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25 当事者だった君らは後は蚊帳の外でお幸せに!(完)

これでひとまずおしまいです。


「妃殿下専属護衛官レルム! 戻りました!」


「…なんでボロボロなんだ、お前。

それに、やたら早いが…馬車で行ったんだよな?」

「はい! 後で侍従の方と一緒に馬車も届くと思います」


「なにやらかしたお前」


その言葉とともにサージェント隊長はげんこつを見舞った。先にお仕置きしたほうが、話のすすみが早いので。


「お借りした馬車、4頭立ての豪華な物で凄いですが、遅くて驚きました。おれ、行きは我慢できたのですけど、帰りが辛くて。早く妃殿下に会いたかったから、一頭を馬車から外してもらったのです。(くら)がないって止められましたけど、なくても乗れますからね。単騎で駆ったほうが早いし」

「恰好を忘れたか…鳥頭め…。貴公子は鞍なしの単騎で出かけたりしない」

「そうらしいですね。でもおれは乗れるので。それで、外してもらったもののその子があんまりおれの事好きじゃないって言いだして、乗せてくれなくて」


「…え、あの人、馬語わかるの? 馬なの?」ライリーのつぶやきに、「レルムは確か馬じゃなかったと思う…」と自信なさげに答えるアルフレッド。


「雄馬だったんで、「話し合い」をして分かってもらえたわけですが、まぁ…こうなりますよね」


髪は乱れ、服はところどころ糸がほつれ、袖に至っては分離しかかっている。ベストは無事だがトラウザーズは泥にまみれて、はやりの刺繍はもはや見る影もない。


サージェントは目を閉じた。


「男同士の話し合いをしたなら…まぁ。そうなるな。仕方ない。手紙は渡したか?」

「はい!」

「よし、任務完了だ。よく帰ってきた。偉い!」

「ありがとうございます!」

「着替えてこい!」

「はい!」

改めて敬礼し、レルムは湯殿へ去って行く。もはや誰も案内をしない。


「…あの…閣下…監視役は軍用犬訓練士で…、だから安心って言っていたのは、あれは…」

「全然意味なかったみたいだね!? 考え甘くてごめんね!?」

ライリーの問いに、フューセルが顔を覆って謝罪した。そしてそのまま新たな紙を手繰り寄せる。侍従は羽ペンをそっと当主に渡す。

「念のため、市街の治安に変化がでたか調査を依頼するよ。馬車が戻り次第、報告を聞いて、何かわかれば公爵家で補填をすると約束しよう。…でも、多分、安心していいよ…あれでも軍人だから、隊長に報告しなかったなら本当になんもなかったのだと思う」

「はぁ…なるほど」


ライリーはフューセルの顔をみた。視線を感じて顔をあげたフューセルが「なぁに?」と小首をかしげるのをしげしげ眺め、「…失礼ながら」と言い出した。


「貴族さまってもっと怖いと思っていました。閣下は…おれは忠誠というのが何か正直わかっていませんけど、おれも閣下がおれたちの王さまだったら全力で守りたいなと思います」


「…ライリー君まで。心配になってきたな。いいかい、権力を甘く見てはいけない。アルフレッド殿下の傍にいれば、甘い顔した有象無象が君の関心を惹いて利用しようと企むだろう。気を引き締めておくれ。僕が生きているうちしか守ってあげられない」

きっぱり言い切って、フューセルはまた書き物に戻った。


ライリーは心の中でだけ(そういうところが、なんですけどねー…)と叫び、現実の口はそっと閉じた。





 第一礼装を身に着けピカピカ色男となったレルムが湯殿から戻ると、虹色の光を放つ妖精女王オルテシアが、座ったまま、手を前に伸ばしてふわりふわりと動かし、時々に浮かした指で撥ねるようなしぐさをしていた。

新しい踊り? と内心で首をひねっていると、サージェント隊長から「話すな」と「来い」の手信号が送られたので、従う。


「どうかな、いけそう?」

フューセルの声に、オルテシアは前を向いたまま頷いた。

「ええ、いつでも発動できるわ。なんだかね、あちらの世界の時間を巻き戻せるみたいなのよ。アウローラが送られた直後に時間を戻せたから、そのタイミングで一時停止してあるわ。


