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13 9才児が乗るあのアトラクション危険すぎやしませんか

貴賓牢へ行くための面会申請書が断られたあの後、レルムは考えをまとめるために城内の案内図を見るともなしに眺めていた。


「破廉恥なくそやろうども」をいかに思い知らせるか…脳内でお祭り(血まつり)を開催していたレルムは、ほどなく王太子を抱えた隊長ら同僚たちと合流する。


ゴツい自分たちが一堂そろうと圧迫感がアレ。


そう自覚している面々がレルムを囲み素早く中庭に連れ出した。

 日勤の副隊長が王太子を肩車し番兵をひきつれ中庭を一周しだすのをよそに、夜勤の副隊長が日勤の同僚とともに視線を遮るように円陣を組んだ。

その中心でレルムは無言の隊長から全力のげんこつを喰らったのを皮切りに、円陣からもボコボコに蹴られ殴られ口々に小声でののしられ、リンチもどきの報復を甘んじて受け入れていた。


やたら頑丈で有名なレルムは、皆に気が済むまでやらせたあと、飄々と正攻法が通じなかったことを隊長に報告した。


「貴賓牢へのコンタクトが困難です。突撃許可を」

「許可するわけねーだろ。てめぇ念のためいっとくけど書記官室へも行くなよ。状況がわからないっていうのはどこがどこまで関わっているかもわからないって意味だからな。

そもそも妃殿下が貴賓牢に確実にいるかもまだ確認がとれていない。」

「確実にいます。集中すればわかります。あの棟から気配が」レルムが遠く奥に見える棟を指せば、「気配って。…どうなっているんだお前は」隊長はうめいて頭を抱えた。


そして、勝手に暴走されるよりはと公爵家とのやり取りをレルムに伝えた。


 公爵家は離宮預かりの令嬢らを、安全確保のためにいったん公爵家の別邸へ避難させたこと。

 働く下働きには当面の賃金を前払いして暇にだし、警備隊は夜勤組が全員起きるのを待ちつつ公爵家からの新たな指示が下るまで待機命令。

 離宮は当面の間、一時閉鎖する予定ということ。


「てめぇが暴れなければ夜勤組も今ここにいただろうな、あいつらの分もいるな」と気づいた隊長から再度げんこつをくらいつつ、レルムは「アルフレッド殿下はどうなりますか」と中庭で肩車を楽しむ少年を見た。


「王太子殿下も別邸へ…とできたら話は早いが、円卓の判断なしに外部へ連れ出すわけにはいかない。

実情はともかく、こちらも報復で誘拐したような形と捉えられかねない。

円卓と公爵家の全面戦争は公爵家のご当主であるフューセル閣下も避けたいお考えだ。


とりあえず今、城内の客室を使えるよう手続きをしている。

王太子殿下はしばらく城住まいだ。


司法書記官への抗議文は、もろもろの手続きこみでフューセル閣下が担当してくださるそうだ。

俺たちはしばらく実動部隊だろうな。

閣下は、今、公爵家と王太子殿下、連名の封蝋でもって円卓へ届け出てくださっている」



 「あれ、レルムがひとりだ!」

王太子が、副隊長の肩車にのったまま、こちらをみて声を張り上げた。


隊長が「こい」と手信号を送り、それに応えた副隊長がこちらにやってきて、王太子を慎重にその背からおろした。

「ありがとう、ロイ。楽しかった。お城って初めてきたよ。僕、レルムはアウローラと一緒にいると思っていた。アウローラはどこ?」

開きかけたレルムの口を、隊長が素早く覆った。

「こどもへの配慮って言葉を知っているか」

もちろんだ、とレルムは首をふることで答える。

「そうか。自覚がないか。そのまま二度と口を開くな」

隊長は死んだ目でそううめくと、会話が聞こえなかったらしく小首をかしげて男たちを見上げる王太子の足元に跪いた。


「…妃殿下はこの城内におります。忙しいらしく少しばかりお会いになれない日がでてくるようですが、殿下には我らが共に。どうか安心してお過ごしください」

 ほほえみを浮かべた隊長が優しく告げる。そして、さっと手信号を出せば、それに倣って、警備隊の面々がその場で一斉に跪き、礼をとった。隊長が号令をかける。


「王太子殿下に忠誠を」「「「「「「「「「忠誠を」」」」」」」」」


わぁ、と顔を輝かせて王太子は喜んだ。

「僕の護衛隊ってやっぱりすごくかっこいいね! みんな大好きだ!」



 さて、このとき城の働く公僕らはちょうど休憩時間に入っていた。

中庭はにぎわっていて、麗しい少年に筋骨隆々の城兵が揃って礼をとる姿をたくさんの人間が目撃した。


 警備隊の隊長として、護衛官の筆頭として、幼き主君に不安を与えぬよう全力を出した結果だった。彼は武人だ。忠誠に価値を見出し、それを捧げることこそ本望であり誠意だとする昔ながらの無骨な男だった。


 なので、その直後に起きたことは決して彼が狙ったものではない。

狙ったものではなかったが、場所も時間帯も最悪だったとしかいいようがない。


 日常に追われようやく息をついたタイミングの公僕たちにとって、その光景はすばらしく心に残るものだった。それは麗しい少年の顔も同じように劇的で。


 一気に興奮したのだ。あれが噂の王太子妃の、その夫!!


