第3話★「紅蓮に燃ゆる」
オークションのあとのことは、ぼんやりとしか覚えていない。
貴族様に買われた――あの威圧的で、でもどこか気高い黒衣の女性。
そのあと、誰かの手によって飲まされた薬のせいで、意識がふわふわと宙に浮くようになり、僕はそのまま眠りに落ちた。
……そして目を覚ましたとき、僕はぬるい体温に後ろから包まれていた。
細く、しなやかな腕が、背後から僕の腰に回っている。
「ふふ……可愛いわね」
ラミアの声だ。甘く、艶やかで、どこか狂気を孕んでいる。
身動きが取れない。背中に押し当てられた柔らかい体。僕の身体は布一枚で包まれているだけで、まるで飾り物のようだった。
前を見ると、数人の黒装束が女性騎士を取り囲んでいた。
だが彼女は怯えていない。
大剣を握るその姿は、どこまでも毅然としていた。
「数など、関係ないわ」
低く、呟くような声。
その瞬間、彼女が一歩踏み出す。敵の一人が斬りかかるのを、軽やかにかわし、背後から柄で首を撃ち抜く。
ドン、という音と共に、黒装束が地に沈んだ。
そこからは、まるで舞踏のようだった。
二人目、三人目……彼女は静かに、正確に動き、一切の無駄なく相手を沈めていく。
たった一人で、五人を瞬く間に気絶させた。
「……すごい」
思わず、僕は呟いていた。
だが、戦いはまだ終わっていない。
次の瞬間、火花のような魔力が空気を震わせた。
あの黒衣の女性だ。
彼女が抜き放った剣。その刃に、紅の魔法陣が重なり、業火が纏われる。
「見せてあげる。これが、私の紅蓮」
彼女が踏み込むと、地面が鳴った。
十人、十五人……それ以上の敵が、彼女の前に立ちはだかる。
だが、彼女は止まらない。
炎を纏った剣が、夜闇を薙ぎ、次々と敵を打ち倒していく。
焼け焦げる音。悲鳴。吹き飛ぶ身体。
彼女は、次々と倒していく。全員が、剣の一撃で戦闘不能となっていた。
それでも、顔色一つ変えないまま、彼女は剣を下ろす。
そして、静かに振り返った。
僕を抱いていたラミアと、目を合わせる。
ラミアが肩を揺らす。さっきまでの余裕はない。
「ねえ、ねえ、レオナ様……共有、しましょう? この子、国の宝物よ? 一人で独占なんて、惜しいじゃない?」
その言葉と同時に、ラミアの手が僕の胸元を這う。
「やめろ……!」
僕は体をよじる。だが、力が入らない。
「嫌がる顔もまた……ああ、いいわ……」
その瞬間、風が鳴った。
レオナ様と呼ばれた女性が、剣を構えていた。
だが、その剣が止まる。
炎が、彼女の剣先から消える。
「……ダメ。彼を傷つけるわけにはいかない」
さっきの騎士も、剣を収めた。
その隙を突くように、地に倒れていた賊の一人が立ち上がり、騎士に拳を叩きつける。
次々と殴られる。
「……っ!」
僕が声を上げると、彼女は顔を上げた。
腫れ上がった頬に、血の滲む唇。
それでも、微笑んだ。
「大丈夫です。私は……無事ですから」
その瞬間だった。
胸の奥で、何かが破裂したような感覚。
熱い。
何かが、僕の中から溢れ出す。
空気が震える。
ラミアが怯え、距離を取る。
「なに、これ……」
黒衣の女性が目を見開く。
「この魔力……まさか……!」
僕の足元に、魔法陣が浮かび上がった。
僕の意思とは関係なく、光が天へと走る。
初めて感じる、圧倒的な力。
視界が白く染まる――