11 やっと出てきたヒーローは鳥頭
時はさかのぼる。
アウローラが貴賓牢へ向かっていたころ、レルムたち離宮警備隊のうち31名は揃って詰所にいた。
広い離宮の警備を担うのは総勢33名。隊長1名を含む王太子専属護衛官5名。副隊長2名を含む施設内警備官24名。王太子の世話係「筆頭」兼、王太子妃専属護衛官1名。離宮門つき番兵は3名だが、唯一の出入り口の警備を担当するため、今この場にいるのは1名のみ。
詰所は狭くはないのだが、どいつもこいつも体格が良いため室内が圧迫感で満たされている。窓枠から風が通り抜けるものの、こころなしか熱気に負けておりその存在感が薄い。
普段はバラバラに配置され顔を合わせることも稀な同僚たちが、この時間だけは一堂に会する。
男ばかりの空間は楽である。
むろん、勤務中にあたるためそれなりに緊張感はあるが。
整列は日勤と夜勤ごとに別れており、レルムは日勤の列で人員点呼を受ける。
夜勤担当の同僚が順番に一歩前にでては報告していくのを、しっかり前を向いて聞く。
黒板の前に立つ隊長のサージェントが、連絡事項やスケジュールをチョークで羅列し、重要項目だけは鉛筆に持ち替え、紙に記している。その紙は朝礼後に詰所の入口に貼られる予定だ。
淡々と進み、あとはいつもどおり隊長からの訓示をうけるだけとなったタイミングで、番兵の片割れが駆け込んできた。
「緊急報告します。特別司法書記官を名乗る男により妃殿下が連行されました」
警備隊に緊張がはしった。
「書記官…司法官憲だと? どういうことだ、入宮許可証をみせろ」
「ありません。手続きを無視されました。携えていたのは円卓の逮捕状のみ」
「馬鹿な! なぜ通した!」
「城兵4名に取り押さえられ、阻めませんでした!」
いわく、いきなり現れた第1隊近衛所属の幹部城兵6名が有無を言わせず番兵を拘束し、その隙に逮捕状を掲げた男が名乗りながら離宮に突入していったという。
「…本物か?!」
「書記官は判断不能です。本物の顔を知りません。しかし城兵は本物でした」
「連行理由は!」
「品性の欠落、横領、あたりは聞き取れましたが、なにぶん口早に告げられ正確にはききとれず」
「ありえん! やり口が完全に誘拐だぞ。よりにもよって司法官憲がなにやってんだ、正気か!?」
隊長の怒号に、番兵は殊勝な顔で同意を示した。
「番兵ふたりとも拘束され、詰所への即時連絡が不可能でした。
戻ってきた書記官が妃殿下を連れ去り、すでに20分は経過しています。しばらく残っていた城兵がようやく我らを解放して去ったため、こうして、報告…に…」
ふとこちらを見た番兵がみるまに青ざめる様を、レルムはじっくりと眺める。
レルムをはさんで両隣に並ぶのは副隊長。
屈強な隊の中でも特に体格の良いふたりが、レルムの頭ごしに目くばせをしあった。
そして左右からレルムの肩に片手を置くや、素早く腕を拘束せんともう片手も伸ばす。
ペペチンとかわいらしい音でその手は打ち払われた。
レルムは無言だ。
しかし打ち払った両手でもって軽やかに副隊長それぞれの肘関節を逆手につかみあげると、指先を骨と筋肉の隙間にくいこませ、そのままひねりあげた。副隊長ふたりは同時にうめき声をあげて崩れおちる。
「…落ち着け、レルム。戦力を減らすな」
サージェント隊長が睨みつけてくるのを静かに睨み返す。
「妃殿下が心配なのはわかるが、まず警備の隙をつかれたことを問題としろ。
我らに連絡なく押し入った第1隊の幹部に抗議をいれるぞ。司法官憲だろうが幹部城兵だろうが、筋通さぬは国の恥だ。徹底的に問い詰めてやる。
それから離宮の警備が空になるタイミングで現れたことを偶然と考えるな。
