第9話★「街角のデート」
町の入口に着くと、警備隊の詰所が見えてきた。 だが検問で止められることはなかった。アデルさんが顔を見せるだけで、隊員たちは即座に敬礼し、道を開けた。
「やはり、すごいんだね。アデルさんって」
「いえ……公爵家の護衛という立場が、少し効いているだけです」
彼女は少し頬を染めてうつむいた。
その背後、屋根の影や通りの角には、気配がいくつも感じられた。気づかないふりをしていたが、僕はすでに察していた。 ――影の護衛たち。 僕とアデルさんの外出は、決して“ふたりきり”ではない。
けれど。
「でも、こうして歩いてると……やっぱりデート、だよね?」
僕がそう言うと、アデルさんの肩がびくっと震えた。
「……で、デート、とは……っ、私はその、任務として……っ」
耳まで真っ赤にして慌てる彼女を見て、僕は思わず笑ってしまう。
やがて、町の中心に近づくと、美味しそうな匂いが漂ってきた。 屋台通りの一角。串焼き屋が並ぶ活気ある場所だ。
「ちょっと……食べてみたいな」
「……はい。では、私が買って参ります」
アデルさんがすぐに動こうとするが、僕が止める。
「一緒に行こうよ。せっかく来たんだし」
僕が微笑むと、アデルさんはしばし逡巡した末に頷いた。
店主に鉄貨4枚を渡し、串焼きを2本受け取る。 鉄貨2枚で1本。香ばしい匂いが鼻をくすぐる。
「美味しそう」
「……いただきます」
アデルさんが静かに頬張り、目を瞬く。
「……お、美味しいです」
「だよね。ああ、やっぱりこれ、デートだ」
再び口にすると、彼女は何も言えずに串焼きに目を向けたまま、耳まで真っ赤に染めていた。
◆
食べ歩きのあとは、気になる店へ。
魔道具屋に入ると、様々な装飾品や道具が並んでいた。 その中で、赤い宝石があしらわれた小さな指輪が目に留まった。
「これ……いいな」
指輪を手に取る僕に、アデルさんが少し戸惑いながら告げた。
「それは、魔力が無いものが魔道具に微量の魔力を流したり、魔力の流れを少しだけ安定させる程度の効果しかないと聞いております。実用性は……ほとんどありません」
「うん。でも、なんだか……これが欲しいんだ」
僕は銀貨3枚を取り出し、購入した。 指輪をポケットにしまいながら、どこか嬉しくなってしまう。
この世界に、自分の選んだ“初めての持ち物”。
そんな感覚が、心を満たしていた。