14 仕組みはわからんが便利だからそのまま使って気にしないこと、わりとある
あれからレルムは痺れから立ち直ったものの、牢を破ることはできなかった。
手錠は簡単だった。パキッとちぎってポイっとした。
部屋はそうはいかない。防音のためか壁が厚いのだ。殴ってみればヒビが入ったので喜んで砕いてみるものの、その向こうに鉄板が見えたため断念した。床も同様だった。穴を開けたいのに鉄板が邪魔をする。いっぱい殴っても凹みはするがそれだけだ。
鉄格子に至っては、扉と同じだった。触れるだけでまた力が抜ける。そしてまたしばらく動けなくなる。動こうとすれば全身にしびれがはしり、瞬きですらそうなるため、早く痺れをおさめるためには目を閉じて力を抜くに任せるしかなかった。
はぁ、とため息をつき、レルムは頭を抱えたまま脱力して、目を閉じた。
(…当てが外れた)と。
主君救出より暴れることが目的になっちゃっていた鳥頭でも、ちゃんとそれなりに計画をたてていたのだ。
貴賓牢へ連れていかれたのち、そこで主君と再会したならば、を。
(妃殿下には目を閉じてもらって、そのあいだに、とっとと場の制圧をすませる。ベール代わりに俺のコートをかぶってもらって、そして格好よくエスコートをきめつつ離宮にもどってめでたし、めでたし。完璧な計画だったのにな。貴賓牢へ連行されてさえいれば…やっぱり直接乗り込めばいいのでは? まずはこの牢からでて)
演劇でもあるまいしそれでめでたしとはならんだろ、後のことはどうするんだ、というツッコミをする隊長はここになく、考えをめぐらす鳥頭レルムはだんだんと牢をぶちやぶることだけで頭がいっぱいになる。
(まずはこの牢からでる。床をもうちょい掘ってみるか。早く痺れとれるといいな…)
同じころ、レルムのいる牢の下の階、その特別房には、重犯罪歴をいくつももつ本物の罪人の男が入っていた。
特別房とは、看守の手に負えない収容人を一時的に収める懲罰部屋だ。罪人の男はそういった本来の意味で特別房を使う常連だった。
今回は左右の牢の収容者を同時に煽り、喧嘩をさせたことが理由だ。
それは凄まじいまでの騒動で、退屈しのぎに最適だった。
なかなか楽しめた、次もやろう、などと満足げにのたまう男を、据えた目の看守が無言で特別房に放り込んだ。
多少力が抜けて痺れるとしても、防音室のシンとした無音、圧迫すら感じる独特の空間であっても、罪人の男は平然としている。
だが、この日は違った。
天井から破壊音がとどろいたのだ。罪人がぎょっとして見上げると、幾度もその破壊音は起こり、天井が心なしか揺れたように見える。まさか、とよく見れば、やはり天井は確実に揺れている。石造りの天井が。
罪人が凝視しているなか、天井はパラパラと粉がおち、ヒビが入り、とうとう砕けた。降り注ぐ大小の石の破片から、男は必死に逃げまどい、辛うじて大丈夫そうな位置を探しだすと頭を守りながらうずくまった。轟音は続く。まるで上の階で魔獣が暴れているかのようだ。
ごくり、と息をのんで、罪人はそっと顔をあげた。
気になって天井をみてしまう。怖いのに。
天井の大穴だが、奥が錆びかけた鉄板で塞がっていて、鋭い音は続いているが、それ以上は壊れなさそうだった。
「…へっ。驚かせやがって」
怯えて無様に丸まってしまった自分の姿は誰にも見られていない。
ほっとすると同時に苛立ちがわき、伏せ字に値する罵詈雑言で負け惜しみを吐いてみせた罪人だが、調子にのって天井の鉄板をよく眺め…驚愕とともに立ち尽くした。
鉄板がへこみ始めたからだ。
(ありえない。人間の業と思えない。上には何がいるのか。本当に魔獣でもいるんじゃ、いや、いるはずがない。上の階にいるのも人間のはずだ。でもだったらこれは何だ。何が起きているんだ、この部屋に……。)
罪人の男の思考が、恐怖によって歪んでいく。
(まさか、異常なのはこの牢か。鉄板がへこんでいくなどありえない。生き物のようにぐにゃりぐにゃりと歪んでいく。まるで咀嚼だ。ただの鉄板であるはずがない。生きているのだ、この牢は。この特別房そのものが…魔獣なのか…?!)
ふらつき、男は鉄格子にもたれかかった。とたんに力がぬけ、その場に座り込む。鉄格子を背もたれに、しびれ続けるからだを動かせず、罪人の男はただただ口をあけて上を見上げるしかできない。
彼の最大の不幸は、前代未聞の騒動に混乱した平民牢の看守たちが彼の存在をうっかり忘れてしまったことだろう。
その後の8日間、休み休み轟音は起き、怯えきった彼を不眠症に導いた。
騒動がおちつき一息ついた頃、点呼が行われ、そこで初めて特別房が使用中と思い出した看守が慌てて迎えにいくと、そこにいたのは別人のようにおとなしくなった男だった。
その後の彼は驚くほど模範的に過ごすようになり、その階の収容者たちにひとつの怪談をもたらした。その内容はおどおどろしく、特に罪人を震え脅かした。それは看守伝いにほかの階にも伝播し、後年、塔自体の老朽化で平民牢が閉鎖されるまで語り継がれることとなる。
怪談の名は「特別房」。
内容を簡潔に要約し、教訓に直すとこうなる。
「悪いことしたら腹をすかせた特別房がお前を食べちゃうぞ。だからいい子にしましょうね。」
とうのレルムがそれを知る日は永遠にこない。