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最終作戦

夕暮れ。ホテルのベランダから遠くに見えるのはサヴェラス宮殿。以前魔導書をもらった時にも行ったが、今日は国王の生誕祭ということでまた一段と装飾され豪華に着飾られている。

『フィオ』

繋いだ通信機からリオンの声がする。

『本当に一人で大丈夫?今からでも誰かそっちに向かわそうか?』

「いいの。こっちの事はこっちで片付ける。そっちに亡命したとしてリオンたちの協力が僕の国にバレたら色々ややここしいでしょ?だから、ルナは一人で連れ戻す」

宮殿は遠くに見えるとは言えここからでもかなり大きく見える。ジョンソンの分析ではあそこの何処かにルナがいる。ベイルから貰った魔法具も反応している。

「宮殿からホテルまでこんなに離れているのに『ルナ探査機』が反応するなんて精度すごいね」

親指ぐらいのサイズの血のような赤い石の表面に細かい魔法陣が彫られている。それを紐に吊るすと磁石が引き寄せられるみたいに宮殿の方に矛先を向けた。

ルナくんの血を固めて魔法をかけてベイル作ってくれた、血の持ち主を辿る魔法具。反応があるという事はルナはまだ世界の何処かで生きている。

『ロゼッタも話すの?……ん、フィオ、聞こえる?ルナを取り返してこい』

ロゼッタが割って入ってくる。

「うん。絶対にルナを取り戻す」

僕はベランダから箒で飛び立った。季節はもう秋めいていて、上空の風は肌寒い。真っ赤な夕焼け空が空を焼いていた。

宮殿から少し離れたところで降りて身なりを整える。今日はいつもの魔法使いの格好ではなくて真っ黒いドレス姿だった。おめでたい日に黒とは縁起が悪いが逃走時に目立たなくするためなので仕方がない。その上自分から進んで浮く事で他人から不用意に声をかけられるのを防いでいた。窮屈で不慣れなハイヒールで宮殿に着くと招待所を見せて中に入る。パーティはすでに始まっていたために逆に入り口には人がまばらで空いていた。会場ので大ホールまでの廊下は相変わらず豪華絢爛で僕のお屋敷の比にならないぐらいである。

(そういえば前に来たのってルナが来る前だっけ)

つい数ヶ月前の話だが遠い過去のように思える。しかし何回来てもこの宮殿の豪華さに圧倒されてしまう。なので壁でも見て気を紛らわせながら廊下を真っ直ぐ進んでいるとあることに気がついた。壁に飾ってある絵画の三割程度が天使が描かれていると。天使モチーフが好きなのかなと思いながら以前のパーティ会場となったホールの横を通り過ぎ、宮殿の中央部分へと入る。ここまで来ると人がだいぶ増えてきた。招待状に記載されていた控え室を見つけて恐る恐る中に入る。

「うわ……」

思わず立ち竦んでしまった。控え室とは思えないぐらいの広さと装飾に並んだ料理と人間。中にはパーティに呼ばれたゲストらが煌びやかな衣装を纏って談笑を繰り広げていた。中には有名人で顔を知っている人もちらほら見える。中でも背の高くで色白で美人の女性が宝石を散りばめたかのようなドレスを身に纏ってその権力と名誉を周りに知らしめていた。

対して僕の格好は?ヒールで盛ったにも関わらず圧倒的に足りない身長。どこにでも居る平々凡々な幼い顔。どす黒いドレス。明らかに場違いで心臓が縮み上がる。

(……飯だけ食って退散!!)

開き直って堂々とテーブルに置かれた料理に近づくと、取り皿と食器を持って高級そうな料理を手当たり次第取って隅っこのテーブルに座って食った。これを三回繰り返すとお手洗いに逃げ込んだ。

「ふぅ……コルセットがきつい……」

個室で気休めのジャンプをする。しかし食べ過ぎたことを後悔しながらも絶対にフカヒレの作り方をルナに教え込むと決めた。あれは美味しすぎる。

「さて、やりますか。ルナ奪回作戦」

杖を出してリオンに教えてもらった魔法を自分にかける。準備時間をほぼこの魔法の習得に費やしてきた。そしてお手洗いから出る。僕から見た自分の見た目は変わらないが、周りの人からの見え方は変わっているはずだ。

