16 生まれつきの加護と幸運がチート級…しかし保身に目がくらんでいたなら
愚鈍な前王に政権移譲を迫りフレドリクは王になった。
その際に奪った歴史資料室で「王家の魔法」の存在を知った。自分が研鑽した洗脳技術と類似する記述。
人を言いなりにして操れる力を王家は「魔法」と呼称していた。
フレドリクの中にも微かにだが王家の血が混ざっている。
自分だけが特別な人間なのだと思いきや、ただの先祖かえりだったのか。多少の落胆とともに、しかし彼は確信を強めた。
己はやはり王にふさわしいのだ、と。
しかし、魔法は女のほうが強い力を持つという記述にいきあたったとき、王姉の存在が頭をかすめて少しばかり焦った。更に読み進めて、安堵する。その当時たったひとりの女性王族たる王姉はすでに降嫁済み、つまり儀式によって力を失っていると判断できたからだ。
降嫁される際の儀式とは古代遺物「神域投影」への魔法の力の補填…魔力補填。使えば一回限りで枯渇する遺物を再起動させるというものだ。
魔力補填は、かつて圧倒的な武力で大陸を統一一歩手前まで導いた前王朝中期より代々続いてきた王籍を離脱する女を無力化する処置だと記載されていた。
ならば今の旧王家は無力なままだ。己の治世に影響を及ぼす能力を失っているとみて間違いない。
フレドリクの深い安堵、しかしすぐに微かな不安が頭をかすめる。
円卓の政治システムの運用が始まってしばらくして、王姉は娘を産んだ。
旧王家の新たな娘。
記録を信じれば、魔法を持たず産まれているはずだ。ただびとのはず。
しかし、己という例外がいる。
魔法など存在しないと信じる世界だからこそ、誰にも気づかれずに自由に魔法を行使してきた。
しかし己のような傑物が、この先もでてこないとは限らない。
フレドリクは恐れた。
己より強い洗脳力など危険すぎる。まずは手元に置いて様子見だ。その間に円卓システムを軌道にのせ、仮に娘に魔法の片りんが見えれば、理由をこじつけてでも処分してくれる。
計画の前段階として、フレドリクは円卓をそれとなく誘導し、アウローラを王太子妃にした。息子が幼いことはとても都合がよかった。旧王家の娘がこれ以上増えることはさけたい。
そうして密かに観察してきた旧王家の娘は、拍子抜けするほどただの娘だった。
父親似の顔のせいか雰囲気のせいか、面倒見がよく、近い立場の人間になるほど懐いて心を開いていく。しかしその分軽んじられやすい、およそよくいる無害な女に思えた。
そうして数年経ち、フレドリクの警戒心も薄れてきたころ、円卓でひとりの男の話題が流行りだす。
身分違いの恋。叶わぬ男心。健気な護衛。まるで「奉仕する騎士」だ、いや「妃狂い」だそうだ。
年若いのにありえないほど強い。優秀で従順だが時に誰も手がつけられないほど暴走する。
目的を達成させればケロリと正気に戻り、しかし王太子妃の平穏を乱す者を決して許さぬ護衛官、世が世なら王太女である姫のため命を燃やして尽くすとは、
まさに現代に蘇ってきた旧王家の「狂戦士」のようだ。
円卓の無邪気な雑談は、フレドリクの心をおおいにかき乱した。
背筋を氷で撫でられたようなおぞましさ。あのとき、怒鳴らずにすんだのは、円卓の場だったからだ。
フレドリクの円卓内での表向きの顔は「皆の意見がばらけすぎたときのまとめ役」である。自己主張をしないことで埋没し、矢面にたたず駒を動かす。
それこそが、彼が信じる最善の国の運営方法だ。政治は計画通りになどいかない。必ずどこか破綻しては直し、矛盾して破綻し、直したところでその頃には施策そのものが時代遅れになり、新たな施策を模索するしかない…それを繰り返すことでいつしか好い国に至る。だが、結果を待てない、認識できないのが愚かな民衆の常だ。大局を見られぬやつらは、いつか己の不満を円卓への批判にかえるだろう。
フレドリクが作った円卓とは、その日に備えて作った、民衆の鬱憤晴らしのため落ちる首の集まりだ。
民衆ごときが王の首に手が届くと思うな。たかが公爵家ごときが、フューセルごときが、この王の首の根を掴んだ気になっている。魔法が通じない、ただそれだけのことで怯んでたまるか…!
フレドリクは気持ちを落ち着けると、目に力をこめ集中した。洗脳が効かないのはフューセルのみ。円卓はまだ己の手のひらの上だ。いかようにでもできる。
「…円卓の心のままに量刑は決まる。しかし、そうだな…再起動を果たし、ただの娘であることが確認できれば流刑の必要はなくなるだろう。可能であればな。…我が同胞よ、その御心をしめしたまえ。王太女アウローラに再起動を望むか、否か」
王の重低音の後、円卓は手を掲げはじめた。掲げた手の指は一つの形をつくっている。「同意」をしめす円卓独自の手信号だ。
王は頷き、フューセルに娘を放すよう要求する。
「満場一致に至った。王太女アウローラよ、「桃源郷」を再起動せよ。さすれば円卓の慈悲が下されん」
公爵家の父娘にとっては、とんだ茶番である。
フレドリクには、狂戦士を生み出す能力をもつ女をはなから生かすつもりなどない。
王姉オルテシアは降嫁の際、儀式そのものは行いましたが、肝心の魔力補填はしていません。
故アレイン王はとある理由から生涯独身がすでに確定しており、次代が必要だったためです。
このことは王とフューセル夫妻しか知りません。
魔法を失ったあとでは魔法を継げる子が産めないため、オルテシアの魔力補填は後回しにされました。
こどもを何人か産みおわった後で、オルテシアは無力になる予定でした。
夫妻はフレドリクを警戒し、二人目以降のこどもを断念せざるおえませんでした。
故アレイン王は気難しい人。興味ある分野を黙々と研究し評価を求めないので、周囲は彼が何をやっているかもわからず、不気味で変なヤツに見えて貴族のみなさま扱いに困っていました。
自分でもずっと王に向かないなぁと思っていたところに、やたらカリスマ放つイケメンが現れ、同じテンションで親しくしてくれて(どちらも顔面が動かないタイプ)政治に興味あるって言うし、じゃあまずは大好きな姉夫婦に紹介しようという軽い気持ちで自宅へ招待したところ、あっさりさっくり好意を無碍にされちゃいました。有能でしたが、すごく人を見る目がない方でした。