嬢様の俺はあなたの執事として、あなたの幸せを見届けたい」
「グレン……」
「すみません。大事なこと、お嬢様に黙っていました。でも、俺にとって本当にどうでも良かったんです。父親が国王だろうと、平民だろうと、どっちみち俺の進みたい道は決まっていましたから」
これがあなたの本音なのね。
正直言って、ここまで重い感情を持っていたなんて知らなかった。
確かに今にして思うと、幼い子にさせるにはちょっと厳しい訓練を受けさせられていたとは思ったけど……。
それがグレンにそんな影響を与えていたとは思ってもみなかった。
「……国王陛下に王子として王宮に留まってくれと説得するように頼まれたんだけどね」
「お嬢様、俺は――」
「どうやら、私は陛下にあなたを取られたくないみたい。……あなたさえ良ければ、まだ私の側にいてもらえる?」
恥ずかしっ!!
私としたことが、この場の雰囲気に飲まれて何を恥ずかしいセリフを恥ずかしげもなく口にしているんだろう。
こういうとき、動揺したらダメ。
そういう私の揺らぎを察するのが、誰よりも上手いんだから。
「……ありがとうございます。まさかお嬢様がそんな恥ずかしいセリフを恥ずかしげもなく仰ってくれるとは思いませんでした」
「ニヤニヤを止めてもらえる? グレン様って呼ぶわよ」
「それは勘弁してください。謝りますので」
嬉しそうな顔して、グレンは恭しく頭を下げる。
国王陛下には悪いけど、彼の気持ちを聞いたら説得なんてできない。
どうやら、私にとってそれだけ彼は大事な人だったみたい。
「……そういえば、あの別荘って陛下に貰ったの?」
「ええ、俺は断ったんですけど、半ば強引に。陛下が昔、匿ってもらっていたらしいです。表向きはそこの主に仕える執事として」
「別荘貰ったのに、王子として留まるのは断ったんだ……」
「あれは別件です。王宮内のトラブルを解決するのに一役買ったので、その報酬という名目ですね」
そういえば、グレンの才気がどうとか陛下が仰っていたような。
トラブル解決の報酬があの屋敷だと考えると、よっぽど大きな問題を処理したのね。
第一王子として王位継承させたいと陛下が考えるほどの……。
「そろそろ馬車に戻りましょうか?」
「そうね。レズリーも心配しているかもしれないし」
私とグレンは顔を見合わせて頷き合い、馬車へと足を向けた。
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