試しに近くにいた知り合いのお手洗い待ちをしている暇そうな人の目の前に立った。しかしその人は向こう側の壁にかけられた絵画を見てているまま動かない。

(良かった。成功してる)

おもむろにヒールを脱ぐとそれを手に持ってぶら下げたまま控え室を背に堂々と廊下を歩く。しかし誰もフィオを見ないし気づかない。まるで彼女がこの空間に存在していないかのように。

そのまま建物の外に出ると門の前の広場に出た。探査機を取り出すと東の方を指している。僕は箒を取り出してそれが向く方へ飛んでいく。

しかし、辿り着いたのは宮殿の裏手にある敷地だった。しかも探査機は地面の方に引かれている。

(ルナは地下に?だとしたら入り口を見つけないと……)

あたりを見回すがここは倉庫が並ぶ通りらしく同じような建物の前に見張人が立っているだけであった。

『フィオ』

繋げっぱなしの通信機からリオンの声が聞こえる。

『ルナ、居た?』

「ううん、探査機を追ってたら裏庭にきたんだけど、地面を指してて。入り口が見つからない」


パリン


突然、何かが割れた音がして僕はあたりを見回した。しかし倉庫にはガラス製の窓が付いていないし、他に割れそうなものもなかった。

『その音は……探査機!探査機割れてない!?』

見ると探査機の硬い表面に一本のヒビが入っていた。赤い石を横切るようにまっすぐな線が一本引かれている。

「割れてる!これってルナは大丈夫なの……」

『それが割れるって大丈夫じゃない時の警告だから、ルナくんが危ない』

「……っ!?ルナ!」

僕は倉庫に入り込めないか見て回った。しかし扉も窓もピッタリ閉まっておりどうしても開きそうにない。無理やりこじ開けようにも見張りがいる。ここはどうしようも確認できない。箒を出して裏庭を見て回ったが倉庫があるだけで怪しい建物は一つもなかった。だとしたら入り口は宮殿の中だろうか。

裏口を見つけてそっと中に入った。宮殿の端っこに位置するここは入り口側とは違い誰も人がおらず不気味な廊下が真っ直ぐ続いているだけ。空間に吸い込まれてしまいそうになりながらも箒で中を移動する。

(ここにも天使の絵が飾ってあるんだ……)

この僻地にも贅沢に絵画が飾られている。どれも天使の絵が描かれていた。しかし流し見しているとある違和感に気づく。金髪に青い衣装を身に纏った女性の天使が全ての絵に描かれていた。

(同一人物……?)

箒の高度を下げてよく見てみると右側にいる種子を持った天使と左側にいる畑を耕している農民を見守る天使はどこからどう見ても同一人物だった。というか、右から左にかけて場面が繋がっているような気がする。

種子を持った天使。畑を耕す農民を見守る天使。天に祈る天使。降った雨を瓶にためて農民に手渡す天使。

間違いない。ここにある絵画は全てがつながっている。僕は急いでリオンにそのことを伝えた。

『それってあれじゃない?人間界に現れた美しい天使が祈ると雨が降る〜っていう神話。フィオの国にその神話あったよね?』

「そんなのありましたっけ」

天使の神話が沢山存在するのは知っていたが内容自体を覚えているわけじゃない。が、彼女はルナの為にそこまで調べてくれていたようだ。

『あったあった。で、天使に祈れば神の恩恵が得られるってなって……あっ!』

「えっ、何!?」

急に深刻そうな声を出したのだからこっちまでびっくりする。

『で、その神話の結末が神に天使自体を差し出して、戦争に勝てるようにって願ったの。それで以後古代で習慣になって色々な節目では美しい天使を神に差し出してたらしい』

嫌な予感がする。確かに宰相はルナを“美しい”と言っていた。

「ルナは何かの生贄……?」 

その事実を口に出したくなかった。認めなくなった。

『皇帝様の生誕祭なら、国の繁栄を願って……って理由で、ありえなくないかも。もちろん古代の習慣だから違うかもしれないよ。でも、儀式をし続ける為に天使を養殖してるって言われたら筋が通るような……』