 中庭は、城を正面に、三方を塔で囲んだような造りになっている。

その窓から、出入口から、たくさんの人間が一目見んと集まってきたのだ。

それだけではなく、我さきに騒ぎ始めた。

自分が知っていることを口々に、そこに少年がいることなどお構いなく。


愛らしいわ。初めて顔を見た。王太子妃が品位に欠ける行いを。一体どんな。それがね。まぁそんな! 逮捕されたとか。金髪は王似ね。昨夜の話だな。お忍びを。脱獄したと言う話は。円卓が動いた。瞳が素敵。いや早朝だ。おかしい昨夜と聞いたぞ。美しい顔だ。次代の飾りにちょうどいい。横領を強いたというのは本当か。おい、不敬だぞ。商人街で売り子。貴公子との愛憎劇。品位にかけるとはつまり。


 凄まじい騒ぎに、警備隊はうろたえた。

隊長が青ざめ、とっさに王太子の耳をふさいだものの、もう遅い。

賢い王太子はアウローラの身に何かが起きたことに気づいてしまった。そこからはもう質問攻め。


 周囲の発言を単語で聞き集め、隊長に聞く。

副隊長にも聞く。

レルムには聞かない。賢い王太子には彼が難しいことに向かない鳥頭だとバレている。

レルム以外の隊員へも次々に詰め寄り、あいまいににごした言葉から不吉な予感を強め、愛らしいかんばせが興奮で真っ赤に染まりはじめた。


王太子が何もわかっていないことに気づいた野次馬たちは、はっと我にかえり気まずそうに黙る者、さっとその場を離れる者がほとんどだったが、中には本物の「こどもへの配慮がない」状態を好む下世話な輩が混ざっていた。

誰が発したかわからぬ位置から、故意に易しい言葉で簡潔に説明してしまったのだ。


「お、おかしいよ! 嘘だよ、そんなの!」当然、王太子は激怒した。


いたいけな少年の悲痛な怒り声が痛ましく、誰も目を合わせられない。


だがレルムは一味違う。


レルムはこれをチャンスと判断し、全力で乗っかった。

そうだ、もっと騒いで城兵を呼んで、貴賓牢に連れて行ってもーらおうっと!



「王太子妃殿下に罪はない! 即刻の釈放を要求する!!」

レルムも武人だ。発声は得意分野だ。


いきなりよく通る美声で叫びだしたレルムに、隊長は目をむいた。「嘘だろてめぇ正気か!?」慌てて同僚が黙らせにかかるが、レルムは素早く身を引いて逃げるなり、するりと王太子を片手に抱き上げ、とびかかる同僚から身をかわしながら、さらに叫んだ。「成婚から今に至るまで妃殿下は一歩も離宮からでていない! これは不当逮捕だ! 冤罪だ!」


 隊長は立ち尽くした。

天を仰ぎ、目を閉じて、歯を食いしばる。レルムの狙いに気づいたのだ。そして絞り出すようにうめいた。


「…後始末、結局は俺なんだよ…」


 騒ぎを聞きつけて城兵が集まってくる。

遠くから走り寄るフューセルの姿も見える。

レルムは叫びながら、思った。もうひと暴れしたら、早々にかたがつくかも。


 その流れで、貴賓牢に連れていかれるはずだったのだ。本来なら。

主君がいる場所へ行くため、もしくは主君が牢から出されるように、一生懸命に手加減しながら要求して暴れたのだ。城の一番目立つ中庭で。王太子を片手に抱いたまま。


その場にたどり着いた公爵家の当主も、意図をよんでくれたようで機転を利かして思考誘導してくれた。

だから腰を抜かした円卓のひとりが「とにかく誰か牢へ連れていけ」と叫んだときは密かに成功を確信した。


何故か興奮しキラキラの目でレルムにしがみつく王太子をさりげなく隊長に託し、ちょっと抵抗するそぶりを演じつつ、わざと殴られてまでおとなしく捕まってみせた。実際にうまくいったと思う、そのままならば。


その場に王が現れなければ。


(「そこの興奮した平民、牢で頭を冷やしてから話をせよ。円卓は誰の口も封じない」なんてこと言い出して、そのせいで平民牢だ…余計なことを。さすがにこの鉄格子じゃ無理だ…これ以上は何もできないな。どうするか)