 今は暇つぶしに細かな設定を触っているだけよ…あの子にたくさん食べてもらいたいから…土壌改良の項目を許可すると、あちらでどうやら作物がよくとれるようになるらしくて。


 どうせなら美味しい物を…この品種改良と技術発展の項目を段階的に許可って指定して…水の循環も……、あ、災害発生レベルという項目が上がったわ。これってちょっとよろしくない気がするわ。

どの許可が影響したのかしら…これね、じゃあこっちは…」


独り言をブツブツ言いながら石板に夢中な妻に、フューセルは笑って言った。

「うーん。わからない。順調ならまあいいや」


オルテシアは石板と空を交互に見つめながら頷いた。

「順調よ。いつでも中に居るアウローラに荷物を届けられるわ」

「その後に狂戦士くんを届けよう」

オルテシアは「…狂戦士?」と首をかしげ、ああ、と頷いた。

「レルム卿のことね。一瞬、本物のほうかと勘違いしちゃ…え、そうなの…!?」

もしやいつの間にか娘が彼と結ばれていたのかとうろたえて夫をみれば、それに気づいたフューセルが慌てて両手を振って否定した。

「いやいやいやっ。ないっ。ただのあだ名っ。そう呼ぶとあの子(レルム卿)が喜ぶから、つい口がすべってしまったが、ありえない!」

「そ、そうよね…一応既婚者だし…白い結婚だけど…アウローラは真面目だから、妃を名乗った瞬間からそういう視点を捨てているようだし…」

「そのとおり。だから、真面目な彼の片思いがこじれているし、何年たっても相棒とやらから進展しない」

フューセルがふっと遠い目をした。「…不憫だよね。良いことだ」

オルテシアは、夫の複雑な父親心に理解の頷きをかえしつつも、ふと思いついた。

(あら…でも、今後はわからないわ…あっちの世界では身分なんてないも同然だし…アウローラはよく楽しそうに彼の話をしてくれるし、相性がよさそうなのよね…あら、あらら…?)


「…可能なら、ぼくたちも一緒に行きたかったね、ここに」

フューセルのつぶやきに、ぎょっとしたのはサージェントとライリー。

「…ぼくも」と口の中で呟いたのはアルフレッドだが、それは誰の耳にも届かない。


軍人ふたりから驚愕の視線を受けたフューセルは「冗談だよ」と笑って軽快に嘘をついた。そして妻に尋ねる。

「遺物の中の世界は楽しそうかい?」

「ええ。アウローラが世界に降りたとき、あちらの世界のひと…?が、少し離れた位置にたくさん集まって迎えてくれたのよ。まるで女神降臨を喜ぶ民衆みたいな雰囲気で。

それから、ひと…?とは違う、ちゃんとした人の形の…そうね、アルフレッドさまくらいの年の綺麗な男の子が近寄ってきて、アウローラに何か言ったみたい…アウローラが困惑しているわ。…でも、何だか、そう。楽しそう…」