生贄にする為に現代に天使を生み出す。天使の養殖はこの国に限ったことではないにしても、秘密裏に行われている理由の一つにはなりそうだった。

「それなら、ルナが生贄にされてしまう前に奪回しないと!」

僕は箒に乗って長い廊下を急ぐ。横目で見る絵画は場面が進むごとに背景が暗くなり、血肉が見え、炎で画面が赤く染まっていく。

ずっと斜め左前を指していた探査機があるところで急に引っ張られたように方向を変えた。見るとその先に天使が磔にされた絵画が飾られている。

「この後ろ?」

まさか小説で見るような隠し扉があるわけないだろうと絵画を巡って裏を覗いてみると、なんと壁に引き戸が嵌められている。絵画と壁の狭い隙間になんとか手を伸ばして試しに戸を横にスライドさせてみた。が、当然ながら鍵がかかっていて開かない。どうしようかと一旦状態を元に戻しておくと突然戸の向こう側から鍵を開ける音がして心臓が飛び上がった。

絵画を外して出てきたのは服装からして偉そうな禿げジジイだった。鍵をかける前に僕は催眠魔法を使って眠らせるとそいつと共にドアの中に入り内側から額縁をはめ直し鍵を締め直して部屋を締め切った。ジジイをドアの脇に魔法で投げ捨てると改めて部屋の中を見回す。部屋というよりはここは踊り場で螺旋階段が下に伸びている空間だった。箒に捕まって螺旋階段の中央部分を一気に下る。

最下層部はジメジメとした薄暗くて肌寒い不気味な空間だった。歩くときっと足音が響くだろう。箒に乗ったまま前方に伸びる廊下を抜けると一気に視界がひらけた。

ドーム型の空間の正面部分。周りより一段高くなっている祭壇がある。前方に小麦やら野菜やら豚やらの供物が並べられ、後方には天使を描いた巨大な壁画がある。古くから使われているらしくところどころひび割れたり色褪せたりしていた。そして段の中央に蝋燭で照らされた異質な物体が蠢いている。

それ以外は誰もいない。明らかに異質な空間に満ちる微かな悪臭で僕はさっき食べたものを全て吐くことになった。

緊張のせいか、慣れないコルセットのせいか、魔法の使いすぎか。一旦透明魔法を解いたが胃液しか出てこなくなるまで床にうずくまっていた。

「こんなことを……している場合では……」

そう呟いてから力が入らない体を持ち上げようとした。

すると、耳に聞き覚えのある歌が流れてきた。吐き気がおさまる。はっとして音が聞こえる方を見る。掠れたとても小さい声だが、確かにこの部屋に響いている。心地の良い高音。言葉は理解できないが、優しさが伝わってくる。涙が出そうになる。

足に力を入れて、全力で祭壇に入った。僕の背の高さほどある段を魔法で飛び越え、祭壇に乗る。中央に血に塗れた白い鳥のような物体が落ちている。

「ルナ!」

彼の真っ白くて細長い手を握った。いつになく冷たい。以前よりも確実に細くなっていて力を入れたら折れてしまいそうだった。

手を握られて彼は顔を上げた。少しばかり疲れているようだったが、それでも彼の顔はいつもと変わらない優しさがあった。

「フィオ……来てくれたのですね……さっき吐いていたようですが大丈夫……」

「大丈夫な訳ない!ルナがこんなになって、僕は……」

祭壇に置かれた彼は動く力もなさそうで、微かに僕の手を握り返しただけだった。見ると羽が何重にも折られていて羽毛が毟られたり骨が見えたりあらぬ方向に向いていたり……とても目が当てられない惨状だった。

