第4話「その力、灼けつくほどに」
あたりに響く、唸るような風音。
空気が震えていた。
地を這う魔力が、肌に焼きつくような感触を残す。
私は思わず息を呑んだ。
「これは……魔力暴走……?」
黒衣の裾が風に煽られるのも構わず、目の前の光景を見据える。
光を放ちながら膨張する魔力。
中心にいるのは、先ほど私が救い出した――あの少年。
この世において、魔力を持つ者は千人に一人。
しかも男となれば、国中でも十数人程度だ。
だが、これは……。
「こんな魔力、聞いたことがない……!」
魔力暴走――それは強すぎる魔力を持つ者が、自らの魔力を制御できず、無意識に放出を続ける現象。
止まらない魔力の奔流は、魔力が尽きると生命力を喰い始める。
最悪の場合、死に至る。
こんな、貴重な……
この世に一人でもいるかどうかの存在を……
「アデル!」
私の声に、傷だらけの騎士が反応した。
頬に血が流れ、片腕を押さえながらも、即座に膝をついて命令を待つ。
「ラミアを抑えろ。二度と彼に触れさせるな」
「御意」
彼女は即座に立ち上がり、地面を蹴った。
残っていた数名の賊を薙ぎ払い、ラミアの手首を捻り上げる。
「痛っ……! や、やめて! わたしは――っ!」
ラミアの声など、耳に入らなかった。
私の視線は、ただ一人の少年へと向けられている。
銀の髪が風に舞う。
その中心から放たれる膨大な魔力は、私の肌を切り裂くようだった。
私は、恐怖を押し殺し、足を踏み出す。
身を削るような魔力の壁を越えて――
一歩、また一歩と近づくたびに、私の衣服が裂け、肌に無数の細かな傷が走る。
血が滲み、焼けつくような痛みが広がっていく。
それでも、私は止まらなかった。
(私は、もう四十。人生の折り返しを過ぎた、行き遅れの女だ。女として愛されることも、触れられることもなかった)
(それでも――この命が削れようとも、彼を……救いたい)
「大丈夫……あなたは、一人じゃないわ」
ようやく、彼のすぐそばまで辿り着いた私は、静かに、そっと彼を抱きしめた。
熱い。
焼けつくような熱さが、肌から伝わってくる。
それでも――
声が震える。
それでも、私は彼を抱きしめ続けた。
すると――
少年の体が、小さく震えた。
魔力の奔流が、少しずつ静まり始める。
やがて、彼の両腕が、おそるおそる、私の背に回された。
「……あったかい」
その声に、胸が締めつけられる。
ああ、この子は……なんて、儚いんだろう。
「ありがとう、ございます……」
少年の囁きに、私は全身が凍ったように感じた。
――ありがとう? 私に?
この歳で、こんな風に抱きしめられたことなど、一度もなかった。
私は、公爵家当主で、騎士団長で、冷徹な女として生きてきた。
けれど、今……
(だ、抱きしめ返された……!? こ、こんな近くに、しかも……男の子の体って、こんなに……)
(私はもう若くないのに……なのに、こんな……)
急激に体温が上がる。顔が熱い。手足がぎこちなくなる。
(だ、だめよレオナ、落ち着きなさい、あなたは公爵家の、れ、令嬢じゃなくて、当主……っ)
パニックに陥る心とは裏腹に、少年の体が、ゆっくりと力を抜いていくのがわかる。
「なんだか……また、眠くなってきました……」
かすれた声。
そのまま、少年は私の腕の中で、そっと目を閉じた。
私の胸に、静かに彼の体重が預けられる。
その重みに、私は何かを誓うように目を細めた。
「……必ず、守ってみせる」
この命が尽きるその日まで。