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08 来ないヒーローを待ち続けたい。このまま、いつまでも

 貴賓牢のある棟をでれば、外はとてもいい天気だった。


久しぶりに建物の外にでたアウローラは、日のまぶしさに目を細めた。ほおにあたる風がさわやかだ。王が本城に向かって歩き出すと、その後ろについてアウローラらも歩き出した。


「あぁ、そうだ。アウローラ、きっと気になっていると思うから教えるね。公爵家は王太子の後ろ盾のまま外れないよ。殿下が城に移されてびっくりしたんじゃない?」

 エスコートしながらフューセルが聞いた。アウローラがうなずくと、だよねと頷きかえしてくる。

「殿下がいるのは客間で、暴れる狂戦士から幼子の安全を守るための一時的な処置だ。騒動が落ち着けば殿下は離宮に帰るよ」

「…またレルムのことそんな風に」

アウローラは顔をしかめた。父親は昔からレルムに対してやたらとあたりが強い。

「彼は優秀です。意味なく暴れたりしませんし、アルフレッドに危害を加えることなんて絶対ありません。荒事を想定して訓練する護衛官を狂戦士よばわりするのは本当にどうかと思いますよ、お父様」

目に力を込めて睨むも、フューセルはへらりとした笑顔で受け流す。

「いやでも狂戦士って呼ぶと嬉しそうにするよ、彼。ご期待に副えるよう精進しますってお礼まで言うのだから、あれでその二つ名を喜んでいるみたいだよ。

それに、もちろん殿下に危害を加えるとも思っていない。優秀なのも認めている。ただ、あれは…相当きみを大事にしているよねって話。そこだけは信頼しているよ。王太子妃付きは天職だったんだろうね」

「誰付きであろうとレルムは職務に真摯に向き合える人ですよ。それに殿下が兄のように慕う優秀で忠実な護衛官です! 全般において信頼してください。


 …あ、もしかしてレルムを平民牢にいれたのはお父様ですか?! 怒るよ!」

「濡れ衣! 円卓の判断だよ!? あんなすごい剣幕でアウローラの冤罪に怒り狂うから、粗暴なタイプの平民と勘違いされたのだよ!」

「…その場にいらしたのですか?」

「居たし、見た。すごく怖かった。多分、彼も収容を狙って意識して派手にやっていた気がする。

貴賓牢、さっき初めて見たけど、あの程度の華奢な鉄格子、彼なら簡単に歪めそうだね。君を連れてともに脱獄! みたいな展開をちょっと僕も期待しちゃった。まぁ行先は平民牢だったのだけど。当てが外れて今ごろ彼も頭を抱えているだろうね。


 …本当のところどういう関係なの」

 恐る恐る聞く父親に、アウローラはちょっと考えてから答えた。

「護衛と護衛対象という意味ではなく、ですよね。

そういえば前にふたりでそのような話をしたことがあります。確かあの時の結論は…わたくしとは手を携え団結して幼い殿下を育み、悲喜こもごも苦労をも共にした仲、つまり」

アウローラは頷いて、断言した。


「相棒というやつですわね!」


「不憫! でもヨッシャざまみろ!」

「!? なんですか、いきなり」

「なんでもない! そのままでいて!」

少し気が晴れたような顔で、父親はエスコートの腕を軽くゆすった。こころなしか歩く速度がゆっくりとなる。

「なんにせよ殿下の後ろ盾がそのままなら安心しました。それなら世話役の派遣についてですが、何人か候補をお願いします。できるだけ殿下と気が合いそうな方がいいですし、これから寒くなってくるので、多分今年もいきなり高熱をだしたりするでしょうから…交代制にして可能なら24時間、必要時に人が増やせる状態が望ましいです。

あとレルムも早く出してあげてください。謹慎と聞きましたが、その感じだと除隊もありえますよね…もし彼が望めばですが、公爵家で雇いなおして、アルフレッドの傍にまた配属することは可能ですか?」

「うーん」

「?」

アウローラは顔をあげた。煮え切らない返事をする父親は、ゆったり歩きながらも何かしら考えている様子だった。


「…うん。いいよ。かわいい君のおねだりだ。アルフレッド殿下の意思を尊重し、健やかに成長できるよう全力を尽くすと公爵家は約束しよう。レルム卿についても、早急な釈放を要求して、彼が望む道を行けるよう援助もする。ほかには?」