「フィオ、こんな所に来ては行けませんよ。見つかる前に早く…」

「一緒に逃げるよ!これ持ち上げていいやつ?治療が先か。どこか折れてる?触ってもいい?包帯足りるかな?」

医療の知識が全くないのにも関わらず目の前の瀕死のルナをどうにかしようと焦っている僕に彼はいつも通り優しく話しかける。

「そんなに焦らないでも……私は人間に奉仕する為に生まれてきたのです。生贄にされるのは本望ですし、私を助けようとフィオが傷つくようなことがあっては……」

「わたし、本当はルナが何処かに行っちゃうの嫌だったんだからね!」

泣きそうな僕にルナはきまりが悪そうに目線を逸らす。

「す、すみませ…」

「宰相に杖を向けたわたしが悪かったけどさ、ちょっとぐらいはルナも行きたくないって抵抗してくれても良かったんじゃないの?わたしのこと好きじゃないの?」

答えを聞かなくても知っているから雑に言葉を投げつけられるのだが。僕の気迫に押されて彼は目を伏せた。浅い呼吸をしてからこちらを向く。

「好きです。申し訳ありませんでした。一生ご主人様について行きます」

「それでよろしい」

そっと息を吐く。体の強張りが解けた気がする。彼も少し笑っていた。

「ではお願いがあるのですが、羽を……私の羽根を切ってくれませんか。痛くて痛くてたまらないのです。だから、どうか」

神に祈るようにこちらを見上げてくる。神に近いと見なされる天使に神頼みされるとは。その微笑の向こうにある苦痛を読み取りきれない。生き物らしくない微笑は人工養殖の結果なのだろう。

「うん、分かった。動かないでね」

死にかけの彼に神頼みされては断るわけにもいかなかった。今は彼にとって僕だけが希望だ。あの頃はルナの腕を切る事さえ躊躇したのだが、まさか羽を切断するとは。人生、本当になにがあるのか分からない。

魔導書と杖を取り出す。今まであまり使ってこなかった攻撃魔法が載っている魔導書。

魔法を唱える。杖が光る。魔力の斬撃が空を舞う。今や血が出て乾いて黒くこびりついた純白の羽が二つ肉塊のように重い音を立てて彼の背中から落ちた。

切った断面に見える白い骨の周りから新しい真っ赤な血が湧き出てくる。表面張力で少しその場に留まったのちに滝のように溢れて背中を伝い下着と白い髪を染めていく。

「フィオ、ありがとうございます。お陰で少し楽になりました」

ルナの荒い呼吸が落ち着いていくのを見ながら僕は彼の周りに予め取っておいた自分の血を混ぜたインクで魔法陣を描き始めた。ルナは余裕が出てきたのかペンの動きを目で追っていた。

「なにを描いているのですか?」

「ベイルさんに教わった治癒の魔法に血を使う魔法を掛け合わせたやつ。魔力を結構消費するから奥の手の一つだったんだけど、絶対今が使いどきだよね」

僕がペンを滑らせると彼の目が動くから面白い。リオンによると人工天使の知能は二十歳程に対して精神は五歳程なのだとか。猫をじゃらすみたいに左右にペンを振りたい欲を抑えながらそんなことしている場合ではないと魔法陣を描き進める。

最後に外周の線を描いて魔法陣を閉じてから呪文を唱えた。線が光りだす。暖かいオレンジの光がルナを包み込む。

「あったかい……」

ルナは気持ちよさそうに目を閉じた。

「魔法が効くまで時間がかかるから、ちょっと待って……」

頭を撫でようとした手を突然聞こえてきた足音にびっくりして引っ込める。騒ぎ声と数人が階段を駆け降りてくる音が大きくなってくる。考えてみれば入り口脇に人間を一人眠らせたまま放置していたままだった。

交戦になるだろうとは予想していた。魔導書と杖を構えて敵を待つ。部屋に入ってきたのは異変を察知して軍隊を二十人ほど引き連れたあの宰相。僕を見るや否や怒鳴りつけてきた。

「そこにいるのは誰だ!どうやってここに入ってきた!」

軍隊が列をなして銃を構える。金属音が一斉に響いて広い空間に反響する。僕は仁王立ちになって叫んだ。

「どこかの誰かさんがうちのルナを生贄にしようと企んでいたのでね!」

力任せに杖を振る。彼らの頭上に現れた星屑が槍のように一斉に降り注ぐ。しかし軍隊は驚く程の速さで攻撃を察知すると宰相に集まり盾を掲げて身を守った。

その場で倒れた三人に目をやってから次の魔法を繰り出す。真空波が彼らを薙ぐ。重い音を立ててよろけ転ぶが致命傷には至らない。鉄の鎧に魔法はあまり効かない。

誰かが銃の引き金を引いた。間一髪のところで反射神経が勝ち、地面から石柱を出現させて銃弾を防ぐ。それに続き一斉に撃たれた銃声と、少し離れたところの床に少しばかりの煙を出しながら銃弾が跳ね返っていた。

