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第8話「禁じられた外出」

目覚めてから一週間が経とうとしていた。


 このヴァレンティア邸での暮らしにも、ようやく慣れてきた。朝は広い中庭に差し込む陽光で目覚め、昼は執事やメイドたちと穏やかに過ごし、夜はレオナさんやアデルさんと夕食を囲む。まるで夢のような日々だった。


 けれど僕は、心の奥にずっとある思いを抱えていた。


 ――この世界のことを、もっと知りたい。


 男性が極端に少ないという、この世界。  何気ない日常の端々にも、朧げな前世の記憶では想像できない常識があった。


 だからこそ、この世界の文化や仕組み、そして人々の暮らしに触れたかった。



「……というわけで、街に行ってみたいんです」


 ある日の昼下がり。  レオナさんとアデルさんが揃う応接間で、僕は意を決して願いを口にした。


 レオナさんはすぐに表情を硬くした。


「却下よ。危険すぎるわ」


 即答だった。


「でも……このままずっと屋敷の中にいるだけじゃ、世界が何も分からないままで……」


「だからこそ、屋敷で知識を教えているのよ。カイル、あなたは今“何者か”から狙われる可能性すらあるの。表に出すわけにはいかないわ」


 レオナさんの言葉は正論だった。


 それでも、外に出てこの目で世界を見たい。そう強く思ってしまう自分がいた。


 そんな中、アデルさんが口を開く。


「……レオナ様。私は訓練を通じて知っています。カイル様は、ただの民ではありません。剣筋の理解、体の反応速度、バランス感覚……すべてがずば抜けている。私の初撃を見切った素人など、初めて見ました」


「それは……」


「単騎での戦闘はまだ無理でも、護衛がいれば十分可能です。下手な衛兵より、今のカイル様のほうが強いでしょう」


 レオナさんはしばし沈黙し、鋭い視線で僕を見た。


「……それでも、簡単には頷けない」


 その時だった。  一歩後ろに控えていた年配の女性執事が、そっと前に出た。


「公爵様、発言を許していただけますか」


 「……許すわ。言いなさい」


「フード付きのローブや、軽い変装を施せば、カイル様の素性を悟られることはないかと。ご滞在も短時間、そして複数の護衛と影の護衛を併用すれば、万が一にも危険は抑えられます」


 レオナさんは目を伏せ、唇を噛んだ。


 やがて深く息を吐き、視線を僕に戻す。


「……それほどまでに、外の世界が見たいのね」


「はい。お願いします」


 思わず、僕はレオナさんの手を握っていた。


 高貴な彼女の瞳が、一瞬だけ揺れた。


「……仕方ないわ。ただし、条件をつける。外出は最小限の時間で、変装と護衛を万全に。さらに屋敷での学びを終えてから」


「はいっ!」


 思わず笑みがこぼれた。嬉しくて、胸が跳ねる。


 レオナさんは視線を逸らし、わずかに頬を染めていた。



 それから数日、僕は執事長のエミリアさんから、集中していろいろな勉強を教えてもらった。


 たとえば、通貨の価値について。


 この国の通貨単位は、上から順に金貨、銀貨、銅貨、鉄貨の四種類。  それぞれの交換比率は以下の通りだ。


 金貨1枚=銀貨100枚  銀貨1枚=銅貨10枚  銅貨1枚=鉄貨10枚


 つまり金貨1枚は、鉄貨1万枚分に相当する。


 鉄貨1枚で、焼いた黒パンがひとつ買える程度の価値らしい。


 僕が奴隷市場でつけられた値段――金貨3000枚というのは、つまり鉄貨3000万枚分。聞いただけで実感が湧かない。  それだけあれば、王都の一角に広い屋敷を建て、百人規模の使用人を雇ってもお釣りが来るという。


 エミリアさんは紅茶を差し出しながら、落ち着いた口調で言った。


「それほどの価値を見出されたということは、あなたが“それだけの存在”だということ。誇りに思ってください」


「……そんな風に言ってもらえるのは、ちょっと照れます」


 その他にも、歴史、地理、貴族制度や騎士団の構成、神殿と宗教、魔法の基礎など――


 多くのことを学んだ。


 僕の朧げな前世の記憶にあった“スマートフォン”や“電気”といったものは存在しない。  代わりに“魔道具”と呼ばれる便利な道具が、庶民の生活を支えていた。


 たとえば、火をつけるための小型魔道具。灯りをともす魔道具。簡易な冷却装置。


 魔力を持たない者でも使える簡易型は、値段さえ出せば手に入るという。


 魔法そのものは、千人に一人ほどの割合でしか使えず、さらに男性となると――  その話を聞くたびに、僕の胸には奇妙な違和感と、少しの不安が広がっていた。


 けれど今は、とにかく――


「早く見てみたいな、この世界の“本当の姿”を」


 僕は心の中で、小さく呟いた。



 

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