「ぼくもみたかったなぁ…君にしか見えないのが残念だ。声は聞こえないんだよね?」

「ええ」

「残念。まぁでも、その光の中に、アウローラが動いている姿が映っているわけだ…「神域投影」かぁ…」


フューセルが思いを馳せる目をして言った。「あながち本当に神の領域に通じていたりして」


「そうすると、このひと…?たちが神さまなのかしら。ザリザリでポコポコしていて愛らしく見えなくもないわ。あのギザギザも威風堂々と…思えなくもないような…」



「あの…さっきから尊きお方が、ひとに疑問を覚えているようですが…一体、どんな生き物がみえていらっしゃるんです?」

ライリーが不安に耐え切れず口をはさむと、サージェントが肩を軽く叩いて宥めた。

「尊き方々にしか見えない景色がある。無心になれ。…あと良ければレルムを抑えるのを手伝ってくれないか。少しでいい」


ライリーがサージェントを見れば、彼は片腕でレルムの顔面に裏拳を入れて、物理的に歩行を阻んでいた。

慌ててライリーがレルムの腕を掴むものの、触った瞬間に諦めた。


あ、こいつ強いわ。無理。


「隊長、着替え終わりました。あっち行きたいです」

「待て。荷物は全て持ったか。よし。髪を整えろ。…いいだろう、後ろを向け。…ゆっくり回れ。…合格だ。礼儀を弁えるなら、行ってよし」

「はっ」

喜び勇んでレルムが一歩踏み出すと、またサージェント隊長が「レルム」と呼んだ。


振り返ると、なにやら初めて見るほど気の緩んだ表情をしている。

あれ、と疑問に思う暇もなく、サージェントは口を開いた。


「妃殿下は、あちらの世界では妃殿下ではない。ただの女の子だろうな」


「ただの女の子」復唱したレルムがそのまま固まる。


耳の先がじわじわ赤くなっているのに気づいて、サージェントはニヤリと笑って追撃した。

「お前はなんと呼びかけるつもりだ?」


レルムは黙った。脳内はフル回転している。ごくりと唾を飲み込んで、口を開きかけると「待て」とサージェントに止められる。

「直接言えばいいだろが。知りたくねぇよ、部下の私生活なんざ」


真面目一辺倒の隊長に珍しくからかわれたと気付き、レルムはあっけにとられた。

サージェントが声をあげて笑い、早く行けと手を振るので、そのまま従う。


(あんな風に笑う姿を見るのは初めてだ。えくぼできるのか、隊長って)


強面のえくぼって需要あるのかな、と絶妙に失礼なことを考えつつ、足を進めれば、一歩ごとに脳内がアウローラのことでいっぱいになっていく。


(妃殿下に会える、やっと会える。あ…妃殿下じゃないって…どういう意味だろう? …まぁいいか、後で説明受けよう、とりあえず会える会えるやっと会える!)


公爵夫妻の傍に近づくと、会話が耳に入ってきた。


「…かい? 王国が成立してすぐ…ざっと千年以上前の石板だろう。ここまで完全に形が残っていることすら、ぼくは不思議だけどね」

「そうよねぇ。凄い技術なのはわかるけど、目的はさっぱりわからないわ。女性の魂を鍵にしてまで、内包した世界に外から干渉する道具を生みだした理由…古代人たちはまるで神の立ち位置から創世記を再現しようとしたとしか想像つかない」

「世界は動かぬ箱庭にしてまず女神が降り立ちてのちすべてが動き出した…っていう? だとしたら僕らのこの世界もまた石板の中だったりして」

「あるいは鉄板かも。そして光る透明なガラスに映し出されているのよ」

「ああ、そういえば、任意の角度で歪ませた極薄い硝子板を作り出す技術が考案されたのに、円卓の公布待ちで開発が止まっていたんだっけ」


「閣下、発言の許可をいただきたく…!」

礼儀を弁え、夫婦の会話が途切れるタイミングを待っていたレルムだが、しかしなかなか終わらず、仕方なく声をかけた。


フューセルとオルテシアが顔をあげ、レルムを見て、「おっ」「あら、すてき」と目を見張る。

「うんうん、いいね、素晴らしい。我が国の軍服は他国でも評判だからね」

「あなた自身もすてきよ、レルム卿。どうかアウローラをお願いね」


レルムは力強く頷いた。

「一生お任せくださいっっ!!!」


「…すごく嫌だ。しかし…頼もしいな…腹たつな」フューセルが半眼になる。


オルテシアはふふふと笑い、ひとつ息を吐いてから祈りを込めはじめる。光が沸き立ち、どこからともなく音楽が流れだす。たった一回、これきりの魔法に惜しみなく力を捧げ、オルテシアはローテーブルの上に入口を生みだした。