やはり通常の攻撃魔法だとこの実力じゃ人を殺せないか。石柱の裏に隠れている隙に魔導書を開いて呪文を唱える。リオンに教えてもらったまだ試作段階の魔法。

「転用天式魔法術…!」

空中に黒い矢が数十本現れた。そして血のような煙を引きながら軍隊へ向かって襲いかかる。石柱の後ろから突然現れた攻撃に人々は事の成り行きを呆然と眺める事しかできなかった。

人々の悲鳴と宰相の怒鳴り声。矢が風を切る音。重いものが倒れるような音。断末魔に神に祈る声。石の壁で仕切られた先にどのような惨状が広がっているかは知らない。見たくもない。

その声すら聞こえなくなった時、僕は矢と石柱の魔法が消えると同時にその場に倒れ込んだ。

身体が重い。息苦しくて深く呼吸をする毎に渇いた喉を空気が掠めて痛い。視界が段々と歪んできた。頭が痛い。治癒、石柱、矢。一度に魔力消費が激しい三つの魔法を同時に使ったのは初めてだった。治癒魔法は他人の体を再生するのに特に魔力を使う。ルナぐらいの重傷だと半分自分の身を捧げているようなものだった。ベイルにも一応教えておくけど絶対に使うなと釘を刺されていたほど。身体中が悲鳴を上げている。

「でも、これで邪魔者は…」

なんとか力を入れて立ちあがろうとした時、視界に動くものが映った。

血まみれの兵士が一人、片足を引きずりながら刀を振り上げて走ってくる。

「魔法を…ガハッ…」

喀血をする。口の中に生臭い味が広がる。肺が痛い。立ちあがろうにも足に力が入らない。今も僕の後ろの治癒の魔法で僕の魔力を吸われているからか、一秒経つ毎に意識がすり減っていく。兵士はもう直ぐそばまで来ていた。


魔法が使えると周りの人に知られた時、褒めてくれた人は親友ただ一人だった。特に、お伽話に出てきた架空の生物を魔法で再現すると目を輝かせて喜んだ。まるで本物みたいだと。いつか魔法がもっと上手になったら、お城を作ってペガサスに乗って、可愛いお姫様のようなドレスを着て。魔法は子供の理想を具現化させられる奇跡だった。だから進んで魔法を見せた。勿論親友も喜んでリクエストなんかもくれた。

しかし、ほんの十数日で急に親友の態度は掌を返したように変わった。親友だけではない。僕に接する全ての人間の態度が。わたしが信じていた人間全てから注がれる異端を嫌み嫌う目線に吐き気を覚えるようになった。直ぐに親友は引っ越して行った。今思えば親友の掌返しは専ら親の影響だろうが当時のわたしは大の親友に裏切られたと想い深く傷ついた。

ずっと一人でいたから時間だけはあった。幼い頃の夢を叶える為に魔法を練習しても服を上手に作れるようになっても、しかしそれを外に表すことはしなかった。

御伽話の壮大な夢の全てを小さなクローゼットの中に仕舞い込み、壊れないように大切に抱え持っていた。わたしを取り巻く景色は時間と共に移ろい変わっていくのに、そこだけはどうにも昔の夢のまま変われなかった。

夢は夢のままで終わる人生で構わない。世界から見放されたわたしは誰も信じずに一人で生きていくしかない思っていた。ルナの手を取るその時までは。


「ルナ、ありがとう。大好きだよ」

頭上に振り上げられた刀に己の酷く歪んだ顔が映る。せっかくなら最後にもっと可愛い自分を見たかったが。ルナの顔を思い浮かべながらそっと目を閉じた。

刹那、金属が何かを弾く音と同時に兵士が短い悲鳴を上げて倒れ込む。僕はびっくりして目を開けた。見るとカランと音を立てて後方に落ちる刀と僕の頭上を顔を真っ青にして足を振るわせ見上げる兵士がいた。

「フィオを傷つける人間はこの私が赦すとでも?」

「ルナ!」

後ろを振り返ると手を前方に突き出して神のように佇むルナが居た。魔法のお陰で傷は全て癒えていており、いつもの長い白髪と純白の羽が揺らめいている。しかし兵士を見下す蒼い双眸は笑っていなかった。腹の奥底から煮えたぎる怒りが無表情にも関わらずこちらの胃に伝わってくる。

