07 無理が通れば道理が引っ込む。ヒロインが通ればハーレムは肉壁。
「まぁつまり離宮用予算の横領だね。年単位で行われていた。
その商人は、10日前に処刑されている。けど、生前、横領した自覚がなかったと供述しているんだ。
娘の商品を隣国に売り出すことは国益に叶うと繰り返して、じゃあ何故、円卓の金を盗んだかと問えば、国のための資金は公金からでるべきで、正しい使い道をしただけだと主張する。
円卓の承諾を得ず独断で行った理由については何度聞いても黙秘していたけど、公開処刑の直前になって、娘に伝えてやると約束したらようやく口を開いてくれたものの、それが一言、「円卓に価値はない」だけだったらしくて、それはもう怒髪天をつく騒ぎになっちゃって。」
フューセルがちらりと隣の王に視線をやりつつ、続けた。
「そのどさくさにまぎれて、身柄を確保していたはずの娘を許可なく牢から連れ出し、かくまう者が現れた。調べれば高位貴族が関わっている。これでは手出しができない。
この国って昔からずっと死刑イコール連座制でしょ。死刑になる罪人を出したら赤子妊婦例外なく三親等の人間まるごとブランッっていう。
円卓が、何とか娘をひっぱりだすべく逮捕状を作成しようとしたら、ところがどっこい、すでに連座制は廃止ってことになっていたんだ。
いつのまに、と調べてみれば公布日は11日前。
つまり商人の処刑の前日の日付だ。
これではさかのぼって適用しようにも娘を裁けない。円卓の誰かが勝手に公布したらしい、誰かわからないが」
「え、いや…っていうか。すごく見ているし…そういうことなのね…?」
フューセルは王を凝視していた。へらりと変わらぬ笑顔で。
父娘の視線を集めた王は無反応無表情を貫いていた。しかし、こころなしか眉間のしわが斜めに緩み、かすかな気まずい雰囲気をかもしだしている。
器用なことするな、クズ。
「器用なことしないでよ、陛下。わかるよ、特別な女の子って可愛くてしょうがないよね。全身全霊自分の持てる力を駆使しても守りたい。当然だよ。」
何故かしみじみと頷いているフューセルが、急に立ち上がって両腕を突き上げ、叫んだ。「道理よ、ひっこめ! 無理サマのお通りだ!」
両手を天に伸ばしたまま、フューセルはアウローラに笑顔を向け、「ねぇ?」と言った。
何がねぇなのかアウローラにはわからない。
とりあえず、王に向かってカーツィして、先ほどの己が発した発言を牢の中から謝罪した。
思わず声がでちゃったんだもの…まぁ不敬罪が加わったところで流刑は変わらないし。
「良い。ここでの自由な言動を許可する。…図太いことだ。不敬など今さらだろう」
アウローラの心の声は王にもばれていたらしい。一体いつから。
「あら…ありがとう存じます」
とりあえずお礼言っとけ、と開き直ったアウローラが堂々と座りなおす。
「連座刑さえなければ、娘にはこれといって罪はない。
だけど、コケにされたと憤る円卓の気は収まらない。
それで先走った円卓の何人かがそれぞれバラバラに暗殺を企んだ。安直なことにね。
屈強な坊ちゃん、頭が切れる坊ちゃん、独自の人脈をもつ坊ちゃんに、ピンポイントにやたら深い知識をもつ坊ちゃん。ただただ美しい坊ちゃん。あと偉大なる陛…元・坊ちゃん。加えて、平民のしたたかだったり、元気だったり、やんちゃだったり、真面目だったり…色々取り揃えてよりとりみどりの肉壁が、入れ替わり立ち代わり娘を守りきった。全ての暗殺者は任務に失敗、秘密裏に円卓に身柄を持ち込まれ、自供に追い込まれた。
横領から公文書偽造、さらに殺人教唆。次々に展開する同胞らの犯罪行為に、円卓の意見は割れた。
絶対正義である円卓の威厳を守るため、どうするべきか。なかなか決まらない」
|元・坊ちゃんの下りで、父娘がおもむろに王を見た。
王は一切の動揺をみせない。
とりあえず視線を戻せば、アウローラと同じタイミングだったらしい父親と目が合ったので、お互い貴族のほほえみを交わした。
「さて、ここからの展開が、今回の肝。
事件をさらにややこしくし、君が流刑にされなくちゃいけなくなった理由に繋がる話さ。」
◆
「短期間に次々狙われる娘の身を案じた肉壁のひとりが、立ち入り禁止の閉架宝物庫から国宝「桃源郷」を持ち出してね。どこで知ったのか、複雑な発動方法を正確に覚えていたんだ。
どうも他を出し抜いて娘と二人きりでエスケープをするつもりだったようだけど、あいにく発動条件までは調べきれていなかったらしく、娘ひとりを魔法で消してしまった。
…魔法については、一応、旧王族の機密事項にあたるけど、母さんからうっすらでも聞いているよね? どこまで知っている?」
