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第1話『推し』という存在

――男には人生で3回だけ泣いていいタイミングがある。

生まれた時、親が死んだ時、そして推しが結婚してしまった時だ。

誰しもが辛く、苦しい毎日を送る現代で、我々の人生を彩るものは一体なんだろうか。それは『推し』だ。

推しとはアイドル、キャラクター、人によっては好きな人のことをそう呼んだりするらしい。

「MAYU様ァァ!!!!!!!」

もうここで終わってもいい。そんな覚悟で叫んでいる男がいる。そう、俺だ。

俺は今、アイドルのライブに来ている。バイト代をつぎ込み、最も高い価格帯のチケットを買ってやった。その成果もあってなんとなんと最前列を勝ち取った。同じ価格帯のチケットを買った人はほかにも沢山いるが、抽選の結果最前列を手にしたのが俺だったのだ。

もうすでに喉は限界に近い気がする。かれこれ2時間は声を出し続け、声帯を傷つけるくらいの勢いで叫び続けている。

『はい!ここでファンのみんなに伝えたいことがあります!』

アンコール後の最後のMC挨拶。マイクを両手で大事そうに持ち、5万人という満員のファンで埋まったドームに向かって声を向けているのが俺の人生の『推し』ーー『MAYU』様だ。

7人アイドルグループーーTiaraのリーダーでセンターを守り続ける正統派アイドル。それが『MAYU』様だ。

数年前に行われた大手エンタメ会社による全国オーディション。歌もダンスも未経験から努力で彼女はその座を掴みとった。いまではキレキレのダンスに天使のような歌声、あどけなさと大人っぽさが奇跡のバランスをとったルックスと、そこに並び立つアイドルは考えられないほどの存在だ。彼女の大人気を支えるのはファンサービスの手厚さも大きい。

握手会では限られた時間の中で最大級のアイコンタクトと最上級の会話のやりとりを提供してくれる。たったの10秒にも満たない時間で至福の時間をくれるのが彼女のセンターたる所以だ。

そんな彼女がマイクを持って、俺たちファンに向かって最後の挨拶をしようとしてくれている。最前列の俺も、限界まで身を乗り出して彼女の言葉に耳を向けた。

『みんなのおかげで、私たちこんなすごい景色を見せてもらいました!』

違う。それは君の努力の賜物だよ。俺たちの方が君に見せてもらった景色だ。

『これまでやってきたこと、間違いじゃなかったんだってみんなが思わせてくれました!』

まだ人気もないテレビに出始めの頃、日本一のアイドルになると言って大口を叩くなと批判を浴びたこともあった。初めてのドラマに挑戦した時も演技が下手だと評価されなかったこともあった。でも、全部あって今の君があるんだ。

『みんな、ほんとうに……ほんとうに!ありがとうございました!』

そう言って、MAYU様に合わせて深々と頭を下げるTiaraの一同。その姿をみて、ドームは拍手と声援で最高潮の雰囲気をみせていた。

MAYU様だけが顔を上げ、マイクを握り直すと、彼女の言葉を聴こうと会場は静けさを取り戻す。

いよいよ本当に最後の挨拶かもしれない。そう思って、俺はたった数メートル先の彼女の姿を見つめた。

『最後になりますが、私ーーMAYUは!Tiaraを卒業し、結婚します! いままでほんとうにありがとうございました!」


もう一度言おう、男が泣いていいのは、生まれた時、親が死んだ時、そして推しが……結婚してしまった時である。

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