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17 何を言おうと成し遂げようと、邪魔なのは変わらない

王の判決が下り、円卓の視線がアウローラに集中する。


手をゆるめたフューセルから一歩後ろに身をひいて、スカートの上で乱れた飾りレースを軽く払って直すと、アウローラはカーツェとともに「恐れながら」と口を開いた。


「こちらの遺物を、みなさまは桃源郷とおっしゃいますが、わたくしは寡聞にして存じません。どこでその名をお知りになったのでしょうか」


困惑したようなアウローラの声音があたりに響く。


「そもそも旧王家の口伝に、そのような名の古代遺物は存在しません。

こちらの遺物は、降嫁の儀に際してのみ飾られる祭具、その名を「神域投影」として伝わっております。政権移譲の際に国宝もまた移譲されました。

円卓の決定による実質的な没収だったと聞いています。

没収時点では桃源郷という呼び名はされていなかったとも。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のか不思議です。

そもそも、」


息を吸って、アウローラは声を張り上げた。母親の説法を彷彿とさせる、説得力のある技法を駆使して。


「わたくしが王太女などとはありえないことでございます。産まれる前に予定され、そしてまた産まれる前に取り消された話を、とうに存在しない地位をいきなり持ち出して公式に適用するというのははたして道理に副うものなのでしょうか。」


高くのびやかな娘の声は、出入口の半ば開いた扉を通して(貴婦人が入室中は扉が完全に閉められない)円卓の外にも流れ出た。


「再起動はかまいません。儀式をお望みならば従いましょう。何かしら能力をなくすと伝わっており、足の不自由な母を思えば怯む気持ちもありますが…失うものが生活に支障がないような能力であることを祈るほかありません。


 しかし、わたくしは王太女ではありません。

わたくしは生まれながらに公爵家の娘であり、そして今はアルフレッド殿下の妻、正式なる王太子妃です。

王太子とはアルフレッド殿下おひとりのこと。


円卓のみなさまにおかれましては、どうか設立当時の理念を思い出していただきたく存じます。

世の不条理に目をそらさず、奮い立った正義心は、その崇高なる意志は、理不尽な冤罪を是とするものなのでしょうか?」


 円卓が静まりかえる。フューセルが周りを見渡せば、円卓の中には、目が覚めたかのような表情をして硬直する者もいた。


 流れが変わるぞ、と気づいたフューセルが畳みかけようと口を開いた、そのとき、


「この場で重要なことは、国宝の名でもそなたの敬称でもない。国宝が再起動できるか否かだ」


王の重低音が、この場に強く釘をさした。「やるなら早くやりたまえ、前王家の娘」


 円卓の空気はまた欲に高揚したかたちに戻った。しかし中には、広場から目をそらし考えこむ者もちらほらと存在する。流れは変えられないものの、幾人かは正気に戻ったのかもしれない。


 アウローラは王と円卓にカーツェをして、ゆっくりと足をすすめる。フューセルが護衛のような立ち位置で後ろに付き添う。


台に近寄り、アウローラはそこに置かれた「神域投影」をまじまじと見た。


初めて見る。


特徴は母が言っていたとおりだ。ただの古びた石板にしか見えない。


アウローラの両手を横に並べたくらいの大きさであり、石全体にうねった長い髪の少女らしき肩までのシルエットが大きく彫られ、その唇にあたる位置に小さな宝玉が埋め込まれている。美しい緑の石を銜えた少女のモチーフだ。


視線を感じたアウローラがちらと顔をあげて、王を見た。いつもどおり黙って眉間にしわをよせ、王はたたずんでいる。


「早くやれ、こちらも暇ではない」「そうだ、今すぐ流刑にしたっていいんだぞ」どこからか円卓の声が降り注ぐ。

たまりかねてフューセルが叫んだ。

「静かにしていただきたい。娘の集中を故意に乱す真似は妨害と同じ…」


「うるさい、旧王家の犬ごときが喋るな」「そうだ、黙れ。オルテシア姫の愛玩犬め。横からかすめとるように下賜をうけたお前をおれはまだ許しておらん」「俺だってそうだ」

「かの憧れの君を、お前ごときが…」「娘の顔は父親似だな…残念だ」「何故つれてこないのか、気が利かないな。どうせなら今も噂にのぼる美貌をこの目で見たかった」「今はそれどころじゃないだろう」「どうでもいい、早くやれ」「流刑だ!」


円卓は発言の重みを考えられなくなっている。


アウローラはぞっと背筋が冷えて王から目をそらした。


そして、深く息を吐き、気を鎮める。台の上へ手を伸ばし、宝玉に触れる。そのままかつて教わったとおりの所作で古語を唱えたあと、目を開けたまま祈りをささげた。


 埋め込まれた宝玉が光りだし、それを見た円卓がどよめいた。


光は少女の口元から顔の輪郭にそって色を様々に変えて線状にのび、うねる髪の細かな凹凸を覆ったあたりで光を強めた。石板そのものが虹色に光りだすと、上に白い光をのばしはじめ、空中に巨大な光の板を生みだし、静かにその変化を終えた。


