(3)
「寝坊されるとは珍しいですね。お嬢様」
「意識が完全に飛んじゃった。意地になって瞑想していたから」
翌日。
恥ずかしながら私はグレンのノックの音で目を覚ました。
いつの間にか気絶していたらしく、着替えもせずにベッドで座ったままになっていた私。
まったく、これは恥ずかしい。
心を落ち着けるどころか、朝から焦って取り乱してしまった。
「奥さまの言う真理とやらは見えましたか?」
「いいえ、まだまだね」
「なるほど。お嬢様ほどの方でも、なかなかその極致へは至りませんか」
私も長年、魔法の修行を積んだし、瞑想だって何年も続けているけれど、それでもまだまだ全然母には及ばない。
父の剣術よりも遠く感じるほどだ。
でも、昨日は緊張感の中でいつも以上に瞑想に時間を取ったおかげなのか、少しだけ変化があった――。
「いつもよりは何か大事なことが見えかけたような気がするわ」
「へぇ、どんなことですか?」
「この王宮に何人いて、その中で魔法が使える者がどこに何人いるのか、とか」
「……何ですか、それ。怖すぎるんですけど」
自然と一体になること。
それはすなわち、周囲の生命の息吹きを感じること。
正確には人間だけでなく、動物や植物までの居所を把握することができた。
「それでわかったのは、ブルーノ殿下が昨夜は王宮にいなかったということよ」
「そんなことまでわかるんです?」
「再現出来るかわからないけど、昨日の要領でやれば……会ったことがある人だけなら、周りにいるかどうか瞑想すると感知できそうな気がする」
母は瞑想しなくてもそれくらいできたから、私はまだまだ真理に至っていない。
もっとも、魔女と呼ばれるだけあって娘の私にとってもミステリアスなところがあるから、どれほど領域にいるのかすら把握していないが……。
母は予言者めいたこともしばしば行っている。
騎士として現役だったとき、父が戦果をあげたり、怪我をして帰ってきたりすることを見事に言い当てていた。
今にして考えてみると、私が三回とも婚約破棄されることすら見抜いていたかもしれない。
『ローザ、いいこと? 運命は自分で切り開くのよ』
知っていても、教えてくれないのよね。
何故か、母は私の未来だけは何も教えてくれない。
……だから、これからの謁見にも緊張するし、瞑想の時間も長引いた。
今度、実家に帰ったら文句を言ってみよう。
「もうすぐ国王陛下との謁見っすね。あたしたちは一緒に行けないっすけど、お嬢様の応援してるっす!」
「応援は意味がないので、何かあればすぐに動けるようにしております」
レズリーとグレンに見送られる形で、私は監視を担当していた兵士たちの案内のもと謁見の間へと向かった。
「この扉の先が謁見の間です。くれぐれも国王陛下に粗相のございませんように、よろしくお願いいたします」
「ええ、わかっております」
扉の奥にデルタオニア王国の国王陛下がいる。
自国ですら、まだ謁見などしたことがないのに……。
深呼吸して心を落ち着かせる。
無理。それくらいじゃ落ち着かない。
「…………」
背後の兵士の視線が痛いわね。
覚悟を決めなきゃ。
行くわよ。大丈夫。今まで散々厳しい修行にだって耐えてきたじゃない。
無理やり自分を鼓舞させて、私は謁見の間へと足を踏み入れた。
◆
「……ローザ・クロスティ、面を上げよ」
「は、はい!」
ガチガチに緊張しながら跪き、頭を下げていた私は国王陛下に声をかけられ顔を上げる。
玉座に腰かける陛下は武人と見紛うほど体格がよく、瞳は力強い輝きに満ちていた。
威圧感がある。まるでお父様のようだ。
剣の腕には自信があるが、ここから斬りかかれば返り討ちにあってしまうかもしれない。
そもそも剣なんかはとっくに門番に預けているから無理なんだけど……。
っていけない。何を考えているのかしら。
「余を見て、武人としての血が騒いだか? 斬りかからない分、あなたの父親よりは大人しいがな」
「えっ? お、お父様……いえ、父がそんなことをしたのですか?」
信じられないことをする父親だ。
非常識だと思うことは幾度かあれど、まさか一国の王に斬りかかるなどあり得ない。
辺境伯様からは父は国王陛下と懇意にしていたと聞いていたが、本当なのだろうか?
「余の生涯で最も記憶に残る剣戟であった。はは、案ずるな。身分を一介の騎士と偽って、隣国との合同演習に参加したときの話だ。あの頃はまだ王位を継いでおらんかったからな。時にはヤンチャなこともした」
故郷のアルトメイン王国とここデルタオニア王国は友好国同士なので、時々騎士団同士が親睦を深めるために、両国の国境付近で合同演習を行っているのは知っている。
しかし、そこに王子だったとはいえ、陛下が参加していたとは驚きだ。
でも、父と知り合いだという理由には納得いった。
その合同演習で出会ったのか……。
「とまぁ、そんな思い出もあってな。隣国の英雄ローウェルの一人娘。あなたにはいつか会ってみたいと思っておったのだ」
「そうでしたか。私などにお会いしたいなど……身に余る光栄。恐縮の極みです」
父ローウェルの娘である私に会いたい。
それだけが理由なら、ホッとできる。
何やら面倒な事を言われるかもしれないと身構えていたので、体の力がようやく抜けてきた。
「本来なら我が息子、ブルーノとの婚約の際に挨拶すべきだったのはわかっている」
「……っ!? は、はい。私の不徳で殿下との婚約が上手くいかず……破談となってしまいまして。申し訳ございません」
それはそうだ。
いくらなんでも、ブルーノ殿下との婚約破棄に触れないわけがない。
私は再び、深々と頭を下げて陛下に謝罪した。
「ローザよ、頭を上げてくれ。謝罪すべきは余のほうだ。……甘やかして育ててしまったがゆえに、あなたに不愉快な思いをさせてしまった。許せ……」
陛下は謝罪の言葉を口にする。
どういうわけか、国王陛下はブルーノ殿下に婚約破棄された件について怒っているわけではないらしい。
それなら、なぜ私をここに呼び出したのかな?
本当にただ、父ローウェルの娘である私に会いたかっただけ?
「それで、ここからが本題だが――」
そんなことはなかった。
やはり陛下には何か私に用件があったらしい。
「えっ? 今、なんと仰りました?」
私は思わず、自分の耳を疑った。
これは冗談? いや、陛下がそんな冗談をいうはず……。
じゃあ、本当のことなの? それならば、私はずっと――。
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