「ええと、離宮で預かっている行儀見習いたちはどうなっていますか?」

「みんな一度、公爵家の別邸に戻したよ。今、離宮は空だ。何人かは家へ帰ったが、残りはとりあえず母さんが面倒みている」

「別邸って侍従候補や従僕見習いたちがいましたよね」

「そう。もちろん男女で棟をわけるよう指示はだしたけど…男の子たちは突然の花々に浮かれているかもしれないなぁ」

「お母様は元気?」

「落ち込んでいる。お菓子を焼いたり、説法の回数を増やしたり、サロンにも頻繁に出ているし、気づけばよく祈っている。もうペッチャンコ」

「ふつうに元気そうですね。よかったです。…あの迫力ある説法を、今も見習いたちは浴びているのね…」

「自分はいなくてよかった、じゃないよ。」

「だって洗脳を受けているような気分になるんだもの…でも、お母様がいれば大丈夫ね。安心した」


いつのまにか、足を止めて話し込んでいた。

ふと視線を感じてそちらをむけば、離れた中庭の入口で王が立ち止まり、こちらを見ていた。距離がひらいていたらしい。アウローラが慌てて父親の腕に掴まったままの指に力をいれると、フューセルはにこりと笑い、やたらとゆっくりまた歩き始めた。


「ほかにはないの? おねだり。お菓子とかドレスとか宝石とか本とか。首とか」

「首ってなんですか。お菓子も食べすぎちゃうからこれ以上は大丈夫です。

あ、でも、本はいいですね。活版印刷の大衆利用許可願が申請されてから、ずっと公布を楽しみにしているのです。本格的に展開されたら同じ内容の紙がたくさんできるのでしょう? だから、わたくし、広告絵が一人一枚ずつ手に入るんじゃないかって期待しているの。お父様が興味あるかはわからないけど、女性向けの商品の広告絵は美しいデザインが多いから、もし自分だけの広告絵があったら絶対に本に仕立てたくて。」

「いいね」

「ええ、楽しみ。あとここだけの話、侍女見習いの中では、知っている物語の一部を自分好みに書き直したものをそれぞれ回し読みする流行りがあって。面白い試みですよね。わたくしも読ませてもらいましたがどれもすごく素敵でした。」

「例えば?」

「ええと、孤独な王女と煙突掃除夫の物語をご存じですか?」

「いいや、どんな話?」

「冷遇されている王女が、あるとき煙突掃除夫の少年と出会い仲良しになるんです。それで悪い魔法によって姿を変えられた隣国の王子だと気付いた王女は、少年にそれを打ち明けて、少年はそれを認めます。ふたりで協力して、なんやかんやすることで令嬢はサロンでどんどん地位をあげていきます。最後はとうとう良い魔法が使えるようになって、少年はもとどおり隣国の王子様としての姿をとりもどし、ふたりは結婚して素晴らしい王と王妃になり幸せに暮らしました、めでたし、めでたし」


フューセルが笑って「なんやかんやが気になるね」と言った。


「そう、そこを自分好みに書き直すんです! わたくしもやってみたけど難しくて。そうしたら、なんやかんや部分は、誰かが書いた中で自分の好みに添うものでよいらしく、良い魔法でとりもどされた理想的な王子様像を自分好みに追求するのもまた楽しいと教えてもらって。

前月半ばの日報にも書きましたけど、ダンス練習のときに踊りながら会話する練習として軽い雑談のつもりで話題にだしたら、侍女見習いだけでなく控えていたメイドも巻き込んで白熱してしまいまして…まぁでもそれで余計な緊張がとれたのか皆様ずいぶん軽やかに踊れるようになりましたから、結果よかったのかなって」

「うん、母さんと一緒に読んだよ。でも雑談の中身は知らなかったな」

「書きませんよ、そんなの」

「書いてよかったのに。楽しいことも、些細なことも、詳しく。いやなことも、おバカなことでも、どうでもいいことでも」

「いやですよ、そんな格好悪い日報を書くのは。報告は簡潔なほうが読みやすいでしょう」

「読みやすさより、君の面白い話のほうを我々は求めていた」

「絶対いや。それに物語の書き換えは秘密の趣味なんです、お父様も外で言ったらダメ。お母様にも秘密ですよ、口を滑らせるのが得意なのだもの」

「母さんも知りたいと思うよ」

「えええ…内緒にできるなら良いですけど…できるのかしら…」


ようやく王に追いつく。こちらを見下ろし、王はまた歩き出した。

「優雅なことだ。立ったまま夕日をみるかと思った」

「ありがとう、熟考する円卓のような優雅さを演出してみたんだ。いや、まだ早すぎたな。夕日をみせることができず、申し訳ない。お詫びいたします、陛下」

真顔のフューセルがその場に立ち止まり、美しいボウアンドスクレープを決めた。


いつものようににへらと笑い、「円卓は待つしかないんですよ、我々を」と軽い口調で告げた。そして大げさにあたりをみまわし、中庭に設置された東屋を指さす。


「いい天気だ。アウローラ、あそこでお茶会しようか。久しぶりの外だ、何か食べたいだろう」

「…お父様…?」


父親の様子がおかしい?