「お母様が知りうる全てを聞き出しました…なんですか、その目。
十才そこここの頃ですよ。
魔法が実在していて、今も古代遺物の中で活きている、なんて、とてつもなく夢があること、惹かれるに決まっているでしょう」
父親から生暖かい目を向けられ、アウローラはとても気分を害した。
赤子を見るような目で19歳を見るんじゃない。
アウローラには立派な貴婦人としての自負がある。
「ごめん、ごめん。…ええと。つまり、君に旧王族の血筋として十分な知識がある前提で話をすすめるね。」
半笑いの父親にイラっとしつつ、目で促せば、当主の顔に戻ったフューセルが言葉をつづけた。
「…魔法が発動したとき、その場…城の中庭にはたくさんの人がいた。顔ぶれには円卓もいて、城兵もいて、働く平民も貴族もいて、そんな、ただ普段と変わらぬ日常生活を送っていただけの人たちの前で、いきなり発動したんだ。
何やら揉めている若い男女が、とつじょとして光りはじめる。一呼吸のち目を奪うようなド派手な光があふれ、美しくも古風な音楽がどこからともなく…っていうか遺物からなんだけど…まぁとにかく、おとぎ話もかくやっていうほど不思議な光景だったらしいよ。
まさに「桃源郷」を彷彿とさせる、ね。
そして、忽然と娘が消えた。不思議な光景も消えた。
その後、ひとり残された男は焦りをあらわに儀式のような動作を繰り返し、何かを待つように呆然とした後、ああ、我が姫、こんなはずじゃなかった、と叫んで崩れおちた。
まるで悲劇の舞台を見るようだね。」
「実際、彼にとっては悲劇だったのでは」
アウローラが言うと、いいや、と王が呟いた。
地を這うような声に驚き見ると、王ははじめて表情を崩しており、重低音を響かせた。
「私にとっての悲劇だ。…愚か者が」
身の内から憎しみが染み出るような表情に、アウローラはぞっとして王から目をそらした。
フューセルは「よいしょおっとぉ…」という間の抜けた掛け声をあげて立ち上がると、鉄格子越しにアウローラの頭を気安く撫でて、ついでに頬を二回つまんでから元の椅子に戻っていった。
「それでね。その古代遺物の国宝「桃源郷」…本来は「神域投影」と王族に口伝されているそれがね、杜撰な管理のせいで持ち出されたとはいえ、所有権は円卓のままでしょう?
円卓内で、争奪戦が起きちゃって。白熱というか殺伐というか、もう空中分解というか。」
フューセルは大げさに両手で顔を覆い、叫んだ。
「…釈放申請を5日も無視されて、いい加減まずはアウローラ返してって円卓に乗り込んだら!
それより魔法を再現すべきだって! 誰が持つにふさわしいか決めるって!
事件のことそっちのけ、仕事もほっぽって、そればっか! 話になんないの! 僕、情けなくて泣けてきちゃってさぁ」
えーん、と棒読みのわざとらしい裏声で泣きまねを披露した父親にアウローラは衝撃をうけた。
それ、アルフレッドが甘えたいときにするやつだ。
すごい。
父親じゃ全然可愛くない。
アウローラは軽く頭を振って気を取り直した。
「円卓の混乱で政務が滞っていることはわかりました。8日間も音沙汰なかった理由も。
けど、そもそも、どうしてその件で無関係な私が勾留されたんです?
そして早々に流刑が決定している理由も、今のお話では説明になっていません。どういうことですか?」
「…そもそもが人違いだ」
王が言った。抑揚も感情もない声だった。
「冤罪なのは自分でもわかっているだろう。
アンナが…あの娘が自分を王太子妃だと主張したことはない。だが周りは娘を王太子妃として見ていた。
全て小僧どもの仕業だ。
貴婦人のありかたとしてみれば、娘の言動は全てふさわしくないと判断されるだろう。裕福とはいえ平民の産まれだ、所作など知る術もないのだから仕方ないことだ。
…教育すれば、あるいは誰より本物の素晴らしい王妃となっただろうに」
「えええぇ…。
ああ、ええと、つまり…本人は自覚せずわたくしの偽物をやっていたってことですか?」
「周囲が勝手にアンナをお忍びの王太子妃と誤解したのだ! そう言っておろう! 愚鈍な小僧どもの紛らわしい言動のせいでな! 偽物などと…アンナの価値は本物だった。二度と口にするな」
アウローラは急にどっと疲れてきた。深いカーツィで顔を伏せ、表情を隠す。
「…無知をお許しください、陛下。御心のままに」
「許す。が、心せよ」
「御意」
お決まりの謝罪を終わらせ、アウローラは椅子に座りなおす。
「…お父様。わたくしは、紛らわしい言動をしたという貴公子たちと面識がありましたか? お会いしているとしたら考えられる機会はデビュタントの夜だけですが、あいにく覚えがありません。
