(2)
「ミランダ殿下、王女とは露知らず。重ねて失礼をいたしました」
「いやいや、名乗らなかった私に非がありますゆえ。ローザさんが謝罪するには及びません。私にはあなたに謝罪すべきことがございますが」
「謝罪すべきこと? 初対面ですし、そのようなことは……」
どうもおかしな話をされる方ね。
ミランダ殿下が私に謝罪……?
まったく心当たりがない。
しかしながら、そこはかとなく嫌な予感はしていた。
「実は実は、ブルーノ兄様にローザさんと婚約するように仕向けたのは私なんですよ」
「へっ? そうなんですか? そんな話は一度も……」
「うんうん。彼は微塵もそう思っていないでしょうねぇ。ですが、噂話が彼に届くように仕向けたのは私です。兄様のような天才がいると。その方は才能を嫉妬され二度婚約破棄されたと」
つまり私の話をブルーノ殿下に届くようにしたのが、ミランダ殿下ということ?
でも、それだけでブルーノ殿下が私と婚約などしないような気がするわ。
「わかります。わかります。それがきっかけで婚約などされないとお考えなのでしょう。でも、実際にブルーノ兄様は行動した。私、あの方の動きだけは手に取るようにわかるのです」
「は、はぁ……ですが一体何が目的でそのようなことをされたのです?」
一番よくわからないポイントはそこだ。
ブルーノ殿下と私を婚約させたい理由が全然わからない。
あまりにも不思議すぎる。
「ええ、ええ。私、ローザさんのファンなんですよ。いえ、クロスティ伯爵家のファンと言いましょうか。英雄と伝説の魔女……そしてその才能を引き継いだ天才令嬢。空想の物語の産物のようだ!」
「そんな! 何をいきなり……」
目を輝かせながら私の手を握り、まっすぐにこちらを見つめてくるミランダ殿下。
ファンなどという聞き慣れない言葉に困惑するも、その表情は真剣そのもの。
さっきまで感情をまったく見せなかったのに、この熱量はなんなのだ。
「失敬、失敬。とにかく、私はあなたとどうにかお近付きになりたかった。そして妹になってしまえば良いと名案を思いついた気になってしまった。……その結果がこの有様。面目ございません」
「名案が怖いんですけど……」
話を聞くとどうやらブルーノ殿下との婚約破棄に関しては、本当にこの方が原因のようだ。
そこに悪意はないものの、狂気じみたものを感じていた。
「では、復縁を求めに殿下がやってきたのも?」
「ええ、ええ。私がけしかけました。さすがに未練はなさそうでしたが、一縷の望みをかけて」
「つまりダメ元ということですか?」
「ふむふむ。そうとも言えますな」
やっぱりそうだったか。
なんというか奔放な方よね。
あのブルーノ殿下を振り回すなんて、かなり怖い人とも言える。
「……ともかく、ともかく。此度はローザさん、あなたに多大なる心労をおかけして申し訳ございません。この借りは必ず返しますゆえ」
「あっ! ミランダ殿下!」
頭を下げたかと思うと、ミランダ殿下は私の横を通り抜けて行ってしまった。
まぁ、原因を作ったのは彼女かもしれないけど、婚約破棄したのはブルーノ殿下だし……。
ミランダ殿下に特に恨みなどという感情はない。
しかし、さすがは王族。
ブルーノ殿下も変わった方だったが、ミランダ殿下もかなりユニークな方だったな……。
◆
「……客室はこちらですので、何かございましたら何なりと申しつけてください」
それからしばらく王宮内を歩いて、客室の前まで案内された私たち。
グレンやレズリーにも一部屋ずつ与えられ、ようやく一息つくことができそうだ。
「お嬢様、それでは私たちはあちらの部屋らしいので、失礼いたします」
「何かあったら、あたしと先輩を呼ぶっすよ」
二人と別れて、私は客室へと入る。
部屋の外には私を監視しているという兵士の気配。
しかも四人ほどいるではないか。
「随分と警戒しているのね。私がクロスティ家の人間だからかしら? まぁいいわ。監視のことは忘れて、休みましょう」
さすがは王宮への客人用の部屋だ。
テーブルや椅子には豪華な細工が施してあり、ベッドも天国へと誘われるのではないかと思うくらいふかふかである。
グレンの別荘も十分に豪華だったが、こちらはまた格別だ。
「さすがに剣の稽古はできないわね。瞑想だけにしておこう」
私はベッドに腰かけて目をつむり、精神を統一する。
全身の魔力を充実させ、心を無にしようと集中した。
――明鏡止水の精神。
邪心を捨て去り、何事にも動じない静の極致。
自然と一体化するようなこの瞬間のみ、私はすべてを忘れ去ることができる。
「…………」
心が豊かになって充実してくる。
すべてを慈しみ、そして私は宇宙を――。
「はっ! いつも瞑想すると意識が飛んでしまいそうになるのよね。あの感じ、ちょっと怖いわ……」
魔女である母イリーナ曰く、瞑想を極めるとこの世の真理とやらが見えてくるらしい。
ほとんどの人間はそこに至る前に気絶するのだそうだ。
私もいつも何かが悟れるような気になった瞬間に、意識がなくなりそうになり、瞑想を中断している。
この向こう側に何があるのか、まだ未熟な私には理解できていない。
「今日は剣の稽古ができない代わりに瞑想をいつもよりも念入りにやってみましょう」
私は再び目を閉じて、自然と一体になるべく心を無にした。
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