第24話「午後の陽だまりと甘い時間」
──ぽかぽかと暖かい陽射しが、屋敷の庭に優しく降り注いでいた。
ヴァレンティア公爵家の中庭。
手入れの行き届いた芝生の上に、白く上品なテーブルと椅子が並び、色とりどりの菓子や茶器が可愛らしく並べられている。
今日はレオナさんに誘われたお茶会だ。
お茶会と言っても今日は二人きり。
屋敷の庭だけどデート気分になる。
レオナさんは柔らかいラベンダー色の私服を着ていて、いつもより優しい雰囲気だ。
「ふふ……今日は何も言わないのね」
「え?」
「護衛がどうこうとか、町に行きたいとか、何か言ってくるでしょう?」
「……あ、それは、うん……。今日は、なんとなく。レオナさんが誘ってくれたのが、嬉しくて」
僕は照れ臭くなって、紅茶の湯気に目をそらした。
「……もう、本当にかわいい子ね」
レオナさんは、スプーンを置くと、すっと僕の隣に席を移す。そして、僕の頬に指を添えた。
なんだか今日のレオナさんは積極的だ。
「最近、すっかりこの屋敷にも馴染んできたわね。最初の頃のあなたからは、想像できないわ」
「僕も、こんなに優しくしてもらえるとは思ってなかったです……レオナさんのおかげです」
「私だけじゃないわよ。アデルも、メイドたちも、みんなあなたに夢中」
「レオナさんも……?」
「もちろん……私もよ」
そう言って、レオナさんは僕の髪をそっと撫でる。まるで子猫を可愛がるように、優しく、丁寧に。
(……心臓の音、レオナさんに聞こえてないだろうか)
「カイル、こっち向いて?」
言われるままに顔を上げると、ふわりと柔らかな唇が僕の前髪に触れた。
──ちゅ。
「!?!?」
「ふふっ、びっくりしすぎよ」
「い、今のは……」
「ご、午後のお茶には、甘いものが必要でしょ?」
頬が熱くて、もう紅茶の香りも、ケーキの甘さも分からなくなってしまいそうだった。
レオナさんを見ると耳まで赤くなっていて、かなり無理してアプローチしてくれたと思うと嬉しくなった。
「と、ところでカイル」
レオナさんが、急に真面目な顔をする。
「あなた、最近“おねだり”の頻度、増えてない?」
「えっ……?」
「この前は『果物が食べたいです~』って、アデルに抱きついてたって聞いたけど?」
「ち、違うんです! あれは、あの……その……」
「ふふふっ、冗談よ。でもね、カイル」
レオナさんは、僕の手を取った。指と指を絡めるように、ぎゅっと。
「誰にでも、あんまりそういう顔を見せちゃダメよ?」
「え……それは……」
「あなたが特別な存在だって、あなた自身がまだ理解していないのかもしれないけど。私にとっては、たった一人の……」
言葉の続きを、彼女は飲み込んだ。
けれど、その熱を帯びた視線だけで、何を言いたかったのかは伝わってくる。
「……あの、レオナさん」
「なに?」
「……また、こういう時間、作ってくれますか?」
「……ええ、何度でも」
その答えに、僕は思わず笑った。
目の前の紅茶が冷めるのも気にせず、僕はただ、隣にいる彼女の横顔を眺め続けた。
──午後の陽だまりの中。
あたたかな風が通り抜けるたびに、僕の中にあった不安も、迷いも、少しずつ溶けていくようだった。
この穏やかな時間が、ずっと続けばいい。
そんな、贅沢な願いを、僕は心の中でそっとつぶやいた。




