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逃げる女王  作者: konoko58
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02. 隠し通路と竜

(2)


隠し通路は狭く、そして長かった。

その終わりはまるで見当もつかず、まるで蟻の巣のように果てしなく、そして執拗に奥へと伸びていた。

まるで、その果てを知ることのない人間の悪意のように。

もし松明がなかったら、一寸先も見えぬこの場所で道を見失い、さまよった末に命を落としていたかもしれない。

足元はじめじめと湿り気を帯び、古く崩れた石の隙間からは冷気と埃が漂っていた。

天井は低く、少しでも頭を上げれば、すぐに岩が頭を打つような閉塞感。

恐怖と不安に押し潰されそうなほどのその空間で、リオネル・バレンとアイレナの瞳には一切の怯えがなかった。

入り口があるならば、必ず出口もある。

もしそれがないのなら──その先に待っているのは、死だけという覚悟で。


アイレナは黙ってリオネルの背を追いながら、こんな長い隠し通路をいったい誰が、何のために作ったのだろうと心の中で疑問を抱いた。

松明の火が壁をかすめた瞬間──その暗闇の向こうに、かすかに壁画が浮かび上がった。

空を翔ける黒き竜。そして、空を飛ぶ黒い竜とその竜と共に逃げる人々。


「どうやらこの地は、遥か昔から戦の絶えぬ土地だったようです。四季を通して流れ続けるセナン川、そして秋になれば一面に広がる黄金の穀倉地帯。これほど肥沃な土地を、周辺国が黙っているわけがないですよね。だからこそ、この場所が必要だったのです。戦から逃れるための、この長い隠し通路が」


リオネル・バレンは松明の光を壁画へと向けながら、アイレーナに説明した。


「じゃあ、この空を飛ぶ黒い竜は?」


「おそらく、この通路を造った人々が描いたのでしょう。自分たちを守ってくれるようにという祈りを込めた、守護神のような存在かもしれません」


壁画に描かれた黒い竜を見上げながら、アイレナは小さく呟いた。


「……じゃあ、わたしもお願いする。団長とわたし、父上と母上、それに民のみんなを──守ってくださいって」


小さな両手を合わせて目を閉じるその姿は、もはや姫ではなく修道院の修女のようだった。


「では、私も姫様と一緒に祈ってみましょうか。昔の人々がこの壁画を刻み、願いを託したように」


「うん」


アイレナの手を優しく包みながら、リオネル・バレンはしばらくの間、壁に描かれた黒き竜を見つめて祈りを捧げた。

この隠し通路を無事に抜け出し、セルカディア王国へたどり着けるように。


「さあ、そろそろ進みましょう。出口は……あちらのようですね」


二人が祈りを終え、そっと目を開けたその瞬間だった。

まるでその時を待っていたかのように、隠し通路の右手からかすかな風が吹き、手にした松明の炎がわずかに揺れた。

まるで、壁画の黒き竜がその祈りに応えてくれたかのように。

その後も、蟻の巣のように続く通路は果てしなく続いていたが、そのたびにリオネル・バレンとアイレナは力を合わせ、風の流れる方向を探し当てていった。

そして、もう一歩も歩けない──そう思い始めた頃、遠くにかすかな光が見えた。


「どうやら、あれが出口のようですね。お疲れ様でした、アイレナ様」


「疲れたのは団長でしょう? 私はまだ平気。家族はしばらく私たち二人だけだけど、頑張って生きよう。父上と母上、そして笑っていた民のみんなに、また会えるその日まで」


アイレナの微笑みを見つめながら、リオネル・バレンは心の中でふと思った。

もし、自分一人だったら、この隠し通路を抜けられただろうか?

いや、きっと、自分よりもずっと大人びたこの少女が隣にいてくれたからこそ、こうして歩き続けられたのではないか──そんな思いがどうしても胸から離れなかった。


ようやく隠し通路を抜け出すと、二人の目の前には、再び闇に包まれた森が広がっていた。

耳に届くのは、夜を謳う虫の声だけが静寂に包まれた世界。

もはやこの場所には、助けを乞う叫び声も、エイルナス城を呑み込んだあの地獄の炎も存在しなかった。

ただ虫たちの声が、この夜をそっと覆っているだけだった。

一息つけると判断したリオネル・バレンは、近くの平らな岩の上にアイレナを座らせた。

自身もその隣に腰を下ろし、腰に差した長剣を抜いて、静かな森の中に目を光らせる。

危険はまだ終わっていない。

セルカディア王国にたどり着くまでは。


「なんとか無事に抜け出せましたけど……これからの計画は?」


「あそこ、セナン川が見えますか?」


リオネル・バレンの指先を追って、アイレナは視線を移した。

その先には、木々の間を縫うように流れる川の姿が、淡い月明かりに照らされて浮かび上がっていた。


「あの川沿いに、私が事前に用意しておいた小さな筏があります。それに乗って、セルカディア王国へ向かいましょう。この川なら半日もあれば十分。明日の朝には着いているはずです」


「ほんと、団長ってすごいね。最初からこんなことが起こるのを知ってたみたい。あの通路だって」


「備えておいて損はありませんから。……本当は、そんな日が来ないのが一番なんですが」


森の中をしばらく見つめ、何の気配もないことを確かめたリオネル・バレンは、腰に下げた剣を鞘に収めた。

その動きに合わせて、アイレナも立ち上がり、彼の後ろを静かに追った。

二人が川辺にたどり着くと、事前に用意されていた小さな筏が、静かに水面に浮かんでいた。

アイレナを慎重に筏に乗せたリオネル・バレンは、最後にもう一度だけ森の奥を警戒するように見つめ、そっと乗り込み、櫂を握った。

川の流れは思ったよりも速かったが、進むべき道はただ一つ、迷いはなかった。


「ねえ、さっき……あの壁画の竜に祈ったときのことなんだけど」


筏が木の枝にかすかに触れながら、水面をすべるように進んでいく中、アイレナが小さな声で呟いた。


「あの竜がね、私に囁いたの。──その祈り、叶えてあげようって。きっと、だから何も起きなかったんだよ」


漆黒の闇の中、ひとつの星がセルカディア王国の方向へと流れ落ちた。


そして二人は、その星の行方を追うように、静かに、しかし確かな足取りで前へと進んでいった。

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