 アウローラは目の前に広がる白い板をしばらく凝視してから、おもむろに虹色の石板をちょいちょいと触る。埃を払うようなしぐさだ。そして、宝玉に触って祈りを捧げると、ふっと光が一瞬にして消える。


アウローラは円卓に向き直り、カーツェをした。


 「儀式を終了いたしました。これで発動可能になったことでしょう。」 





「…終わり?」「なんだ…地味だな」「これこそまさしく魔法だ! なんだ、あの光は? どうなっている!?」「光っているときに近くで見たかったな…あれを複製することができれば売れるかも」「確かに桃源郷のように美しいが…期待していたほどでもない」「いや、城の中庭で発動したときはこんなものではなかった! あれが見たい!」「しかし、そちらを再現すればまた力を失って、ただの石板に」



「…待て」


ざわめく円卓に、王の声が響いた。


「…再起動された、と、どうやって証明する? 派手に光っただけだ。()()()()()()()()


フューセルが目の色を変えて王の胸倉をつかんだ。


「きさま…どういう意味だ!?」


とたん、広間の奥で待機していた城兵が素早く駆け寄り、フューセルを捕縛した。平民を取り押さえるように後ろ手に拘束し、そのままうつ伏せに押し倒して背中に膝を乗り上げる。アウローラが悲鳴をあげた。


「お父さま!」


アウローラは慌てて城兵の鎧に触れることで父親の上からどくように促したが、彼らは職務のため決して手を緩めることはない。レディへの最低限の配慮として、鎧ごしとはいえ自ら男に触れるはしたない淑女を無視することで、その行為をなかったこととする。


胸を圧迫され苦しい息のなか、フューセルはそれでも声をはりあげた。


「…光ったことで再起動を果たしたと分かっているだろう…! 約束通り、特殊流刑は無しだ! アウローラは無事に帰れるはずだ…!」


王はフューセルを見ない。父親の上から大柄な兵をどかすため、なりふり構わず鎧へ身をおしつけるアウローラも見ない。儀式さえ果たしたならば、もはや見張る価値もないからだ。


「清廉なる円卓よ。我が同胞よ。正義の心から集った我らに、ひとつの試練が訪れている。このような不可解な力を操れる()()を自由にしてよいのか否か!」


ざわ、と円卓に動揺がはしった。


()()()()()()()()()。誰にも使えない。他国ですらそうだ。この世界に魔法は()()。おとぎ話にしか存在してはならない。我らが泥臭く懸命に生きることで善き世界が保たれているのだから!


しかし、この何をしでかすかわからぬ娘を、公爵家の魔女を、このまま帰してしまえばどうなる!」


魔女。()()()()()()()。あのような奇怪な現象を起こせる異能の娘。ふつうではない。


 円卓の中で危機感が沸き起こる。王はそれを魔法でさらに煽ってやった。


「正直に言おう、わたしは恐ろしい! 好き勝手に国を操ることができる魔女をわざわざ見逃し、平和なこの国が荒れることこそが!」


 円卓の誰もがアウローラを見た。アウローラもまた、その視線に気づいて顔をあげて、あたりを見回した。


同じ人間であるはずの彼らの姿は、確かに人型であるのに、何かとてつもない迫力を放って、アウローラを凝視している。品定めではない。化け物を見る目で、アウローラを見ていた。


(…ああ)


アウローラは絶望した。


(…彼らからすれば、魔獣は、わたくしのほうなのね…)


 フューセルが必死に暴れ、声を張り上げる。しかし、王の手信号により取り押さえる城兵はフューセルの口に布を突っ込むことで物理的に対処した。


(…嘘を厭わぬ王と、はりぼての議会が運営する国)


呆然としゃがみこむアウローラを、王の手信号により動いた別の城兵が、抱えるように立たせた。


紳士として気まずい内心を職務という無表情で覆い隠し、極力肌に触れぬように配慮しながらも、王という立場へ捧げた忠誠を証明するべく城兵は迷わない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。


「同胞よ、この国の安寧を守るため、今こそわたしに勇気を与えてほしい。この魔女を見逃さぬ勇気を。国宝は民を消す道具に非ず…国賊を消すための道具として存在してほしいというこの願いに! どうかその御心をしめしたまえ!」





 そして、アウローラは消された。





王により発動された「神域投影」により、この世界から消えた。


罪人のごとく拘束されたフューセルの目の前で。


あたり一面に広がる夢のような桃源郷の光景に喜び沸き立つ円卓は、父の絶望の顔も、娘の呆然とした顔も、「あとは王姉のみ」と邪悪に嗤う王の顔すら一度たりとも視界にいれることはなかった。




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