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第2話 『  』がいない世界。

MAYU様のあの卒業と結婚発表は大きな波紋を呼んだ。メディアでも大きく扱われ、ネットではファンからの誹謗中傷が相次いだ。

昨日までの人生とまるで見え方が違う。推しがいない世界は色素が薄く、(もや)がかかっているように見えた。

メディア用に撮影されていたであろうライブ映像は各局でMAYU様の発表だけが切り取られ使われていた。

その映像を見るたびに自然と涙が溢れ出てしまう。思えば彼女のことを好きになったきっかけは、Tiaraの全国オーディション。彼女は元々無表情で無愛想な女の子だった。


「自分を変えたい」


そんなありきたりな理由で応募し、書類選考を通り、最初は批判もあった。「なぜ彼女が審査を通過するんだ」「オーディションは自分を変える場所じゃない」「不正だ」「落ちろ」

ネット上の彼女の評価は最悪に等しかった。それでも彼女はそれを努力で覆した。ひたむきに個人練習を繰り返す毎日。当時高校1年生だった彼女にとって、3ヶ月にも及ぶ大規模な合宿オーディションは相当過酷なものだったに違いない。参加者一人一人に密着するシーンでは学校でのMAYU様も映し出されていた。それまで見えていた彼女とは違う、ひとりの幼い高校生としての一面。友人と語らい、笑い合う姿に俺は惹かれていた。

学校が終わるとすぐに一時間の距離にある合宿所へ向かう。その移動時間も、彼女は曲の振り付け動画を常に確認していた。歌詞入れも、学校の試験勉強だってそうだ。彼女は合間の時間も一切無駄にはしなかった。

そういった姿が放送されたのをきっかけに、世間のMAYU様への風向きは変わっていったんだ。

何度も動画を見返していると、もう家を出なければいけない時間になっていた。

「やばい。遅刻したら親父に殺される」

俺は学校指定のカバンと部活のエナメルバッグを肩に提げて家を出た。

もう夏になるといえど、朝5時の通学路はまだ肌寒く感じた。そんな体を温めようと、俺は軽いジョギングをしながら学校を目指す。

高校3年の夏、俺は推しを失った。心にぽかんと穴が空いたような、そんな感覚が俺を襲っていた。

MAYU様に出会って約3年。高校生活は彼女と共にあったと言っても過言ではない。ライブ、握手会、お渡し会……彼女に会うことを楽しみに辛い部活も頑張れた。

「はあ……」

自然とため息がでてしまう。遠くを見つめて走っていると、いつの間にか学校に着いていた。

部室でユニフォームに着替え、道具を抱えてグラウンドへ急ぐ。

「おいおい、重役出勤ですかー?」

俺がベンチ横に道具を置いていると、ひとりの坊主が話しかけてきた。

ニヤケ顔のそいつーー波留健人は俺の肩に手を置いて続ける。

「見たぜ、武蔵。これでお前も一層人気者だな」

「なんの話だよ。また変な特集でも組まれてたのか?」

「なんだ知らないのか。まあ、あとで休み時間にでも見せてやるよ」

含みをもたせるような表情で波留は俺の肩をぽんぽんと叩いた。

そんなやり取りをしていると、監督がグラウンドにやってきた。

「整列!」

主将である波留のかけ声に、部員がグラウンドに向かって一列に駆け並ぶ。総勢50名ほどの野球部員が統率をなして、帽子をとりグラウンドに向かって礼をする。

周りに合わせて思い切り声を出した。なんだか気合いが入り直した感じがした。


朝練が終わり、軽く制汗剤をつけて制服へと着替える。波留とは同じくクラスだ。並んで教室へと向かった。

「それで、朝言ってたやつなんだよ」

俺が言うと、波留は思い出したように笑って、嬉々としてスマホを取り出した。カタカタとスマホを操作すると、画面を横にして俺に見せてきた。

画面には、何度も見た、MAYU様のあの挨拶が流れていた。

だが違う、見進めていると、おかしな光景が目に飛び込んできた。

俺だ。俺が映っている。

「は、なにこれ」

「お前、今日からさらに有名人だぞ」

にまにまと笑う波留。

なんと、真顔で涙を流す俺の顔面がドアップで全国放映されてしまったのだ。

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