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第5話「目覚め、名を得る日」

 まぶしい光が差し込んでいた。


 ゆっくりと、まぶたを開ける。


 天井は高く、繊細な彫刻が施されたシャンデリアが吊られている。

 柔らかなベッド、香り高いリネン、そよ風が揺らすカーテン。


「……ここは……?」


 僕は、静かに体を起こした。


 痛みはない。けれど、全身が妙に重い。

 夢を見ていた気がする。熱く、眩しく、誰かの腕が――


 扉がノックされた。


「お目覚めですか?」


 柔らかな声。メイド服を纏った年上の女性がそっと入ってくる。


 その後ろから、黒衣のドレスを身にまとった長身の女性が現れた。


 彼女は優雅に歩み寄り、その瞳は深い金の輝きを宿している。


「初めまして。私はレオナ=ヴァレンティア。この屋敷の主であり、公爵家当主よ」


 彼女は軽く膝を折り、礼をしてくれた。


 その後ろから、騎士の鎧に身を包んだ女性が一歩前に出る。


「騎士団所属のアデルと申します。あなたの護衛を命じられております」


 二人とも気品があり、オーラに圧倒されそうになる。


 この屋敷全体が、美しく、優雅で、豪奢だった。


 食事、衣類、寝具――何もかもが高級で整えられている。


 それに、どの使用人たちも、僕を見るたびに涙を浮かべ、静かに礼をしてくる。


 ……僕は、何者なんだろう。


「あなたは……魔力暴走を起こして、数日間、意識を失っていました」


 レオナさんが言った。


 魔力暴走。


 ……そう、確かに何か、力があふれ出して止まらなかった気がする。


ん?魔力?疑問に思うが……


 僕は視線を落とす。


「……僕、自分の名前が分かりません」


 その言葉に、レオナさんは目を見開き、けれどすぐに静かにうなずいた。


「記憶が……ないのですね」


 僕はこくりと頷いた。


 前世の記憶はある。

 けれど、それが本当に“現実”だったのか、曖昧なまま。


 今はまだ、伝える時ではないと、どこかでそう思った。


 レオナさんは、椅子を引いて僕のそばに腰を下ろした。


「……この世界では、男性は極めて希少な存在です」


 僕は静かに耳を傾けた。

 その事実は、どこかで感じていた。奴隷市場での異様な扱い、女性たちの態度――。


「千人に一人、あるいはそれ以下。だからこそ……尊く、守るべきものだとされているの」


 僕はうなずいた。

 やはり、そういう世界なのだ。納得がいった。


 だからこそ、ふと疑問が浮かぶ。


「……でも、それだけ男性が少ないなら、どうして人類は滅びないんですか?」


 僕の問いに、レオナさんは一瞬目を細め、やがて静かに微笑んだ。


「それは、神殿の秘術による人工授精技術が発展したおかげよ」


「人工授精……」


「ええ。保存された過去の男性の遺伝子と魔法を用いた特別な方法によって、多くの女性が子を授かることができるの」


「……なるほど」


「ただし、人工授精で生まれるのは必ず“女性”。その方法では、男性は決して生まれないの」


 その言葉に、僕は小さく息を呑んだ。

 男性が稀少である理由が、ようやく腑に落ちた。


「だからこそ、自然に生まれた男性は、文字通り“奇跡”なの」


 レオナさんの声は、どこか祈るように優しく響いた。


「だから……あの市場で君を見たとき、私は何があっても救おうと決めた」


 その目は、静かな炎を宿していた。


「でも、ここは檻ではないわ。君は自由」


 レオナさんの声は、優しく、まっすぐだった。


「君が望むなら、どこへでも行っていい。何をしてもいい」


 自由。


 その言葉に、僕は胸が熱くなるのを感じた。


「……それでも、僕は……」


 小さく息を吐く。


「僕を助けてくれたあなたに、恩返しがしたい」


 それが、今の僕にできる唯一のことだと思った。


「ここで……力をつけたい。何者かになりたい」


 その言葉に、レオナさんの瞳が僅かに揺れた。


 そして――ふっと、優しく笑う。


「……なら、まずは名前を持ちましょう」


「え?」


「昔話の中に、ひとりの英雄がいたわ。平民の出ながら、王を助け、数多の女性を救い、世界を変えた男」


 彼女は少し照れくさそうに言った。


「その名を、君にあげたい。“カイル”というの」


 僕は目を見開き、それから――ゆっくりと、笑った。


「……カイル。気に入りました」


 そう、はっきりと言った。


「僕は……カイルです」


 その瞬間。


 部屋にいたメイド、執事、護衛の女性たちが、まるで時間が止まったように僕を見つめていた。


 やがて、誰かが胸元を押さえ、誰かが頬を染め、誰かが涙を流した。


 レオナさんも、驚いたように息を呑み、そして――


 その瞳に、深い、深い慈しみの色を浮かべた。

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