情報漏洩も視野にいれ、早急に警備体制を見直す必要が」
「妃殿下専属護衛官レルム、これより離宮を離れる許可をいただきたく」
「却下する。聞け。まずは報告だ。それから準備だ。王太子に早めのご起床を願い、封蝋をいただいたうえで公爵家へ先ぶれを放つ。それまでお前はここで待機だ」
「ならば休暇を申請します」レルムは静かに告げた。
「休日をとれ出かけろ色んな人に会え、外で痛い目みて常識を思い知ってから戻ってこいと優しく気遣う隊長の望みを叶えます。…休みを使って出かけ、ちゃんと痛い目みせてきます…それでたまたま妃殿下にお会いして、ちゃんと離宮にエスコートして戻りますんで、後よろしくお願いします」
「おいおいおいおいおいおいおいおいレルム、てめぇ待てコラ、許すはずないだろ止まれアホ…本当待てコイツぶち切れていやがる止まれお前ら全員手伝えこいつ捕まえろ何してもいい落ち着かせろ水でもひっかけて…いや仲間をぶん投げるなてめぇ俺が上司だぞ指示に従えこの「妃殿下狂い」が、待て…止まれ…本当待って…せめて正攻法でやれえええぇぇぇ」
野太い怒号と何かが壊れる音ともに、詰所の出入り口から外に向けて隊長の巨体がふっとび、土の地面を転がりながら数度バウンドして止まった。
すぐに立ち上がれず思わずうめいたとき、急に詰所が静まりかえる。
少しして出入口から姿を現したレルムは、ゆっくりと軍靴を鳴らして倒れ伏した隊長に歩み寄り、ゆっくり身を屈めて――その背に、そっと休暇申請書を乗せた。
おもむろに立ち上がるや「失礼します」と完璧な敬礼を決める。隊長の足元をまたいで越えると、離宮門へ去って行った。
コツ…コツ…と軍靴の音が遠くなった頃、なんとか顔をあげた隊長は、静かな詰所の出入り口で腰をぬかす番兵を見て、仲間の状態を悟る。
「…まとめて黙らせやがったな…狂戦士め。日勤は使い物になるか…? 使うしかないが」
平均年齢36歳の隊の中でレルムは最年少の19歳。
品行方正で、優秀。従順で素直。職務に精励し、面倒な事務も厭わない。ねたみ私怨もあろうがただ純粋に可愛さあまって「ちょっかい」をかける不器用な連中にも礼儀正しく接しており、訓練となれば完膚なきまでわからせる程度にしたたかさも理性もある。
王太子との仲は良好で絶大な信頼を得ており、勤務中も温和で目立たずそこらの地味な青年と変わりない。ようにみえる。
アウローラが平和に過ごしてさえいれば。
「妃殿下がらみでぶち切れるの何回目だよ…普通はとっくに除隊だぞ。服務規程違反審査請求書どうなったよ、追加で何枚もだしているのに、音沙汰ねぇ…円卓しっかりしてくれ…俺の手に負えねぇ…」
思わず弱音がこぼれるも、詰所の出入り口から部下が何人も走り寄ってくる姿を見れば、しっかりせざるをえない。
「お前ら日勤だよな」
「はい」
「他のやつらは」
「軽傷です。夜勤はのきなみ気絶しましたが」
「仮眠室にぶちこめ。起きたら寮へ帰れとメモを残しておけ」
「は」
今日の警護に問題なければもういいかぁ、と隊長は考えた。
とりあえず公爵家への連絡が先だな、先ぶれ俺が行こうかな、戻りに油菓子でも買ってつまんでこいつらにも差し入れを、などと思いを巡らせつつ、彼は立ち上がる。
的確に支持を出す隊長と速やかに応える隊員はもう普段どおり優秀で勤勉な頼もしい軍人である。
レルムの暴走などなかったように、なんならレルムという厄介な部下などいなかったように、それぞれが職務に没頭していった。
隊長の名はサージェント(37)代々近衛を輩出する軍属一族の次男坊。愛読書は「王と騎士」。
滅びかけた国を守り続ける忠義の騎士が理想の王と出会い国を栄光に導く物語である。