(3)
「特製のハーブティーを入れたっす。心が落ち着くっすよ」
「レズリー、ありがとう。心配かけてごめんなさい」
柑橘系の香りがするハーブティーに口をつけて、私はレズリーに礼を言う。
元婚約者たちの訪問で圧迫されていた心が、少しばかり落ち着いた。
本当にグレンとレズリーが側に居てくれて助かったわ。
二人がいなかったら、精神的に耐えられなかったかもしれない。
「この場所を教えたということは……やっぱりお父様もお母様も、復縁を望んでいるのかしら?」
バルバトス様の口ぶりでは父からこの別荘の場所を聞いたという感じだった。
多分、イカロス様も同様だろう。
確かに良い縁談だと喜んでいたし、家の未来を考えるとその方が良いということなくわかっている。
「あくまでも俺の想像ですけど、旦那様も奥さまもそんなに深く何も考えていないと思いますよ」
「そうかしら?」
「二人ともローザお嬢様が嫌なら勝手に拒絶すると思ったんでしょう。自分たちが何者にも物怖じせずにはっきりと意見を述べる方々ですから」
言われてみると、両親にはそういうところがあるかもしれない。
嫌なら拒絶、確かに私はそのように行動したんだけど、うーん。
「……ああ、そういえばグレン。あなた、随分と強くなったのね。まさか、あのバルバトス様を素手で一蹴するなんて」
「あれくらい大したことないですよ。旦那様やお嬢様と比べたら、俺の力なんてまだまだです」
「まだまだ? そうは思わないわ。だって、全然本気じゃなかったでしょ? さっきのあれ」
「…………」
沈黙。
まったく、なんでそこで黙っちゃうのよ。
騎士団の中でホープと言われているバルバトス様を素手で制圧。
あのときの動きは洗練されていた。
相手に大きな怪我させないように、慈しむように。
端的に言えば、グレンは手加減していたのだ。
本当の力を隠すかのように……。
「話したくないなら、それでもいいわ。でも、あなた……最近私に秘密にしていること多くないかしら?」
「否定はしません。ですが、執事としての業務に差し支えるようなことはないようには努めております」
「そうかもしれないけど、ちょっと寂しいじゃない」
「……寂しい、ですか。承知いたしました。いつか話せるときがきたら必ず話します」
何だか、含みのある言い方をしているわね。
まぁ、いいか。
言いたくないことなら、無理に言わせなくても。
この別荘のこと。以前よりずっと強くなった理由。
不覚にもさっきバルバトス様とイカロス様を追い払おうとしてくれたとき、少し格好いいと思ってしまった。
「しかし大丈夫っすかねー。グレン先輩、バルバトス様をぶん殴ったんでしょ? 侯爵家が旦那様に抗議するんじゃないっすか?」
ハーブティーのおかわりを持ってきたレズリーは、心配そうな声を出す。
そう。バルバトス様は侯爵家の三男。
王家とも強い繋がりを持っている上流貴族だ。
「……その可能性は限りなくゼロに近いと思うわ。バルバトス様には騎士としてのプライドがある。執事に喧嘩で負けたという話など恥ずかしくて口外しないと思う」
「なるほど~。確かに格好いい話ではないっすね」
「多分、グレンもそこまで計算して手を出したんでしょう」
私が三回婚約破棄されたという噂はまたたく間に王都で噂になった。
騎士団のホープで上流貴族であるバルバトス様のゴシップなど、誰かに知られればすぐに町中に広まるだろう。
体裁を気にするならば、絶対に彼はこの話を墓場まで持っていくはずだ。
「俺は特に計算してないですよ。腹が立ったから手が出てしまっただけです」
「グレン、あなたね……」
「以後、気をつけます。心配おかけしてすみません」
表情筋が仕事していないことが多いから、グレンは冷静沈着な性格だと勝手に思っていた。
意外と短気なのね……。
とはいえ、助かったし感謝している。
万が一何かあったら、私が全力で守らなくては――。
「今日は色々とあったし、早めに休ませてもらうわ。二人とも、ありがとう」
こんなに疲労感が強いのは久しぶりだ。
昔、お父様に修行だと言われて、三日三晩延々と走らされたことがあるが、そのときと同じくらい疲れた。
「お休みっす。ローザお嬢様」
「お休みなさいませ、お嬢様」
レズリーとグレンの挨拶を背中越しに聞いて、私は自室へと戻った。
さすがに、諦めてくれたわよね……。
イカロス様は不穏なことを言っていたけど、ブルーノ殿下とバルバトス様はさすがにもうここに来ることはないはず。
なんで、婚約破棄された傷心旅行で隣国まで来たのに、その原因となった人たちと揉めなくてはならないのだろうか?
これ以上、大きな揉め事が起きないことを願って……私は眠りについた。
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