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04 芋姫さまの混乱

 「…アウローラ?」


独り言をしたきり黙り込んでしまったアウローラを、王太子は困惑して見上げた。


不安げな視線に気づき、慌てて「大丈夫」とうなずいてみせる。


 「ライリーはレルムの居場所を知っているかしら? 聞いてみてくれる?」

「ライリー…」

「は。第一隊の近衛所属、離宮警備隊「元」王太子妃専属護衛官、騎士爵レルム卿は、ただいま平民牢にて謹慎中と」

「…捕まっているの?!

 元って…降格? まさか除隊じゃ…あのレルムが!?

 あの温和な人が何をやれるっていうの…しかも平民牢?! 子爵家の三男を?!


 もう、何もかもむちゃくちゃじゃない!」


 利用価値があって王家に嫁がせたはずの王太子妃を勾留する。(偽物のせいと明らかなのに)


 次代の円卓にして次期王たる王太子を城へ連行し、ひとりきりで軟禁する。(脱走してこんなとこいるけど)


 代々軍属で名をはせる辺境一族の出で、離籍した際に騎士爵を相続し、15歳から今に至るまで「剣豪」の称号を譲らぬ品行方正な若き精鋭を、わざわざ平民牢に留置する。


 おまけに高貴な囚人の無聊を慰める世話係を兼ねているはずの貴賓牢の看守は、その暗黙のルールを知らされないまま杜撰に配置されている。


 よく考えれば、司法官憲が直接出向いて逮捕することがあるなんてアウローラは聞いたことがない。

正しく兵が配属されていないことも含めて、どれも明らかな秩序の破綻だ。


(…想定外なことが連続して起きた?

原因はバラバラに事件か事故かが連鎖していて、もしや誰も、円卓ですら場のコントロールができていないのでは。

だから公爵家も混乱を収めるべく、かん口令を敷くしかなかった…?)


