明かされた真実(1)
「えっ? 今、なんと仰りました?」
私は国王陛下が仰っていることが信じられずに、つい聞き返してしまった。
落ち着きなさい。
きっと、何かの間違いよ。
聞き間違いをしたに決まっている。
「うむ。信じられぬと動揺するのも無理はない。もう一度、はっきり言おう。……クロスティ家の執事に余の息子がいる。名はグレン……あなたの従者だ」
「ぐ、グレンが陛下のご子息様? そ、それはどういうことですか?」
ダメだ。二回聞いても話は同じだ。
はぁ? グレンがデルタオニア王国の国王陛下の息子ですって!?
まったく予想していなかった話すぎて、舌が上手く回らない。
「これは余の犯した過ちが原因だ。……余がまだ第二王子だった頃、この国でクーデターが起きた。余は辺境の町に正体を隠し、潜んで暮らしていたのだが――」
国王陛下はぽつりぽつりと経緯を語りだした。
ショックが大きすぎて頭に話がなかなか入ってこない。
集中しないと。
幼馴染のグレンの、ずっと私の執事として世話を焼いてくれた彼の……大事な話なんだから。
「そこで余はとある平民の娘に恋をした。そのときはクーデター派が優勢で国家が転覆する危機とも言える状況でな。余も王子という身分を捨てる覚悟で、その娘と子を成したのだ」
「しかし、クーデターは……」
「うむ。そのとき武者修行の旅に出ておりデルタオニア王国に滞在していたあなたの父君……ローウェル。余の友人であったあの男が反乱の鎮圧に力を貸してくれてな。クーデター派は完全に制圧された」
確かに父は騎士になる前、大陸中で己の剣の腕を磨いていたと言っていた。
しかし、デルタオニア王国でクーデターの鎮圧の手伝いなどしていたとは、知らなかったわ。
「しかも兄上がクーデター派に殺されてしまっていたせいで、余は王位を継承しなくてはならない立場になった。……平民と恋仲になっていたことを当時の国王。つまり余の父親に告げると、父は激怒し、その娘を捕らえて口封じしようとした」
「な、なぜそのようなことを……?」
「余の父、先代国王は徹底した血統主義でな。王族に平民の血が混ざるのを酷く嫌がった。困った余は、その娘と子を逃がしてほしいとローウェルに頼んだ。彼はそれを快く引き受け、自国へと二人を連れ帰ってくれたのだ」
そういう経緯があったのか。
私の父ローウェルは思った以上に国王陛下の信頼を買っていたのね。
大体、話の流れが察せられた。つまり、その――。
「父が連れて帰ってきた子がグレンというわけですか?」
「そのとおり。残念ながら娘の方は亡命して数年後に流行り病を患い亡くなってしまった。……それを不憫に思ったローウェルは自らの家にグレンを招き、面倒を見ることしたのだそうだ」
「それでグレンが執事見習いとして我が家に来たということですね。身寄りがいないという事情は聞いていたのですが、まさか、そんなことが……」
私が物心ついていたときには、すでにグレンは我が家にいた。
少し歳上のお兄さんという感じで、執事見習いとして私のことをずっと気にかけてくれていたのだ。
デルタオニア王国出身ということは聞いていたが、実は国王の子息などという話はまったく聞いていない。
そういえば、グレンは三年前に故郷にしばらく戻っていたわね。
ということは、彼はこのことを知っていた?
知っていて、私の面倒を――。
「グレンは今の話を知っているのですか?」
「知っておる。……だが、グレン自身にこの話をしたのはつい最近のことだ。ローウェルに出生の話を伝えるべきだと説得されてな。留学という名目でしばらくこの国に滞在させたのだ。王子として、デルタオニア王国で暮してもらおうと考えていたのでな」
三年前のグレンの留学って、そんな経緯だったの?
なるほど。
そのとき、自分の出生の秘密を知ったから、帰ってきてからの態度が少し変だったのね。
でも、ちょっとというか、かなり変だわ。
王子として暮らしてもらおうって、陛下は仰っているけど、グレンは今でも私の従者を務めている。
「あなたの疑問はもっともだ。それなら、なぜグレンは未だにクロスティ家の執事なのだと思っているのだろう?」
「はい。帰ってきた彼からは何も聞いていませんし、実際……王子として生活できるなら、そもそも帰ってこないのでは、と思いましたので」
陛下が出生の話をした上で、平民の血を引くグレンを王子として認めるわけにはいかない。
そういう事情ならば、グレンが私がクロスティ家に残っている意味が理解できる。
でも、国王陛下はグレンに王子の地位を与えるとまで仰ったらしい。
これは一体、どういうことなの?
「グレンが言うには、今さら王子の身分に興味がない。……自分はクロスティ家に忠誠を誓っている、とのことだ」
「そんなことをグレンが……」
確かにグレンは執事として、ずっとクロスティ家に尽くしてくれていた。
留学から帰ってきたあとも、自らの出生の秘密を知っていたはずなのに、変わらない態度で私に接していた。
これは彼の忠誠心ゆえの行動なのかしら……?
「英雄ローウェルという男のカリスマ性は一国の王をも上回る。余も実際にあの男と接して、その力強さと器の大きさは理解しているつもりだ。しかし、どうやらグレンが忠誠を誓っている対象は……その娘の方。ローザ・クロスティ、あなたに対してのようだ」
「わ、私ですか?」
「ローザお嬢様に認められるような男になるまでは、少なくともクロスティ家を離れるつもりはない……そう言葉を残して、グレンはアルトメイン王国へと戻って行ったからな」
私に認められるって、なんで国王陛下にそんな大層なことを言っちゃったのよ。
それじゃ、まるで私が陛下よりも彼にとって優先順位が上みたいじゃない。
グレンの考えていることがわからない。
彼はずっと、そうだ。
いつもスンとしたような顔をして、感情を読ませない。
「陛下はなぜ、この話を私にされたのですか?」
そして気になるのは、今この場にグレンではなくて、私が一人で呼ばれていることだ。
陛下はこの話が本題と仰っていた。
私にグレンの秘密を話した意図は何なのだろうか。
「身勝手かもしれんが、余はグレンをまだ諦めてはおらん。一度、捨てておいて元の鞘に戻したいというのは虫の良い考えなのはわかっているが、あの男の才気に触れて惜しくなった」
「グレンをそれほど買ってくださっているということですね」
確かにグレンは優秀だ。
頭も切れるし、腕も立つ。
魔法学の知識も多少なりともあるので、あまり見たことはないが魔法も使えたはずだ。
国王陛下がグレンを評価してくれているのが、私はちょっと嬉しかった。
「うむ。あなたに頼みたいのは説得。グレンに王子としてこの王宮に留まってくれぬかと説き伏せてほしい。望むなら、新たな第一王子として王位も継がせるつもりであると」
「お、王位をグレンに……? ブルーノ殿下たちを差し置いて」
「それが新たなトラブルの種になることは承知だ。だが、それだけ余はグレンに惚れ込んでいる。かつて、憧れた英雄ローウェルの面影が見えるのでな」
最後に陛下がとんでもないことを口にして、この謁見は終わった。
国王は周囲の反感を買うリスクを承知で、王位を継がせようと考えるほどの覚悟をしている。
グレンが何を思っているのか、わからないが……話さなきゃ、だよね。
でも、どうしてこんなに胸が痛いんだろう。
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