「ひぃっ…!か、怪ぶ…」

ルナが手を握ると何も絡み付いていないのに兵士の喉が締まり別の意味で体を震わせる。ルナがより手を握り込むと締まって赤く鬱血した首に爪が食い込むような凹みができる。食い込みが深くなるにつれもがき苦しむ兵士だが、遂に凹みが肌を突き破り赤い血が垂れたかと思うとバキッと骨が折れるようなもの凄い音を立ててからぴくりとも動かなくなった。

「ふぅ。偉そうな奴は……死んでますか。残念」

「ルナぁ!」

入り口付近に溜まった人間の山を眺めていたルナは僕が呼ぶとこちらを見て笑った。

「今のルナがやったの?。天式魔法って奴?いつの間に」

「ロゼッタに教えてもらったんですよ。間一髪治癒の魔法が間に合って良かった。フィオは大丈夫ですか?」

「なんとか…ゴホッ…生きてる」

立とうとしてよろけてルナに支えられる。そのまま床に座り込む。

「フィオ、安静に」

「でも、早くここを抜け出さないと。ジョンソンの研究所に逃げ込ませてもらうことになってるの。だから箒で…」

するとルナは僕の下に手を入れ、急にお姫様だっこをした。急に持ち上げられた僕は慌てるがルナの大きくてひんやりとした体が妙に安心感を与える。

「研究所、ですね。そこまで行けば良いのですか?」

「うん。でも僕を抱えて歩いていける距離じゃ」

「フィオ、よく私に掴まってて下さい。初めて飛ぶので最初は揺れますよ」

え?と質問の意味を聞き返す間もなく、ルナの羽の羽ばたきで起きた風が頰を掠めると同時にふわりと宙に浮いた。そのまま部屋を抜け、廊下を潜り、羅線階段を昇り隠し扉を出てそのまま宮殿内の廊下に出る。

右の突き当たりに裏口が、と、僕が言い終わる前に左の廊下に進み、突き当たりの壁一面に貼られた国宝級のステンドグラスに向かって飛んで行った。

魔法でも使ったのだろうか、もの凄い音を立ててガラスが一面粉々になって崩れ落ちたところをルナにしっかり抱えられて残った窓枠を通過する。宮殿の外に出ると外は既に暗くなっており、雲ひとつない空に白い満月が浮かんでいた。

宮殿内では騒ぎを聞きつけて集まった人々が粉々になったステンドグラスを発見した。誰が割ったのだろうと外に目をやると、白い満月に大きな翼を広げた、まるで天使の様な黒い影が映っていた。

僕は下を見ると怖いのでずっとルナの顔を見ていた。冷たい夜風に吹かれて長い髪が揺れている。月の光を浴びて彼はまさに月のように白く美しく光っていた。

「なんで飛べるの!?」

「恐らく一回羽根を切ったことにより魔法で羽の神経ごと復活したのかと…」

誰にも見つからないように高度を上げていく。足を撫でる風が怖い。僕は顔を埋めてルナにしがみついた。しばらくそうして飛んでいるとルナが嬉しそうに話しかけてきた。

「フィオ、空を見て下さい。流星群ですよ」

顔を上げるそこには満点の星空が広がっていた。いつの間にか郊外に出たらしく、周りに月以外一切灯りのない未開の土地である為に研究所で見た以上の星が見える。

「ほんとだ。綺麗」

天国があるなら多分この様なところだろう。ジョンソンの星への探究心もこれを見れば少しは理解できた。星がよく見える場所でも今度紹介してもらおうか。

「フィオ、子守唄でも歌いましょうか?ここじゃ寝にくいでしょう」

「お願い」

「では」

ルナの美しい歌声が耳に届く。さっきまでずっと重くて痛かった体がずっと軽くなる。自然と意識が沈んでいく。


わたしは夢を見た。あたたかな夢。ルナとずっと一緒にいられる夢。空を飛んでどこまでも旅をする夢。


リオンは夜中にロゼッタに叩き起こされて研究所の外に引っ張り出された。眠い目を擦りながらこんなに早くフィオが到着するはずないと思いながらも渋々着いて行った。が、彼女は空に光り輝くものを見た。


月夜に舞い降りたのは腕に少女を抱えた一人の天使。純白の翼を広げ、真っ白い髪と、蒼い目と、長いまつ毛が夜風に揺れる。月明かりに照らされたそれはまるで地に降り立った神のように、行く当てもない夜を照らす月のように、この世のものとは思えないほど美しく白く光り輝いていた。


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