デルタオニア王都へ(1)
それから数日の間。
特に何事もなく、私はのんびりとした生活を送っていた。
しかし、レズリーが持ってきた一通の手紙に戦慄することとなる。
「これはデルタオニア王家の紋章……」
「ということは、ブルーノ殿下っすか?」
「ちょっと、待ってね。……そう、わかったわ。国王陛下が王宮へ出向を命じているみたい」
まさか国王陛下が私を呼び出すだなんて。
ブルーノ殿下と婚約したときも、婚約破棄されたときも、関わらなかったから余計に驚いた。
関わりがなかったのは、ブルーノ殿下との婚約期間はとても短かったという側面がある。
順調にいっていれば婚約記念パーティーを開くなどという話もあったので、そのときに挨拶していただろう。
「陛下はブルーノ殿下の件、お怒りなんすかね?」
「わからない。でも、思い当たる節はそれしかないから……」
手紙には出向せよという命令だけで、その理由は書かれていなかった。
だが、状況からしてブルーノ殿下の件とみて間違いないだろう。
「帰国するっすか? あたしは行く必要ないと思いますけど」
「そういうわけにはいかないわよ。私が隣国でトラブルを起こせば、クロスティ家の名前に傷がつく。もう手遅れかもしれないけど、逃げるわけにはいかないわ」
ここでデルタオニア国王の御意に背けば、国際問題に発展する可能性がある。
それだけは避けねばならない。
私一人の問題で片付くなら御の字。
両親やグレンやレズリーには迷惑をかけたくない。
「王都には私だけで行こうと――」
「ローザお嬢様はバカですか? 俺たちが一人で行かせるわけないでしょ」
「デルタオニア王都ってどんなところっすかね。ちょっと楽しみっす」
当たり前というような顔をして、王都への旅支度を始める二人。
父が認めた人間とはいえ、度胸がすごい。
私も覚悟を決めないといけないわね。
当たって砕けてしまってはダメだけど、最悪の状況に陥っても、解決する手段を必ず見つけ出して帰ってくる。
「馬車の準備が完了いたしました」
「ええ、行きましょう」
グレンの声に頷いて、私は馬車に乗り込んだ。
デルタオニア王都ルブゼアラ。
商業が盛んで活気に満ちた町だと聞いている。
馬車に揺られながら、私は辺境の別荘を離れて、王国の中心部にある王都ルブゼアラを目指した。
◆
「王都ルブゼアラ……やっと着いたわね」
「アルトメイン王国の王都よりもにぎやかっすね」
「デルタオニア王国は商業区が特に発展していてね。大陸の中心にあるから、各国から輸入したものが集まってくるの。精霊樹ほどのものはないかもしれないけど、アルトメイン王国じゃなかなか手に入らない珍しいものが売っていると聞くわ」
私はレズリーに説明をする。
ここに来たのは初めてだからあくまでも伝聞だったけど、聞いていた以上の賑わいだ。
「お嬢様、陛下との謁見には間に合いそうですか?」
「明日の昼だから問題ないわ。……とはいえ、こちらに到着したことは伝えなくてはならないから、今から王宮に向かうけどね」
「いきなり捕まるなんてないっすよね?」
「国王陛下が正式に書面を送っているのよ? デルタオニア国王は公明正大な方だと聞いているし、そんな卑怯な手段使わないんじゃないかしら」
レズリーの懸念はあり得ない話ではないが、最初からそのような手段に出るとは状況からして考えにくい。
問答無用で拘束したいならば、国王への謁見を餌に呼び出すよりも有効な方法がいくらでもあるだろう。
国王陛下に話さえ通じれば、なんとかなるはず。
私たちの希望はそこにある。
ブルーノ殿下に関していえば、私の言い方に多少トゲがあったものの、そもそもは殿下の勘違いが原因であることは間違いない。
罰せられるようなことは何一つ行っていないのだ。
「あそこが王宮ですね。ローザお嬢様、準備はよろしいでしょうか?」
「ええ、いつでも行けるわ」
馬車を停めて、私たちは王宮へと足を運んだ。
◆
「……クロスティ家のローザ様? ああ、あのブルーノ殿下と婚約されていた」
デルタオニア国王から王宮への出向をもとめられた書状を門番の方に見せると、彼は私の顔をまじまじと見つめて、納得したように頷いた。
どうやら第二王子の元婚約者の名前ということで、覚えられているみたいね……。
「確かに陛下からの書状ですね。……部屋を用意いたしますので明日の謁見までお休みください。他国の方なので貴族とはいえ監視はつけさせていただきますが、ご了承ください」
監視がつくのは当然だろう。
何かあれば責任問題になるし、客人として迎えるにしても見張りは必要だし……。
「それでは客室まで案内しましょう。どうぞこちらへ」
門番の一人が私たちを王宮内の客室へと案内する。
そういえば、アルトメイン王国の王宮もパーティー会場以外に踏み入れたことなかったな。
王宮の客室に泊まれる機会なんて滅多にないし、それだけは良い経験かもしれない。
なんて、呑気なこと言っていられる状況じゃないんだけど、そう思わないと気を紛らわせられない。
「おやおや、間違っていたらすみません。あなた、ローザ・クロスティさんではありませんか?」
王宮の通路を歩いていると、茶髪の女性にすれ違いざまに話しかけられた。
どこか眠たげな顔をしている彼女は興味深そうにこちらを見ている。
「いかにも、私はローザ・クロスティです。大変失礼ですが、どこかでお会いしたことがございますか?」
こちらの国に知り合いなどほとんどいないはず。
アルトメイン王国のパーティーか何かで会って軽く挨拶したとか、その程度の間柄なら覚えていないかもしれない。
「いえいえ、こちらが一方的に存じ上げているだけですよ。なんせ義理の姉になる予定の方でしたから」
「ぎ、義理の……?それはどういう――」
「おっとおっと、名乗るのを忘れておりました。ミランダ・デルタオニア……ブルーノ兄様の妹です」
ブルーノ殿下の妹君、つまり彼女は王女ということよね。
そういえば、どうして私がローザだと一目でわかったんだろう?
ミランダ殿下はジッと私の顔を覗き込む。
まるで、こちらの反応を観察しているかのように。
感情が読めない。悪意も善意も……。
一体、彼女は何を思って私に話しかけたのだろうか。
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