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逃げる女王  作者: konoko58
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03. セルカディア王国

(3)


朝はいつだって訪れ、暁はいつだって塵となって消えてゆく。

だが人は、その当たり前の理をしばしば忘れてしまう。

平和に酔い、慣れに甘んじるうちに──。

リオネル・バレンとアイレナは、夜明けが終わり、朝日が昇る空をぼんやりと見上げていた。

これほど美しく、まばゆい朝を、どうして今まで忘れていたのだろうか。

生きているからこそ、こうして朝を迎えられるというのに。

昇る陽光に染まったセナン川は、銀色に透き通るような輝きを放っていた。

きっと人は、そんな太陽を見て、失われた希望をもう一度思い出すのかもしれない。

いま、二人の目には、静かに涙が浮かんでいた。


川の流れに乗って下ってきた筏は、やがてセルカディア王国の国境に架かる木製の桟橋に、静かに辿り着いた。

ドン──木にぶつかる鈍い音とともに、槍を構えた若い兵士が二人、姿を現した。


「お前らはらは何者だ! 名を名乗れ!」


「その腰の剣から手を離し、空へ掲げろ!この槍に貫かれたくなければな!」


リオネル・バレンとアイレナが筏から降り立つと、兵士たちはすぐに槍を構え、今にも突きかかりそうな気迫を見せた。

その顔には、異邦人を容赦なく拒む覚悟が宿っていた。


「この紋章を見ていただければ、我々が何者かお分かりいただけるはずだ」


リオネル・バレンは慎重にマントの中へ手を入れ、紋章を取り出して兵士に差し出した。

銀で彩られた盾の上に交差する二振りの剣、盾の外縁には二枚の白い翼。

そのそばでは、平和の象徴である天使たちが、それぞれの翼を広げてラッパを吹いていた。


「これは……まさか!?」


二人の兵士は目を見開き、リオネル・バレンを凝視した。

彼は静かに頷いて、それが事実であることを認めた。


「……お前は急いで王都に知らせろ! 私はお二人をご案内する!」


エイルナス王国の紋章を見た瞬間、兵士たちは先ほどの威圧的な態度を一変させた。

今この時、ここにエイルナスの者が現れたという事実は、彼らが敗れ、逃れてきたことを意味する。

それはすなわち、クラディア帝国の脅威が、間もなくセルカディア王国にも及ぶかもしれないという暗示でもあった。


一人は急ぎ城へと向かい、もう一人は二人を丁重に出迎えた。


「ここまでよくお越しくださいました。私が城までご案内いたします。先ほどの無礼を、どうかお許しください」


「無礼だなんて。君たちは自分の務めを果たしただけだ。まったく気にしていないよ。正しいことをしたまでだ」


リオネル・バレンに代わってそう答えたのは、隣にいたアイレナだった。

その言葉を聞いた兵士は、目を大きく見開いた。

自分より幼い少女が発したとは思えないその言葉に──。

戦に敗れ、命を賭して逃れてきたというのに、彼女の声には驚くほどの揺るぎがなく、

その身に備わった気品と落ち着きは、ほんの一瞬たりとも崩れることがなかったのだから。

そしてそのとき、不意に彼の脳裏をよぎった。

この子……ただ者ではない。

将来、我が王国にとって最も危険な存在となるやもしれぬ──そんな予感が、微かに頭の中をかすめた。


城の内部は、荘厳な外観とは裏腹に、意外にも質素な雰囲気だった。

派手な装飾の代わりに、淡い青の壁と金色のカーテンが静かに調和しており、通路の片側には銀色の鎧と槍を構えた近衛兵たちが静かに控えていた。

表情一つ変えぬ彼らからは、武器を抜いた瞬間、命を失うだろうという緊張感が漂っていた。

銀と黒で彩られた玉座に座る年老いた男は、ただその眼光だけで猛禽類を思わせる鋭さを放っていた。


「我がセルカディア王国へようこそ。私はレオナルド・セリオンと申す。昨夜はご苦労であったな。命を賭してここまで逃れてきた、その勇気に敬意を表する」


「ありがとうございます、陛下。エイルナス王国の騎士団長、リオネル・バレン、このご恩は、生涯決して忘れません」


リオネル・バレンとアイレナは、玉座に向かって片膝をつき、静かに頭を垂れた。


レオナルド・セリオンは満足げな表情で二人を交互に見つめていたが、

やがてリオネルの隣に控えるアイレナに目を向け、口を開いた。


「そちら子は誰だ? どこかで見覚えがあるような気もするが……」


リオネル・バレンは一瞬、沈黙したのち、顔を上げて毅然と答えた。


「戦により親を失った難民の子でございます、陛下。その遺志を継ぎ、私が引き取ることといたしました」


「……そうか。分かった」


王はリオネル・バレンをまっすぐに見つめたまま、ゆっくりと頷いた。

その言葉に込められた裏の意味──王はすでにすべてを察しているかのようだった。


「ここまで来るのに、さぞかし疲れただろう。まずはゆっくり休むがよい。残りの話は、それから少しずつ進めるとしよう」


「はい。ご配慮、痛み入ります。陛下」


二人はゆっくりと身を起こし、礼を尽くして静かに大殿を後にした。

だが、彼らはまだ知らなかった。

穏やかな微笑を浮かべていたあの王でさえ──最後まで信じきれる相手ではないということを。

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