「…ふむ。まずは試しに」

その不思議な入口はフューセルたちにも見えた。ぼんやりと黄色く光る環の中心に、片手の手袋を差し入れる。

「消えた。どう?」「届いたわね…上から降るみたい…あら、アウローラの頭に乗ったわ」

「じゃあもう少しだけずらそうか。…どう?」

大きなオモニエールを環のはしに触れさせるとすっと消える。


「ふふふ、いきなり大荷物が現れて、ゆっくり空から降ってきたから、みなさん慌てているわ」

「よし。どんどん慌ててもらおう。全部いくよ」


フューセルの合図でせっせと箱や鞄、木箱を光の環に触れさせていく。途中からサージェントらも手を貸しはじめ、総出で荷物を運んでいく。


「レルム卿はだめよ。汚れてしまうから。そのまま立っていてちょうだい」

「はっ」

手持ち無沙汰だが待機を命じられたので従う。そのまま周囲が忙しなく動くのを眺めていると、アルフレッドがちょこちょこ歩いてやってきた。


「あのね、レルム…、…なんでもない」

「? 殿下、どうぞ」

レルムが腰の飾りポケットから板飴を取り出すと、包み紙を剥がしてアルフレッドの口元に差し出した。

「平民牢で頂いたお菓子のお礼です」

「…っ」アルフレッドが開けた口に、レルムが慣れた手つきで飴をいれる。


ほおばる自分と目を合わせ、レルムはいつものように微笑んでくれた。柔らかく、優しげに。満足そうに目を細めて。


「…ありがとう、レルム。僕、手伝ってくるね」

「はい。お気をつけて」


背中を向けて、アルフレッドは少し泣いた。そして、覚えておかなくてはと思った。

口の中の甘さも、貴重な砂糖をあえて焦がして黄金色にした板飴が己とアウローラのためだけの手作りだということも、その笑顔も、強さも、己の罪も、全部。






「よし、おわり。さぁ、レルム君。そろそろ準備「いけます!!!!!」…うん。だね」

「公爵閣下の発言に声かぶせるって…よくやれるな、本当に…」ぼやくサージェントはもう叱る気がないらしい。ライリーは恐る恐る男を眺めた。


 式典で遠目にしか見られない正装の軍人が目の前にいる。

その色は真っ白に染め抜かれ、細かく柔らかな毛羽立ちが一方向に流れており、近くでみると上品な光沢を放っているのがわかる。首元や袖の折り返し部分には、金糸の刺繍とともに黒いラインが入っていて、色違いの布と思いきや薄く編まれた金属だったのでライリーは驚いた。(へー、そうなんだぁ)と思いつつ視線を上げれば、制帽は服と同じ布に金糸の刺繍、黒い部分はやはり金属。(はぁーっ、なるほどねぇ)と感嘆のため息がてら制帽に飾られた部隊章を眺める。ふと階級が気になり胸元へ視線をやれば、そこに輝く勲章は「剣豪」だった。ぎょっとして改めて全体をみれば、自然に立っているだけのようで隙がない。その歴戦の勇者のような風格に圧倒されたライリーはとうとう声をあげた。


「…かっけぇぇぇ」


「見た目に騙されるな。あれの本性は全裸コートだぞ、忘れたか」

即座に繰り出されたサージェントの忠告に、すん、と我に返る。

「思い出しました」

「正気に戻ってなにより」

サージェントが隣で頷く。


 最年少の部下だ。

 サージェントからすれば、軍服が映えるにはまだまだ肉付きが足りない。

 育て足りないまま門出を迎える部下への寂しさのような感情がサージェントの中にも芽生えて「…こないな! 清々しい!」

 睡眠時間を削ってまで詳細を記した服務規程違反審査請求書の枚数たるや、もはや本になる厚みだ。あれほど望んだ除隊がすぐ目の前であり、サージェント隊長の笑顔は最大限に輝いていた。


 そして、時がくる。


オルテシアがにこりと微笑み、レルムを促した。レルムは敬礼し、そのまま流れるようにローテーブルの光の環に向かう。



 音もなく床を蹴り、体重を感じさせない軽やかな動きで跳んだ白い軍人は、次の瞬間、夢のように消えた。


「…おー。迷いなく行ったね。どうしている?」


フューセルが聞くと、オルテシアが空を眺めて「あらあら、まぁっ」と顔を赤らめ微笑んだ。


「輪の中心に乗っちゃったのね。アウローラの真上へ現れているわ。


あの子もどかずに両腕を広げて…受け止める気でいるのね、アウローラ。

まるで、恋物語の舞台のプロローグのようだわ」


(完)


読んでくださってありがとうございました。


 冤罪を負うことで当事者になったお姫さまは、戦いも足掻きもむなしく、特権階級という柔らかなベッドの上から、身一つで蚊帳の外側の別世界に突き飛ばされました。


 国の中枢を虐殺し新たな当事者になった護衛官は、何一つ知る権利なく、仲間である面々から蚊帳の外におかれたまま、こちらは喜んで愛する主のもとへ向かいます。そこがどこであろうとお構いなしに。

 

こちらの世界に残った問題のあれそれ全ての話は、もはやふたりにとって「蚊帳の外」。


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