アウローラが不安になって呼びかける。フューセルの表情はいつもどおりだが、腕に添えられたアウローラの手に自分の手を重ねて、ぐっと力強く圧をかけてくる。痛くはないが…困惑しながらも腕をひっぱり歩くことを促せば、なんとか動いてくれる。


フューセルは軽い口調で話し始めた。

「飴をもっていればよかったな。アウローラの口に放り込みたいよ。昔みたいに。

小さい君は泣けばもらえると知っていて、よく泣き真似をしていたよ。僕らは嘘とわかっていても君のかわいい口に飴を入れずにはいられなかった。満足げな顔でかたほおを膨らまして、嬉しそうに目を輝かせて、そして、もう用はないとばかりにさっさと遊びに戻ってしまう君の気ままさは、どちらに似たのかと母さんと冗談まじりにもめたりしてね。」


表情はいつもどおりだ。話し方も。だけど、手の圧は強くアウローラを捕まえている。困惑するアウローラの足が止まると、フューセルの足もまた簡単に止まる。


「僕がオルテシアを名前で呼ぶたび、もっと小さい頃の君は、とても怒ったんだよ。かあさと呼ぶようにって、舌足らずな口調でね。自分が母親を呼ぶ言葉と違うから、僕が妻の名を間違えたと感じたんだろうね。

何度も叱られて、復唱させられ、僕は自分の妻を母さんと呼ぶ羽目になって、まわりにとてもからかわれた。開き直って堂々と使っていたから、そのうち周りも慣れて、僕も自然に使うようになっていたけど、そのころにはもう君は「かあさ」を卒業していてね。はっきりとした声でお母さまと呼んでいるんだ。それに気づいたとき、僕だけ取り残された気分になって…あの時はちょっと泣いたね」


「…お父様、あの、気のせいかもしれないけど…もしかして何か怒っていますか?」

「ははは」

「ええと…でも、流刑なんでしょう? 殺されるわけでもあるまいし…そりゃわたくしもこんな雑な冤罪うんざりしていますけど、でも今、我が国の危機なのはわかりますから。仕方ないかと」

「うん、危機だね。なにか思いつく?」

アウローラは空を見上げ、考えをまとめた。

「…自己抑制の消えた円卓が、我先と重犯罪に手を出していることを思えば。


円卓への信頼のもと成り立っている国民の秩序が乱れて安易な自力救済が横行する…統治者の権威が無効化したと露呈すれば、おそらく国外からの侵攻が始まる。周辺の治安維持のためというのは正当な口実になりますし、どさくさ紛れに国中を蹂躙されて、地図から名が消え、「元」国民たちは総じて他国の奴隷階級に落ちる。


それを防ぐため、早急にわかりやすい勧善懲悪…旧王家の末裔であるわたくしが悪として、現在の統治者である正義の円卓に裁かれることで世論をなだめると同時に時間をかせぎ、その間に魔獣を人間にもどすおつもりでしょう。


 円卓が正常化して求心力を十分にとりもどしたら…何年後になるかわかりませんが…冤罪を「判明」させて、公爵家の名誉を回復させる」


「わぁ。これは見事なスケープゴート。実の父親からそんな扱いされるなら、もうアウローラは逃げるべきでは?」

フューセルはいつもどおりの声音で言った。

 アウローラが父親を見上げるも、そこにあるのはやはり平穏を体現するようないつものへらりとした笑みだけ。


「…わたくし、楚々として見えるでしょうけど、実はけっこう図太くて。両親から愛されているのを知っていますし、どんな環境でもわりと楽しんでやっていけるってわかっているんですよ。」

アウローラは笑いかけた。貴婦人のほほえみではなく、自分の本当の笑みで。

「心配しないで、お父様。一緒にこの国を守りましょ。きっとうまくいくわ」

「ははは。アウローラは物分かりが良すぎるね」フューセルも笑った。初めてみるいびつな笑みだった。


「泣いて嫌がってくれよ。

 クソおやじ、てめぇが行けくらいのこと言って暴れて、今すぐ平民牢へ逃げておくれ。僕はあの狂戦士が君を連れて公爵家へ避難しに帰ることを、母さんと一緒に待っているから」




フューセル父ちゃん、寝てなさすぎて情緒不安定。

平民牢ていど早くぶちやぶって来いよ狂戦士…くらい追い詰められています。無理と知っています。

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