何故、彼らは商人の娘とわたくしを混合させるような真似をしたのか疑問なのですが」
フューセルはおもむろに告げた。
「その娘、坊ちゃんたちから我が姫と呼ばれて愛されていました。
それはそうと、アウローラの愛称あるでしょ。」
「はい。」
「前王がもたらした恵み。新種の芋、その名もワガロティルモ。通称ワガ。はい、君の愛称は?」
「芋姫ですが。…、…ワガ姫? 我が姫! うそでしょ、そんな阿保な誤解ある?!」
「あったんだぁ、これが。誤情報が拡散してコントロール失っちゃって、まいっちゃうね!」
アウローラは泣きそうになった。
そして、忙しさにかまけて離宮から一歩も出なかったことを初めて後悔した。
民は王太子妃の今の顔を知らない。
出回っているアウローラの湿板写真は結婚当初14歳の一種類のみだ。
王太子が成人していない以上その後のアウローラに撮りなおす機会などなく。
夫が未成年ゆえに正式な公務は免除されており、公式に顔をさらす機会もない。
「そんなわけで、今、世間では、男を侍らし愛憎劇を繰り広げ、いたいけな商人を横領で死罪に導いたあげく投獄、脱走し魔法のように消えた女というのは、前王家の忘れ形見、お忍びが大好きなワガ姫ということになっている。
それだけであれば、実際に別人だし、少しでも知っている人間は冤罪と判断できている。証人も豊富だし、そもそも無理がある話だからね。
アウローラの投獄も、伝達ミスと私情による円卓のスタンドプレーだ。
失踪した娘を確保せんと躍起になる面々の隙をついてね。
横領犯とはいえ元は同胞、せめて愛娘の処刑くらいは時間かせぎしてやりたいという思惑と、本当にお忍び姫の噂を信じ込んだ安易な誤解が合致して早急な逮捕状が発行された。
すぐ抗議したから誤解のほうはスムーズにとけたんだけどね。
それで後は円卓の公布を待って冤罪を晴らす手筈だった。アウローラもすぐ離宮に戻れるはずだった。
でもそれは、全て円卓が正常に機能していること前提の話だ」
当主は肩をすくめた。
「煮えた頭の面々をなだめたり、規律や情報の精査の重要性を説いたり…僕が円卓のお守りにかけずりまわっている間に、なんと魔法という少女垂涎の夢ある存在が現実に」
「お父様」
「いや、からかうつもりはなくて、幼いアウローラを思い出して……はい、そのとおりです。それどころじゃないです。ごめんなさい」
こほん、と空咳をして、当主は続けた。
「…魔法が実在すると判明した。そして円卓のメンバーならば誰もが等しく所有権をもつという事実が内部崩壊にとどめをさした。
もはや今の円卓は倦怠期を迎えたつがいの竜のごとく。殺伐として冷戦状態。政務どころか、きっかけさえあれば殺し合いかねない。
だけど、王太子妃アウローラの処遇について、それだけは早急に流刑と決まった、満場一致でね。とても手際が良い。まるで共通の狙いでもあるかのように。何故かといえば?」
「円卓の共通の利害…魔法ですか? 「神域投影」は今、起動不能の状態ですよね。ええと、もしかしてわたくしに魔法を再現させようと?」
「正解。いやになっちゃう」
「確かに再起動は旧王家の女性が担うと聞いています。
降嫁の際の儀式で、それにより、何かしら王家独特の能力を失うとも。
方法も教わっているので可能だと思いますが…濡れ衣を晴らしてから、改めてわたくしに再起動を依頼するのが筋では?」
「今の円卓は本物の魔獣の集まりだ。
体調不良から魔獣化していた四歳児のほうがまだ意思疎通できていたよ。
おかしい要求を訴えるばかりの赤子もどきが権威をもって口も達者で手に負えない。」
「……なるほど」
円卓の平均年齢は確か五十代。それでも赤ちゃん返りするんだ。知らなかった。アウローラは切ない思いで頷いた。気を付けよう。
「それにしても、なぜ流刑なんです?
確かに消えたはずの存在が王都にいては、今の国にとって都合が悪いでしょうが、離宮で謹慎にすればいい話では。私が出不精なので、これまでと変わらないですし。…それとも離宮へ流刑するという意味ですか?」
何だかしっくりこないな、と首をかしげるアウローラに、当主はふっと笑った。
一瞬らしくない表情になった気がして、アウローラは父親を改めてよく見た。いつもどおりだ。気が抜けるようなへらりとした笑顔。…気のせいだったかな。
「…そろそろ行こうか」
父親は立ち上がる。
王もゆっくり立ち上がり、懐から鍵を取り出すとフューセルに差し出した。
受け取ったフューセルは鉄格子の扉をあけ放ち、アウローラに言った。
「おいで、アウローラ。魔獣どもが暴れる姿を一緒に眺めに行こう」
王さまは攻略対象(イケオジ枠)。物語開始前にすでに堕ちてるチョロおじ。