アウローラは途方に暮れて浅く息を吐いた。


唐突に起こり、速やかに成された政権移譲で、王政から議会制へ統治方法が替わって今年で19年。

この国の不安定さに気づいているつもりで、本当の意味ではわかっていなかったのかもしれない。


「…どうなってしまうの…」



 政権移譲で、旧王家は解体された。


といっても長く独身を貫いた王以外に直系王族はひとりしか残っておらず、そのひとりである王姉はすでに公爵家へ下賜され、王籍を離脱して久しい。

 つまり王が離宮に蟄居したことで、記録上、王家は途絶えたといえる。


 しかし国民が望んだのは飾りの王を戴く議会制国家だった。

 王国の名は変えたくない。

 形だけの王が必要。

 そこで遠い傍系王族といえなくもない血筋の高位貴族が新たにそれを名乗ることで、王国としての対面を保つことになった。


 これはクーデターでも革命でもない。

絶対王政を排することで特権階級からの理不尽を排し、貴族平民の区別なく意志を尊重できるよう議会制に切り替える。

 我らのその信念に旧王家が応えた結果である、というのが円卓の主張だ。


 旧王家は円卓の理念に賛同し身をひいたのだ。


 故に円卓は絶対正義の象徴である。




 現王と貴族ら、そして名誉市民で構成された通称「円卓」は、アウローラの産まれた半年後に制定され、国の明日を決める議会として華々しく誕生した。


 今は前王朝を打倒した初期メンバーである貴族と商人で構成されている。

公爵家は加担していなかったため議席をもたない。

しかし代替わりの際はそのつど血筋によらず優秀な人材を選出するとしている。


 高位貴族である現王すら特別扱いはなく、ひとつの議席として数えられ、後はほぼ下級貴族と、援助を行った商人たちが名誉市民の称号を受け、その席の大多数を埋めていた。


 円卓討議法により何でも決める。

議席の数の多さで決める。

彼らの発する公布があれば、法律も変わる。

税も変わる。ほんの少しずつ上がったり、種類が増えたり。


 個別対応も円卓の仕事だ。

困りごとは仲裁してもらえる。減税や免税もしてくれる。

 そのための煩雑な書類を整えてからも、百戦錬磨の受付が機械的に行う水際作戦とあの手この手で戦い手続きをする必要はあるが。

 さらに受理日が記載された申請書の控えを必ず受け取り、丸裸になるほど詳しく生活の詳細を記した日報を定期的に提出し、辛抱強く待つことも大切。

そうすれば、早くて来年再来年あたりには、円卓から回答が届くんじゃないかな。


多分。


だといいね。



 そんな何でも自分たちで決めたがる円卓は、常に喧々囂々としていて、しかし発言権は全員が同じ価値とされているために、決定までにとても時間がかかる。

平民に対する増税以外は亀の歩みのごとく。

ようやく公布に至っても「すでに手遅れ」がざらにある。


 発足当初はそんなことはなかったそうなので、まぁ…人間関係って常に円滑ではいられないよね。

欲や思惑が絡めば特に。


 発足当初の円卓は、結束固く、理想高く、斬新で画期的なシステムと諸手を挙げて国中でもてはやされたという。


だがその評価はわりとすぐ覆される。


 愚かとされた前王(優秀な研究者だが寡黙で人当たりが悪かったらしい)を排し、満を持して円卓が公布した政策は、短期的にはそれなりの成果を出したが、しかし、それによって密かに貧富の差を広げてしまったのだ。

 目立たずとも循環していた経済はじわじわ鈍化し、物価は上がり続け、首を真綿で締められ続けるような息苦しい生活に、平民は不満をつのらせていた。


 うっすらと不安を内包した国内で高まるのは前王朝への郷愁。


 あの頃はよかった、が流行語になりつつある頃、離宮で蟄居していた前王がはやり病で亡くなる。


 おりしもその年は、彼が王であった頃に指揮していた主食になりうる穀物の品種改良がその成果を表し、たぐいまれな豊作を招いていた。

 郷愁は、憧れを超えてとうとう執着のような切羽詰まった空気を国内にもたらした。


 それにより、円卓はアウローラを王太子に添わせる決断を下した。


 アウローラは正統な直系王族の血を継いだ、最後にして唯一の適齢女性だったからだ。


 政権移譲の前に公爵家に下賜されていた王姉が当時すでに妊娠後期であったため存在が記録に残っていたのだ。

無事に産まれた暁には性別問わず、独身であるアレイン王の養子になる予定でもあったという。


 世が世なら王太女。


由緒正しい王太子妃の誕生を、平民は歓喜をもって祝福した。


 せっかく排したはずの古い血、それが今更、未来の円卓の席に混ざることを厭う円卓の本音を知ってか知らずか、ほんの少しだけ景気が回復し、新たな穀物の恵みを王太子妃になった少女と結び付け、アウローラは芋姫の愛称を得ている。


いや、いいんだけど。

この新種の芋、美味しいし、いいんだけども。


それを知った当事者たる年頃の娘として…もうちょっと何かこう…、


 アウローラの脳内は、明らかな現実逃避をはじめていた。



 賢い王太子は、呆けてしまったアウローラを見て、悟った。

自分がしっかりせねば。



「ええと、ライリー。これからどうなるか教えて?」

「…は。自分は、噂でしか存じ上げませんが」

ためらうようにいったん言葉を切った牢番は、しかしアウローラを見据え、一息に告げた。


「円卓は、一連の事件をまとめて尊きお方の罪と断定、明日の朝、刑執行を公布する予定、と」


<アレイン王>

前王。故人。アウローラの母方の叔父。

かなり頭がよく未来を長期的に見据えており、年単位で具体的な計画をたてて50年後の国力の底上げを狙って色々仕込んでいたが、口下手が過ぎて周囲への理解を得る工程を省きまくったため、姉一家以外の中枢にいる貴族は誰も彼がやっていることの意味を理解できなかったのが敗因。

食料自給率をあげる目標のため穀物の品種改良が専攻であるものの、他国がもつ概念である栄養学や、初等教育の義務化、医療技術などなど広く興味をもち、国の発展に力を注いでいた。

友達がいないタイプだが、研究者同士の人脈は広いし信頼関係も強い。

彼が蟄居後も、公爵家の援助により多方面で開発研究実験が密かに行われていた。

数年ごしに成果がどんどん現れて次々に申請されているものの、公布待ちのまま長く公表に至れていない新技術が多数あり、今の国の闇深さが垣間見える。


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