レルムはため息がてら短い髪をくしゃくしゃとかき乱す。うっかり鉄格子に触れてしまったときの痺れがようやくとれる。



 平民牢の収容者はみな身一つだ。

手荷物の一切を入牢時に没収される。そこまでは知っていた。

手錠をつけられるのは納得。全裸に剥かれたのは驚いたが検査のためならと納得する。で、これから支給された服でも着るのかと思いきや、なんと牢でも全裸で過ごすという。


レルムは驚き、脱走のことを一瞬忘れた。なにせ鳥頭だ。


全裸でどうやったら生活できるのかで頭がいっぱいになり、その間に二重扉の鍵が閉まる。

かしゃんという音で我にかえったときには、うっかりそのまま廊下を歩かされていた。


まぁまだチャンスはあるなと思いなおして老齢の看守についていくが、わざわざぐるりと他の牢の前を一周してから移送するらしい。沸き起こる下品な野次を背に受けつつ、(なるほどね、ガス抜きのためか)とレルムは呆れた。そして思った。これは円卓への報告がいるな、と。


 牢にいるのは犯罪者と確定した者だけではない。疑いをもたれて抗えず放り込まれる者もいる。のちに人違いが判明して無罪になった者も実際にいるのだ。だからこそ公式の呼称はあくまで「収容者」だ。牢にいるだけの人間に対し「罪人」という言葉は使わない。平民牢の理念に沿えば私刑じみたデモンストレーションは存在しないはずだが、実情は違うということだろう。


(必要悪かもしれないが、無辜の民が紛れている可能性がある以上、悪しき慣習といわざるをえない。そうと知れば円卓は正すべく動くだろう)などと、まだこの時のレルムには余裕があった。


 装備がなく、手錠で両手が使えない程度なら状況を覆すことは可能だ。

そう考え、タイミングを待っていた。


看守が一番油断する瞬間、それは、収容後に扉を閉めた直後だ。まだ鍵がかかっていなくとも、扉が閉まればそれだけで一仕事を終えたようにほんのわずかに集中が途切れる。そのわずか、一呼吸にも満たないその時間があれば、牢を破って脱出して、今度こそ主君のもとへ!


そう虎視眈々と企んでいたレルムに、看守が声をかけた。

「…お前、ちょっと危ないから特別房がいいかもな」


いつもより野次が派手だった。

平民には珍しいほど恵まれた体格の年若い青年だ。退屈を極めた収容人なら喜んで騒ぐだろうと予想はしていたが、それ以上の反応だった。

何があってここに連れてこられたか知らないが、遅くにできた一人息子と変わらない年齢の子が野次を喰らって病む姿を見るはしのびない。


看守は親切心から牢を変えることにした。

本来いれる予定の鉄格子を通り過ぎ、しっかりした壁のある扉の前で足をとめる。

「よし、ここだけは防音なんだ。ああいう声も届かないからな、安心して過ごせ」

扉を開ければ、そこは鉄格子でふたつに区分けされた部屋だった。手前の空間には何もなく、区切られた奥の空間がどうやら牢らしい。


看守が開けた扉を背で抑えつつ、レルムの背をぽんと合図して中に入るよう促す。

「…!?」

その手が触れた瞬間、レルムは急に力が抜けたように膝から崩れ落ちた。力を込めようとすると痺れるような感覚に襲われ、体が動かない。


看守は「あーそういや、特別房って何故かそうだったな。入るときみんなそうなるんだ。魔法みたいだよな。なんだろうな。まぁ大丈夫、入っちまえばそのうち治るから」と軽い口調で慰め扉を閉めると、うずくまるレルムの丸まった背をよいしょよいしょと転がして奥の牢の中におしこみ、鉄格子を閉めなおし、うんと頷いてから鍵をかける。


「食事は3時間後だ。まぁゆっくりしていけ。じゃあな」

看守は扉の向こうに去っていった。


後に残されたレルムは痺れもかまわず暴れようとしたが、横向きに寝そべったままうごめくような動きにしかならない。閉まってしまった扉を恨めし気に睨むしかなかった。



現実のパノプティコンは囚人の人権に配慮しつつ更生を促すために徹底的に監視を行うという、きちんと理念を持った建物です。

つまり、このような運営はしていなかったと私は信じています。

実際どうだったのか知りたいのですが、調べきれずほとんど実情がわからない…。


なんにせよ、この平民牢の治安の悪さはあくまで創作です。

このお話の世界ではパノプティコンの仕組みがこういう使い方になってしまいます。


収容人揃って全裸生活は創作。全裸引き回しパレードも創作。

扉や鉄格子を全裸で触ったら痺れちゃう特別房っていう代物ももちろん創作です。

魔法が存在しないことになっている、しかし、古い時代の名残りとしてこうした旧王朝時代の建物には堂々と魔法が馴染んでおり、誰もが「こういうもの」と受け入れている世界です。




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